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#93

「あ、コーイチさんにフィーリア様! こっちですよ!」


 いい香りに誘われるようにして歩いていくと、大手を振りながらにレオが呼んでくる。

 その隣にはルイスがいて、浩一たちがやってきたことに気がつくと、くるりと振り返りながらに笑顔を差し向けてくれる。


「アイリたちはまだ戻ってきてないのか?」


「着替えたあとに汚れた服を下流の方でキレイにしに行ったみたいだから、そのうち戻ってくるわよ。……って、言ったそばから、というやつね」


 風花がそう言ったとほぼ当時、先程まで着ていた服を箒に引っ掛けながら、ふたりが帰ってくる。


「わあ、すっごくいい匂い!」


「待って待ってマーシャちゃん! そのまま降りるとせっかく洗った服が汚れてしまいますの!」


 今すぐにでも料理に飛びつこうとしたマーシャをアイリスが静止する。

 ため息をつきながらに風花がふたりの服を受け取って、木々に結んでいたロープに引っ掛けて干しておく。

 完全に今更ではあるが、王女が自ら洗濯をしてきたのか、と思わなくもない。まあ、これに限らず、もういろいろと今更すぎるところはあるが。特にこと浩一については。


「キャンプといったらやっぱりバーベキューよね、ということで簡単にだけど準備はしておいたわよ」


 串に打たれた肉や野菜。あと、さっきアイリスたちが捕まえてきた魚なんかもいつの間にか焼く準備が整えられている。


 バーベキューコンロでは木炭にしっかりと火が熾されており、パチパチと小さな音を立てていた。

 調理をする、という程度のことならば魔法でなんとかなりがちなヴィンヘルム王国ではあるのだが、やはりこういうものは手間をとってでもこうしたほうが楽しい。

 炭火特有の匂いなどもあるし、それに、なによりも焼く過程などの不自由さなども含めて、ひとつの楽しみというパッケージになっている。


 わざわざバーベキューコンロをエルストで作ってもらった甲斐がある。持ち運びができるように、ちゃんと折り畳めるような形で。


 まだ焼けていない肉を取ろうとしたマーシャがアイリスに咎められているのを横目に見ながら浩一が他に目をやると。バーベキューコンロとは少し離れたところにも火が熾されており、その上には鍋が乗っていた。


「そっちの鍋は?」


「ああ、これ? こっちもある意味定番かな、と思って作ってみたのよ。……まあ、なんちゃってだけどね」


 開けていいわよ、と。そう言われて、浩一は鍋の蓋を開く。


 瞬間、鍋から放たれるエスニックな香辛料の独特の香り。複数の香りが複雑に絡み合った、それらは。記憶にあるものとはたしかに少し違えども。しかし、間違いなく――、


「カレー、か?」


「ええ。せっかくだからね。ちょっと、頑張ってみたの」


 風花はちょっとしただなんて軽く言ってみせるが、そんな簡単な話ではないはずである。

 屋外で実施する、ということだけならば火力の調整がやりにくいなどこそあれど、そこまで難しい話でもない。が、問題は材料。

 当然、日本などとは違い。固形のカレールウなんて便利なものはおろか、そもそも同一種のスパイスがあるかすら怪しいというのが現状。

 それを、イチから再現したというのだから。スパイスの収集から選定までやった、ということになる。


「まあ、だからスパイス煮込み、という方が正しいわね。……いえ、カレーという料理形態を鑑みるなら、どちらかというとオイル煮なんだけど」


 風花が視線を遠くに遣りながらそうつぶやく。まあ、あまり気にしたくないことなどもあるのだろう。

 浩一としては美味しくいただけるのであればそれでありがたいので、下手な藪は突かないに限る。


 ちなみに、カレーに合わせるライスの方だが。各地を飛び回っている間に風花が近しいものを見つけてきてくれた。

 あまり一般的に食べられてはいないものの、一部の地方で少量生産され、その地で消費されていたようだった。食味としてはやや餅米っぽさがなくはないが、浩一や風花という日本人からしてみれば、米が食べられるというだけでも非常にありがたい。

 野生種の稲から品種改良して、なんてことにならなくてよかったとつくづく思わさせられる。


「お肉もいい匂いだけど、こっちもすごい匂いだね!」


 いつの間にやら、匂いにつられてマーシャがこちらにやってきていた。おそらくは初めて嗅いだであろうその匂いに、ワクワクで目を輝かせている。


「お皿にご飯を盛ってからカレー(これ)を上からかけて食べるの。……着換えたばっかりなんだから、汚さないように気をつけなさいね?」


「うん、わかった!」


 とてもいい返事で答えるマーシャ。今にも飛びつきそうな様子だったために風花が忠告したが、はたしてちゃんと理解してるのかどうか。


 お皿にこれでもかと盛られたご飯に風花は小さく苦笑いをしながら、レードルを軽く回してからカレーをすくい上げる。

 気づけばマーシャの隣には、同じくご飯を盛りに盛ったレオが並んでいた。


 浩一たちにとっては親しみすらありつつも、しかし久しい、ドロリとした茶色のルウ。そんな様子を、マーシャやレオが不思議そうに、物珍しそうに見つめる先で。

 風花がルウをご飯の上にかけてやると、その特有の香りがより一層広がっていく。


「ありがとうおねーさん! 食べてくるね!」


「フーカさん、ありがとうございます!」


 大事そうにお皿を持ちながらに、ふたりがテーブルへと駆け足で走っていった。……転んでこぼす、なんてことが起こらなくてよかった。


「ほら、浩一。あなたの分よ」


「ああ、ありがとう」


 普通の量のはずなのに、先程のふたりの量を見ると少なく見えてしまう不思議である。


 浩一が席につく頃には、もうふたりとも待ちきれずにがっつくようにして食べ始めていた。


「辛い、けど、それがおいしい! 食べたことはない感じの味だけど、すごく食欲が湧いてくる、不思議!」


「うまっ、なにこれすげえ!」


 どうやらなかなかに気に入っている様子である。レオなんかは語彙力が消し飛んでいる。

 ……マーシャの服については、もう手遅れだし気にしないことにしよう。うん。カレーの汚れって取れにくいんだよな。色も匂いも強い上に油汚れだから。


 そんなふたりを見ながらに浩一もスプーンでひとすくい。ふんだんに肉と野菜が使われているカレーは、スプーンの上でゴロゴロと具が転がっていて見ていても楽しい。

 そのまま国に運ぶと、久しい味が口の中に広がっていく。



「うん、うまいな」


 さすがに全く同じスパイスなどを準備することはできなかったために、これが完全にカレーかと言われると違うところもたしかにあるのだが。とはいえ、しっかりとカレーっぽさはある。

 そしてなによりも、おいしいのだから問題はない。


「……うーん、まだちょっと、違うわよね」


 隣に座った風花が、ひとくち食べながらにそうつぶやく。

 カレーっぽさがちゃんとある上にマーシャとレオが絶賛しているようにしっかりとおいしいのだからいいのではないかとは思うのだが、どうやら製作者はこれではまだ満足していないらしい。


「風花。お前、カレーに一家言あったんだな」


「へ? ……ああ、まあ、好きではあるわよ。おいしいし、それにいろいろと思い出もあるしね」


 浩一も好きでしょう? とそう言ってみせる風花。実際、好きではある。

 まあ、だからといってスパイスから調合しようとするほどではないが。


 パクリ、と。ひとくち更に口に運ぶ。


「うん、やっぱうまいな」


 久しぶりに食べるカレーの味は。ヴィンヘルム王国特有のオリジナルブレンドだというのに、どこか懐かしいような味がしていた。

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