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#95

 浩一とフィーリアはアイリスの案内のもと、森の中を散策していた。


「それでですね、こちらに行くとですね!」


 先の探索で見つけたものを、それはもう楽しげに紹介してくれるアイリス。

 実際、なかなかに面白いものも多いし。森の中という非日常感が感情のリミットをやや緩めているのだろう。得られる体験が、一等強くに感ぜられる。


「コーイチ様、フィーリア様。こちらです!」


 先程までのように浩一の身体を引っ張る、ということはしなくなったものの。しかし、さすがは健康優良児のアイリスである。

 森の中をひょいひょいと進んでいくために、浩一たちも少し急ぎ目に彼女についていかなければならなくて。


「ひゃっ」


「っと。大丈夫ですか、フィーリアさん」


 足を木の根に引っ掛けて思わず体勢を崩しかけた彼女を浩一が支える。

 浩一の手を支えにしながらフィーリアはゆっくりと体勢を整えて。ありがとうございます、と。お礼を言ってくれる。

 そのやり取りに、どうやら自分が先行してしまっていたということに気づいたアイリスが申し訳なさそうな様相で戻ってくる。


「まあ、元より立ち入るように整備をされているような場所でもないからね。普段からこういう道を歩き慣れてるわけでもないし」


 浩一はそう言いつつ。では目の前のアイリスはどうなのだと考えかけて、やめた。どこにでも例外はいるものである。


 しかし、たしかに森の中は魅力的な要素も多いが。たとえばキャンプをしている川辺などと比べてしまうといささか動きにくくはあるのだろう。


 箒での移動もできなくはないが、乱雑にそびえている木々の都合で縫うように飛行しなければならず、アイリスならともかく、普通の人であればそちらに気を取られてしまいそうになるだろう。

 ……そもそも浩一は箒で飛ぶことはできないのだけれども。


(観光資源としては活用したいところだけど、そのためにはまず、多少は手を入れる必要性がありそうだよなあ……っと)


 自然な流れで、浩一頭の中が仕事の(そういう)話に移行しかけてしまっていた。


 せっかくの休養なのだから、そういうことは考えないように、と。もしもここに風花がいたならば、再びこんこんと言われていたことだろう。


 しかし、別のことを考えてみようとしても。存外に、これはこれで難しいものである。


「っと、そろそろ戻ったほうがいい頃合いかな」


 浩一の申し出に「あら、もうそんな時間ですの?」とアイリスが軽く首を傾げた。


 日はまだそこそこに高くはあるが、森の中をそれなりに進んできている。

 当然、進んてきた分だけ戻るのにも時間がかかるし。先程のこともあって、あまり足元が良くないということはわかりきっている。

 加えて、慣れない地の森の中でもある。日が傾いて視界が悪くなる前にキャンプまで戻ってしまうほうがいいだろう。


「ええっと、それじゃあ帰り道は……」


 アイリスが、一瞬固まる。その様相に、少し、嫌な予感を覚える。


 道とも呼べないような場所をあちこち歩き回っているし、木々ばかりで見た目の変化にも乏しい。


「まさか、帰り道が」


「だ、大丈夫ですの! 覚えて、覚えてますから!」


 浩一の言葉に、食い気味にアイリスがそう言う。

 一抹の不安を感じないでもなかったが、。どうやらちゃんと覚えてはいたようで、アイリスの案内のもと、キャンプへと戻ることができた。

 ……ちなみに、途中少しばかり道に迷っていたりもしたあたり、締まらないというかなんというか。まあ、無事に帰れたのでいいのだけれども。






「……助かった、ルイス」


「いえ、これくらいでいいのであれば、いくらでも手伝いますよ」


 心の底から感謝を伝えている浩一に、ルイスはやや苦笑い気味にそう答える。


 頭上からは温かいお湯が降り注いでおり。一日の疲れと汚れを落としていた。

 要は、風呂代わりのシャワーである。


 さて。はたして一体なにがあったのか、というと。少し、時を遡る必要がある。


 夕飯も食べて、では身を清めようか、ということになったとき。ひとつ、問題が生じた。

 当然ながらに、こんな野外に風呂なんて豪勢なものがあるわけがない。日本生まれの浩一からしてみると、野外の風呂の印象としてドラム缶風呂などもありはするが、当然こんなところにドラム缶やそれに準ずるものがあるわけもなく。また、そんな重量物を持ってくるわけにも行かない。

 つまり、風呂はない……のだが。いくら夏だとはいえ、川で洗身というわけにもいかない。


 どうするつもりなんだ? と。そう疑問に思っていたのは。しかしながら、実のところ浩一ただひとりだった。


「どうするもなにも、魔法でお湯を出せばいいのですわ?」


 アイリスから伝えられたその言葉に、浩一は目を丸めた。

 そういえば、そんな便利なものがありましたね。


 浩一には、使えないけど。


 浩一には、使えないけど。


 厳密には、それ用の魔道具などが準備されていれば浩一でも扱えばするのだが、全てと言っていいほどの人がシャワー程度であれば自力で扱えるようなこの国で、そんなニッチな需要を満たす魔道具なんてものは、無いわけではないが珍しいわけで。

 そして、無論、この場にあるわけもなく。


「……浩一が魔法使えないこと、すっかり忘れてたわね」


 ここに、浩一のシャワーどうするか問題が発生した。

 ごめんね、と謝ってくる風花。まあ、こればっかりは世界レベルでのイレギュラーである浩一が、悪くこそはないものの原因ではある。

 とはいえ、それほど深刻な問題というわけではないので大丈夫だろう。

 なにせ、浩一が魔法を使えない、というだけの話なので。他の人にお湯を出してもらえばそれでいい、というお話である。

 その人の手間をかけさせてしまいはするものの。それだけ、という話ではある。


 そう。それだけ、の話のはず、だったのだけれども。


「それじゃあ――」


「では、私がコーイチ様のお湯を出します!」


 浩一が切りだそうとした、その瞬間。

 ピンと真っ直ぐに伸ばされた手。いの一番に、アイリスがそう言った。


 同時。場の全員の思考が、止まった。


「あ、アイリ? ちょっと、ちょっと待とうか?」


「ええっと、アイリスちゃん? 別に私たちはそれでも構わないんだけど、本当に大丈夫?」


 浩一の困惑に続くようにして、風花がそう質問を続けた。

 いや、なにを言っているんだ風花。全然よくはないんだだろう。問題しかないんだが。


 アイリスはアイリスで、なにが取り沙汰されているのかまだわかっていない様子だし。


「コーイチさん。私でもいいですよ?」


「……フィーリアさん、ちょっと面白がってやってますよね」


 乗り込んできたフィーリアに浩一がそう言うと、彼女はいたずらっぽく笑ってみせる。

 とはいえ、からかいの目的もあるとはいえ、本気で言ってはいるのが彼女の厄介なところだが。


「いい、アイリスちゃん。魔法を使うだけのアイリスちゃんはともかくとして。身体を洗わなきゃいけない浩一は裸にならなきないけないの」


「ええ、それはそうでしょ……う…………」


 風花からの諭しに、ようやく気づいたらしいアイリスがその顔を真っ赤に染めていく。


「だだだだ、大丈夫ですの! そ、それくらい! コーイチ様のお手伝いはお兄様から仰せつかっていますし!」


「いや、完全に無理してるだろ……」


「それなら、私もお父様からコーイチさんのお相手を言付かっていますので」


「アルバーマ男爵もそこまでやれとは言ってないと思うよ!?」


「そうです、アイリス様。いっそふたりで一緒にやりますか?」


「絶対にふたりもいらないし、そもそもひとりでも問題があるからね!?」


 あからさまに挙動不審になっているアイリス。だが、地味に厄介なのは、下手に引けないところまで来てしまっているから、アイリス自身意固地になってしまっている、ということ。

 そして、フィーリアも楽しくなってきて、それに相乗りしてきている。

 まずい、逃げ場がない。


「あのー。僕とレオがコーイチさんと一緒に入りますよ。どのみち、男女で分けるでしょうし」


 おそるおそる、手を上げたルイス。その隣ではなんだかよくわかってないけど自信満々のレオがうんうんと頷いていた。


「うん。それでいいと思うよ」


「だよな。絶対にこれでよかったよな」


 ルイスの提案に頷く形で、風花が了承する。

 それならなんでアイリスのときに下手にかき回しに行ったんだよホント。

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