表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/98

#9

 嫌な予感ほど、不思議とあたってしまうもので。


「機械技師が、いない?」


「いない、というのはやや語弊を含むが。まあ、そのとおりと言って差し支えはないだろう」


 王城に戻った後、アレキサンダーに今日あったことを報告する過程で、相談してみた結果。返ってきた答えがこれだった。


 機械技師に当たる人物が、いるかいないかで言えば、いる。だが、そのほとんどが単純な機構……それこそ滑車であるとか、基礎的なギアを扱える程度の人間であり、即ち俺が考えているような技師はほとんどいないとのことだった。


「断言しよう。この国のほとんどの機械技師より、君のほうがそのあたりの知識について詳しいだろう」


 正直、唖然、というそれ以上の言葉が頭から出てこなかった。

 とはいえ、それも筋といえば筋である。なにせ、技術というものは需要を満たすために発達する。

 しかしこのヴィンヘルム王国においては、魔法という便利な存在があった。例えば、乗り物を発達させずとも、箒があった。井戸を発達させずとも、水魔法があった。コンロを発達させずとも、炎魔法があった。


 もちろん、魔法の方面としてある程度発達することはあったものの。この魔法の存在が非常に厄介で、発達の幅が狭い、が、生活には問題がない。という、本当に絶妙な範囲になっている。

 そのせいで、様々な機構が生まれようとしたものの「これって別に必要なくない?」という意識からあまり受け入れられず。そうした経緯から、未発達という結果が生まれた。


「……あれ? ほとんどの、ということはそういった機構に詳しい技師もいるにはいるんですか?」


「いない、とは言えない。のほうが正確だな」


 彼の言う言葉は、至極真っ当なもので。そういったものを作っている人がいない、とは言えない。いるかもしれない。

 だがしかし、それを生業にしてこの国で生きていくことは困難。そのため、いないと思ったほうがいい、とのことだった。


 もしそんな人がいるとするならば、その人は相当な変わり者と言えるだろう。


「とはいえ、もしかしたらが存在するのも事実。私たちの方からも、そういった人材を探しておこう」


「……ありがとうございます」


 俺は彼に感謝を述べ、それからひと通りの報告を終えてから退室する。

 ちょうどそこには、アイリスが待ち構えており、どうやら心配そうな顔をしていた。


「あの、コーイチ様? なにやら難しい顔をされてますけど」


「いえ、少し……いや、かなり厄介な問題が浮き彫りになって来たものでね」


 問題がひとつ解決したかと思いきや、次々に問題が山積みになって振りかかってくる。

 いや、そもそも幾ばくかマシな地図こそ手に入ったものの、計画の方針を練る上での大雑把な参考にできる、というレベルのものなので、なんなら未だなにひとつとして解決していない。


「人が、技術が、知識が……全ッ然足りない……」


 俺は思わず、頭を抱えた。






「そういえば、なんでこの地図じゃだめなんですの?」


 結局俺の自室にまでついてきたアイリスが、机の上に広げられた地図を眺めながらにそう尋ねてくる。


「全く以てダメ、というわけではないんですよ。むしろ無いよりはずっとマシです」


 ただ、この地図に記載されている情報だけだと、あまりにも情報量が不足している。


「例えば、道ってどんなところにできると思います?」


「ふぇ? それは、出発地点と目的地点の間ですわよね?」


「そう。そしてそうであるならば、普通は真っ直ぐにその二点間を結ぶほうがいい。だってそのほうが距離が短いから」


 迂回すればそれだけ距離が長くなるわけで。単純に考えれば道は直線であるべきだ。

 もちろん、実際には複数箇所から合流したりなどがあるためそこまで単純な話でないのだが。しかし、それを抜きにしても考えても、他との合流などがない場所においては直線に道を敷くほうが効率がよい。


「でも、例えばほら、ここです。道が曲がりくねってます」


 俺が指で差し示した先には、特段周囲になにかあるようなそんな記載がないにもかかわらず、曲がりくねった道。


「先程までの考えに則るなら、ここの道は真っ直ぐで然るべき。しかし、実際はこんなにも湾曲しています。どうしてだと思います?」


「えーっと、……地形に合わせた、とかですの?」


「はい。俺も実際にこの場所に行ったわけじゃないから確証を持ってそう言えるわけではないですが、その可能性が高いかと」


 例えばこの道に沿う形で丘陵や、あるいは崖なんかがあるのかもしれない。


「通常の移動は原則箒で成立してしまうこの国において、陸路を主に使うのは馬車などです。そして、そういった馬車が苦手とするもの。それこそが傾斜です」


 上り坂では馬力が足りなければそのまま後ろに転げ落ちてしまい、下り坂は滑り落ちてしまわないようにブレーキをかけながら降りていく必要がある。

 そのため、こういった陸路は可能な限り平地を選んで作られるし、仮に坂道を通らなければならないのならなだらかな場所を選ぶようにして作られる。


「そして、鉄道においてもその弱点は共有しています」


 特に蒸気機関車などは、その巨躯に見合う重さをしているため、一度空転し始めてしまえば持ち直すのは困難、それこそ大惨事になりかねない。

 そのため、線路を敷く場所は可能な限り傾斜の小さい場所を選び、それでいてできるならば「勾配図」と呼ばれる運転する区間の傾斜について欲を言えば千分率(パーミル)単位で記載しているものが欲しい。


「とりあえずこの地図を参考に実地で地形を確認して、勾配については、うーむ、なんとか……」


 こんなことになるのならば、面倒くさがらずにアイツがいつも語っていた測量について、もう少し聞いておくんだった。

 三角測量など、名前は覚えていてもやり方まで覚えていないぞ。


 うぎぎ、と頭を悩ませながら考え込んでいたのだが。しかし、まだ参考になる資料があるだけマシな地図と違って、正直考えたくもないような案件がひとつ。


 機構だ。


 ひとまずなんとか忘れないうちにと書き起こしておいたものがいくつがあるので、それについては使えこそするが。正直それだけでどうにかなるほど甘いものだとは思っていなかった。

 だからこそ、この世界でそういった技術者や機械技師の人を頼って話を聞こうと思っていたのだが。ほぼいない、というのはさすがに想定外だった。


「アイリ……さん、その、なにか物作りに長けている人とか、知りません?」


 一瞬呼び間違えかけたものの、なんとか踏みとどまったおかげでいつも見たく彼女は機嫌を悪くせずにそのまま話してくれる。


「物作り、ですの? たしかにそういった物事に長けた集落などはありますけど」


「集落、かあ」


 ということは、生業として成立しているわけか。であるならば、今考えているようなものを作っている可能性は低い、のかな?

 とはいえ、物作りに関してはいつかは頼りにする可能性が高いのでいちおう教えておいてもらおう。


「……異端扱いされてるわけだもんなあ。この国の人たちからしたら変なものを作ってるわけだし」


 まあ、それを言い始めるならば鉄道、もとい蒸気機関車を作ろうとしている俺も異端者なのだが。

 そんなことを考えながらポツポツと考えをつぶやいていると、アイリスが「あら、それならいましてよ?」と。


「……ん? 今なんて?」


「その、変なものを作ってる人なら、いますわよ?」


 待て待て待て待て。ちょっとだけ、冷静になろう。もしかしたら一風変わった民族工芸品とかそういうものかもしれない。あるいは――、


「たしかこの間は、自動井戸水汲み上げ機、というものを作っていらしたかと。全く、微塵も売れていませんでしたけど」


「そいつだーっ!」


「うぇっ!?」


 思わず出てしまったその叫びに、隣にいたアイリスが驚いて跳ね上がっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
アイリの意外な人脈。箒の2ケツおkだったり、すごくコーイチにとって都合のいいド◯えもんでワロス。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ