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#89

「というわけで。浩一、あなた、しばらく休みだから」


「えっ」


「これ、アレキサンダー様からのお達しだから、異議があるなら、アレキサンダー様に言ってね」


「えっ」


 なにそれ、聞いていない。と、浩一が困惑の様子を見せる。

 まあ、言ってないのだけれども。


 件の会で夏休みを……もとい無理矢理にでも浩一を休ませるということを決定したものの、とはいえ、鉄道事業における指揮を実質的に執っているのが浩一なため、そのまま彼に進言したところでなあなあで済まされるのは目に見えている。

 いや、夏休みの設置自体は快く引き受けてくれるだろう。だが、それはそれとして自分自身がそれを活用しないか、あるいは、活用したという体裁だけとって仕事をしかねない。

 この信頼のない信頼は、浩一の今までの行動の賜物である。……全く以て褒められたものではないが。


 だからこそ、浩一の雇い主であり、事実上の最高権力者であるアレキサンダーから、直々に休むように命令してもらうことにした。


 風花がアレキサンダーに話を通しに行ったところ、すんなりと、快く許可が得られた。

 ……どうやら、アレキサンダーからも働き過ぎを懸念されていたようだった。まあ、アイリスが語っていたように、王都で休みを与えられたときにも市場に出て調査をしていたとのことなので、それは心配されるだろうというところではあるが。


 なお、話はすんなりと通った一方で、アレキサンダーの方からは風花が提案した夏休みというシステムに対して非常に興味を持たれた。

 ヴィンヘルム王国には夏休みに準ずるシステムはないので興味を惹かれたのだろう。とはいえ、自家の仕事を営んでいる人も多いヴィンヘルム王国にはあまりそぐわない形態ではあるかもしれないが。


「まあ、それなりに長く浩一を休まさせてくれて構わないよ。それくらい彼は頑張ってくれているしね」


 その間仕事が多少停滞することになるのはたしかに事実ではあるが、それを差し引いても現在やれる仕事は十二分にあるし、専門性を要さない決裁であれば、上役であるアレキサンダーが代わりに承認もできる。


 というか、少なくともこと線路の敷設については浩一がしばらく働かなかったところで相当期間はやることが決まっているし、蒸気機関車の開発もやることは明白な一方で上手く作るために試行錯誤が必要であるためにこちらも期間を要する。

 これらのことについて浩一が関わったほうがスムーズに進む、というのはたしかに事実ではある一方で。ある程度は浩一の手から離れている、それくらいには基盤が整っている、というのもまた事実である。まあ、それを整えたのは彼なのだが。


 そもそも、他の従業員たちにも夏休みを与える予定なので。なんだかんだで、ちょうどいいくらいに収まるだろう。と、いうことで。


 そんなこんながあった結果、浩一の休みが決まったのである。

 まあ、当然。浩一の預かり知るところではないのだが。


「……まあ、休みが貰えるのはありがたい話だが」


 言葉の内容とは裏腹に、どうにも複雑そうな表情をする浩一。

 そこまでして働きたいのか、と。さすがの風花も少々苦い顔をする。


「なにをそこまで急いでるのよ。現状でも十分順調だし、アレキサンダー様たちもそう言ってくれているからこその休みなのよ?」


 実際、浩一のそれは急いでいるように見えなくもない。

 先述のとおり、浩一の手から離れている事業が存在している一方で、それらは浩一が関わったほうが進みが早い、というのもまた事実。

 最近でこそ、浩一が各領主たちとの面通しなどがあったために手が回り切っていないところはありはしたが。それでも、可能な限りで関与をしているあたり。いかに早く鉄道を作り上げようとしているかが伺える。


 事実、鉄道事業自体の目的が流通の改善なので、早くに出来上がるに越したことはないのだが。しかし、麻痺気味ではあるものの流通自体は機能しているし、喫緊の課題というほど緊急性の高いわけではない。

 それなのに、なぜ、そんなにも急いでいるのか、と。そんな疑問を風花が抱いていると。浩一から、思いもよらない質問が投げ返ってくる。


「まあ、こうして鉄道に携われているっていうのが。それも、作り上げるところから、というのが楽しいってのは否定しないけどさ。……でも、風花はいいのか?」


「なんで私?」


 まさか、ここで名前が上がるだなんて思ってもみなかった。


 鉄道云々については、浩一という存在が身近にいたので一般よりは多少は知識があるかもしれないが、高々平均よりも僅かに上程度である。

 浩一ほどに鉄道に対する想いがあるわけでもないし。つまるところが、浩一が現在尋ねてきているような要因が自身にあるとは思えていなかった。


「いや、まあ。別に風花がいいっていうのなら構わないのかもしれないけどさ。その、早く帰りたくはないのか?」


「……あっ」


 随分とこちらの生活に慣れてきていたからすっかり頭から抜け落ちていたが。そもそも、風花がここヴィンヘルム王国にたどり着いたその理由こそ、行方不明となった浩一を連れ帰ることであり。

 事実上、彼女も今現在行方不明となっている存在である。


「俺はともかくとしても、風花はおじさんとおばさんが心配してるだろうし。早く帰らないとだろ?」


 だが、風花は言った。浩一が帰るまで、私も帰らない、と。

 それは風花の願いであり、そして、姉である自身のなすべきことであるとそう信じていた。……最近は、少しだけ考えが変わって来ているけれども。


 そして、浩一は。自身を連れ帰ろうとする風化に対して、まだ帰れない、と。そう言った。

 鉄道を、作り上げるまでは、帰るわけにはいかない、と。

 それは、浩一がたしかに引き受けたから、という責任からくるものであり。同時に、彼自身の好奇心といった感情から湧き上がってくる気持ちでもあった。

 鉄道は、必ず完成させる。そこは、譲れない。


 だからこそ、浩一は。早くに風花を元の世界に帰すために、急いでいるのだ。


「というか、しれっとあなた自身のことを置いておくんじゃないわよ」


「いや、でも――」


「あなたがいなくなったら、心配する人間がいる。それは間違いようのない事実よ。その、なによりの証拠がここにいるじゃない」


 風花こそ、浩一を心配して異世界まで追いかけてきたというまさしく最大の事例である。たしかにこの前では、なにも反論ができない。


 と、まあそれはひとまず置いておくとして。


「たしかに、早くに帰るほうがいいっていうのは、事実よ」


 でも――、と。風花は言葉を続ける。


「そもそも、帰る手段が見つかっていない時点で急ぎだところでどうしようもない、というのもまた事実よ」


「……たしかに、それもそうだな」


「そもそも、急ぐのもいいけど、今はどちらかというと急ぎ過ぎなのよ」


 見つかったときに急ぐ、というのもたしかに遅いが。とはいえ、現在は行き先が見つかってもいないのにアクセルを全開で回しているようなものである。


「それに、浩一が関わると進みが早くなるものがある、というのは認めるけど。その一方で浩一がいないと進まないこともあるでしょう?」


 領主たちとの顔合わせや打ち合わせ、交渉などはそれこそ浩一がいないとどうにもならない最大の例である。


「だというのに、万が一のときに浩一が倒れて動けなくなったら、それこそ本当に事業が止まるのよ」


「……それは、そうだな」


「理解してくれたようでなにより。それじゃあ、しっかりと休むのよ?」


「わかったよ」


「あ、ちなみにちゃんと休んでるか見るために、私やアイリスちゃんが一緒に過ごしてあげるから安心してね?」


「は?」


 聞いてないんだが、と。浩一が、そんな声を出す。

 まあ、言ってないのだけれども。

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