#87
季節がひとつと少し巡って、暑さが本格的になってきた頃合い。
「それでは、第十三回浩一被害者の会を始めまーす!」
「いえーい!」
「……いえーい?」
魔法でキンキンに冷やした部屋の中。高らかに宣言する風花、ノリだけで合わせるマーシャ、そして疑問を浮かべながらもとりあえずやってみるアイリス。
そして、この場にいるのはさらにもうひとり。
「あの。僕、打ち合わせって聞いてきたんですけど……」
おずおずと手を挙げながら、やりにくそうな表情のルイスがそう尋ねる。
「まあ、ルイスも被害者なのは間違いないし、いいかなーって」
「そんな適当な理由!?」
風花の雑な説明に思わずルイスが声をあげる。
ルイスからしてみれば突然に女子会にぶち込まれてしまったような状況なので、もう少し正当な理由が欲しかったのだろうが。
……そもそもこの会の主張を見れば察するところがなくはないが、元々女子会から発展したものである。そのため、ルイスの立場的には場違い感がとんでもない。
「まあ、ここに来ればおねーさんのおやつにありつけるし。役得だよ役得」
「その理由が被害者ってのが、なんか複雑な感情なんですけど」
とはいえ、なんならこの中で一番直接的な被害を受けていそうなのは実はルイスだったりする。
アイリスは初恋を奪われて感情をぐちゃぐちゃにかき乱されているし、風花は地図作成についての技術指導と指揮というとんでもない仕事を任されている。
難しさ、という意味合いではマーシャは蒸気機関車の製作に係る様々な機構の設計を半ば丸投げされている。……まあ、彼女に限って言うならばそれさえも楽しんでやっている節があるので、負担が大きい割に被害かどうかというと微妙なラインなのだが。
それではルイスはどんな被害を受けているのかというと。そもそも、彼の仕事内容は全体管理。
元々は浩一が請け負っていた仕事だったのだが、その浩一が現場指揮や貴族などの各種方面との面通しや打ち合わせなどをしたければならなくなった都合でルイスに引き継がれた役割。実質的な中間管理職であるルイスなのだが。
「ルイス。あなた、最近ちゃんと休めてる?」
「……あはは。まあ、それなりには」
風花の指摘に、ルイスは少し苦い顔をする。
マーシャの開発や風花の測量が進んでいる、ということももちろんルイスの仕事に直結しているが。どちらかというと、浩一の仕事が進んでいることが一番の要因。
各方面に挨拶周りをしている浩一。その目的はヴィンヘルム王国全体に線路を巡らせること。
現在アルバーマに広げている線路を、他の領地にも広げていく必要があり、その許可取りなども含めで行っている。
つまり、浩一が仕事を順調に進めれば進めるほど、線路を敷くことができる範囲が広がり。……ルイスが管理しなければならない仕事の量が増える。実際、現在進行形でアルバーマ領の隣にあるレーヴェ子爵領に延伸する計画が進んでいる。
もちろん仕事量の増加を見かねてルイスの下に人員を増やしてくれてはいるものの、まだ配属されて時間それほど経っていないために今のところはどちらかというと負担のほうが勝っている状態だったりする。
本当ならば無理矢理にでもベッドに押し込むべきかもしれないが。ひとまずの応急処置として、こうして打ち合わせと称して連れ出して強引に急速を取らせることにした。
「ちなみに。いちおうちゃんと打ち合わせっぽいことはするわよ」
「そうなんですね」
やる内容としては被害者の会らしく浩一への愚痴大会なのだが、その愚痴の発生源の都合でそれぞれの仕事の進捗の共有も為されたりする。
こんなときくらい仕事から離れればいいのにというのは全く以てそのとおりではあるが、この中で仕事に関連しない愚痴と言っていいのはアイリスのものくらいである。
強いて言うなら、浩一が日本に帰ろうとしないという風花の意見はありはするが。帰らない理由についてはいちおう風花も理解を示している。
「それじゃあ、まずはマーシャ。最近の様子はどうなの?」
「バッチリ壁にぶち当たってるよ!」
風花の問いかけに、満面の笑みで答えてもせるマーシャ。……発言の勢いと内容が思いっきり乖離している。
「あれ。でもたしか、蒸気機関自体はできたんじゃありませんでした?」
「うん。ちょっとした調整は必要だったけど、あのとき設計していた蒸気機関自体はキチンと動作したよ」
首を傾げるアイリスにマーシャはそう答える。しれっと言って見せているが、そのちょっとした調整にとてつもなく手間がかかっているというのは、言われずともこの場の全員が理解していた。
とはいえ設計していた蒸気機関が機能した。大型化と高出力化は成し得た、ということである。
「ただ、まだ通過点、なんだよね」
蒸気機関の制作は必要なチェックポイントであると同時に、あくまで通過点。
これを蒸気機関車に搭載するには、出力調整や前進逆進の切り替えの機構などが必要になってくる。
次は、そのあたりを作るようにと頼まれ……もとい実質的な丸投げをされているのがマーシャである。もちろん、浩一も可能な限りでは協力しているが、限界がある。
「とんでもないことを言われてるのに、楽しそうね」
「うん。とっても楽しいよ! 最近は、手伝ってくれる人も増えたしね」
皮肉などの意志は全くなく、ただの称賛として風花は言葉を贈り。そしてマーシャもそれを素直に受け取る。
なお、彼女の言う手伝ってくれる人というのは他の地方からの協力者のことである。
最初こそ、特にマーシャが率いている開発関係についてはアルバーマの人員がほとんどであったが。浩一が他の貴族たちと交流していく過程で、ぜひとも自分たちも協力したいというありがたい申し出を受けることがあり、協力という形で人員が派遣されたり、あるいはそれぞれの領内でも開発を行ったりしてくれている。
ちなみに、特にその動きが活発なのは、フィーリッツという侯爵家。
なかなか技術開発に意欲的な姿勢を見せているところであり、浩一たちの側からも、侯爵家という後ろ盾は大きいために是非ともと協力を申し出たところ、フィーリッツ家の方から技術供与に関する取り決め――浩一や風花が知るところの特許などに近しいことを提案してくれた。
むしろこちらが侯爵家という恩恵に与れることが利点であるのでこちら側からの供与についてはとは思ったものの、フィーリッツ侯爵の「こういう権利はしっかりと握っておくほうがいい」という言葉もあり、そのあたりはキチンと整備させてもらった。
最初に手を挙げたのが侯爵家という、貴族全体で見ても上位に位置する存在であるということもあり、他の貴族たちも前に倣えで同じく取り決めをしてくれているので、やはり後ろ盾の存在は大きい。
「ちなみに、今はいろいろと試してみてるの。これがうまくいけば、ぶつかってる壁もなんとかなるしね!」
つまり、今はそれがうまく行っていないのだろう。が、そのトライアルアンドエラーの過程すら、マーシャにとっては心地良い時間なのだろう。
「という感じが、今の私の状態かな」
ちなみに、試験的に蒸気機関自体は作成している。
それを車両に搭載することはできないが、ボイラーさえ繋げれば蒸気機関としては利活用できる状態であり、動作確認も終わっている。
マーシャが逆転機や加減弁などの設計に息を巻いているその隣では、もちろんそれを手伝ってくれてはいるものの、ガストロやガードナーたちが蒸気機関を別な装置に転用できないか、と。こちらも議論が沸き立っているらしい。
なんだかんだと専門はバラバラではあるものの、みんな技術者なのだろう。