#88
「それで、おねーさんのほうの進捗はどうなの?」
「私? まあ、私の方はそれなりに順調ではあるわね」
そもそも、この場に於いてアイリスの次に立場がややこしいのは風花である。
浩一と同郷――つまりは転移者である、というのもそうではあるが。それ意外にも、この場では唯一、体裁上は浩一からの要請としては動いていない。
もちろん、そのきっかけであるとか発端の話をし始めると浩一に行きつく、というのはそうなのだが。浩一が進めている鉄道事業と、風花が執り行っている地図制作は、形式上は別の事業として進められている。
精度の高い地図、というもの自体が国にとって重要な資産となりうるものであり、鉄道事業云々とはまた別で必要なものであるために、浩一のそれとはまた別途、アレキサンダーから依頼されて動いている。……という建前である。
実際のところは浩一との協力や連携などもを行っているし、わざわざ別である、なんて考えるのも寂しい話なのでそんなふうには思っていない側面のほうが大きいのだが。
とはいえ、マーシャやルイスほど、浩一の行動によってやることが縛られる、というほどでもない。
……もちろん、浩一が手広く影響範囲を広げれば広げるほどに必要となる地図の範囲が大きくなるために。風花が起こさなければいけない地図が増えていく、というような間接的な影響はありはするけれども。
まあ、逆に。マーシャの協力で測量機器を開発してもらったりもしているが。
先日は魔法の光を利用した測量機器を作ってもらったし。
「それに、いろんなところに行くのも悪くはないわよ? 結構楽しいし」
半ば旅行のような形式である。仕事、ではあるものの。それはそれ、これはこれ。で楽しむのは悪いことではないだろう。
せっかく、いろいろな地域に行っているのだから。
「各地を飛び回ってるといえば。アイリスちゃんは最近どうなの?」
「私ですの? 私については、皆さんがコーイチ様の活躍を聞いてらっしゃるとおり、というか。基本的にはコーイチ様の移動の補助をしていますので」
「うんうん。それは知ってる。でも、聞きたいのはそっちじゃない」
浩一と一緒に行動しているから、アイリスの行動内訳も把握できる、ということではなく。
浩一と一緒に行動している、というアイリス自身の進展についてを聞いている。
この会の趣旨、もとい議題の内訳のほとんどがそれぞれの仕事に係るものである一方で、ことアイリスについはそうではない。まあ、この会の成立がどこから始まったのかというと、ここからなのだけれども。
「いや、その。ここにはルイス様もいらっしゃいますし」
「安心なさい。ルイスもどうせ気づいてるわよ。不敬にあるかとかを気にして口にはしてないだけで」
「ひうっ」
顔を真っ赤にしてみせるアイリス。そんな彼女に、どこかバツが悪そうな様子でルイスが苦笑いをする。
まあ、それなりに親しい間柄の中で、気づいていないのは当人であると浩一くらいなものだろう。
「それで? 調子はどうなのよ」
「ええっと、その。……あんまり芳しくはないですわね」
アイリスは、たしかに頑張ってはいた。
だが、それ以上に浩一が朴念仁というか、唐変木というか。
さすがに浩一とて、アイリスのアピールに気づかないわけではないのだが。どちらかというと、それこそかわいらしい妹分がなにかやってるなあ、みたいな微笑ましい様子で観察していることが多い。
そして、そんな期間が長く続いていようものならば、ちょっと頑張った行動でさえも常態化しかねないわけで。
「つまるところが、なんらかのテコ入れが必要ってことね」
「うう。私が不甲斐ないばかりに……」
「アイリスちゃんは気にしなくていいから。ことこれに関しては完全に浩一が悪いから」
もしここに浩一本人がいようものならば理不尽と文句を言われそうなものではあるが。とはいえ、これについては気づかない、気づいても受け流し気味に対処をしている浩一のせいである。
……まあ、浩一自身、そうしてやろうとしてやっているわけではないのだけれども。いやしかし、それはそれでたちが悪いのだが。
「アイリスちゃんのこれもどうにかしなきゃだし。今の勤務状態……特にルイスのやつについては、どうにかしなきゃ、だよねぇ」
風花が、そう現状をたしかめ直す。
労働量が尋常でない、という意味合いならばマーシャもだが。彼女については減らしたところで勝手に作業しているので、ひとまず議題から下ろす。
「いや、僕についてはそこまで重要なことではない、といいますか」
「いいえ、重要よ。ちゃんと休まなきゃ」
話題の中心にすげられたことにちょっぴり恥ずかしくなったルイスだが、その意見は速やかに棄却される。
しょぼんとしたルイスのその隣で、おやつを口にしていたマーシャはしばらく考え込んで。そして「あ、でもさ」と。
「休むのなら、まずはおにーさんが、じゃない?」
マーシャのその言葉に。思わず全員が黙ってしまう。
思うところが。彼女のその意見に、賛同するところがあるのだ。
無論、上が休まなければ下が休みにくい、という意味合いも無くはないが。マーシャが言っているのは、そういうことではない。
単純に、浩一が働き過ぎなのである。
開発をマーシャに、測量を風花に。そして中間管理をルイスにほぼほぼ丸投げしている状態の浩一ではあるのだが。そうした丸投げをした上でもなお、一番動き回り、働いて回っているのが、浩一である。
各方面の貴族への挨拶回りや取引、協議。
そういうことがないときでも、道床製作や線路敷設の現場に赴き、指揮を執り。
知識面などであまり協力できない風花の測量はともかくとして、マーシャの開発やルイスの中間管理については、可能な限りで浩一も手伝い、と。
いったいお前はいつ休んでいるんだ、というくらいに動き回っているのが、浩一なのである。
……まあ、だからこそ、仕事が円滑に進んでいて。そして、ルイスのところに仕事が留まることなく流れ込んでいるのだが。
「そういえば、王都でも。たしかコーイチ様、休日を言い渡されたにも関わらず、市場調査をしていたような記憶が」
「なにやってるのよアイツ」
休みは休みなんだから、と。そう言ってやりたい。
「アレね。二重の意味で浩一が休まないと下が休めないって状態になってるわね」
つまり、なにがなんでもあの浩一の首根っこを掴んで布団にぶち込まないといけない気がする。
いや、それだけではダメか。
いっそ、仕事から大きく離れるような場所につれていくくらいしなければいけない。
「諸々、それなりに順調に進んでいるしね。多少息抜きをしたところで問題はおこならい、か」
むしろこのまま突き進んでどこかで浩一に倒れられる方が余程まずい。そうなってしまっている体制にも問題はあるのだが。とはいえ、浩一の役割は代用が効きにくいというのがなんとも難しいところではある。
「ちょうど、夏だしね。気温が上がってくると、その分体調にも気を使わないといけないだろうし」
というのは半分くらい建前ではあるが。だが、タイミング的には都合がいいだろう。
「作りましょうか、夏休み。なにがなんでも、浩一を休ませるわよ」
「おー!」
元気よく返事をするのは、やはりマーシャ。少し遅れて、アイリスとルイスも声をあげる。
まさか、異世界にまで来てやることが、労働環境の改良になるとは、なんて。
「ちなみに、もちろんマーシャも休むのよ?」
「うん! ……あれ? もしかしてその間、あんまり研究できない?」
「それから離れなさい、って意味だからね」
風花のその答えに、マーシャの叫びがちょっとだけ響いた。