#83
「ふふん。それじゃあ、見てもらいましょう!」
自慢げにそう宣言しながら、マーシャは先程まで作っていたものを俺たちの前に持ち出してくる。
マーシャが設計してくれた蒸気機関の設計図と。そして、その機構を再現した模型。
「材料とか道具とかの都合で、木製なんだけど」
「とりあえず理論の確認をしたいだけだから、問題ない」
浩一がそう言うと、マーシャはコクリと頷きながらに模型で説明を始める。
「最初の課題はね、ピストンをどうやって戻すのか、ってことだったの」
シリンダに揺動運動を与えない、機構上のロスを減らすために、給排気口はしっかりと固定させたい。
それが、浩一がマーシャに依頼していた注文の内訳だった。
正直なところ、とてつもないことを頼んでいるという自覚はあった。……要はこれ、地球文明での蒸気機関車の機構かそれと同様の機能を持つものを再現してくれ、という話である。
最初は、構造を完全に覚えてはいなくとも、ある程度の知識がある浩一も手伝いながらに設計していくつもりだった。しかし、浩一にアレキサンダーからの仕事が舞い込んできてしまって、マーシャに丸投げする形になってしまっていた。
「それでね。どうやって引っ張って戻すのか。それをずっと考えてたの」
首振り式エンジンではシリンダの給排気口から蒸気が排気されることにより、擬似的にピストンを引き戻している形になる。なんとか、そのような仕組みを再現できないか、と。いろいろ試してみたのだが。しかし、シリンダが動かないことと、給排気口を固定するという条件がなかなかに厄介。
普通に仕組みを作っただけでは、押し込みたい側と引っ張りたい側――つまり、給気側と排気側が同じ方面になる。しかし、首振り式エンジンのように擬似的な蒸気弁の役割をする機構が無い状態では、給気か排気のどちらか一方しか機能しないか、あるいは両者機能はするものの、給気されたものがそのまま排気されるという意味のない機構が出来上がるだけである。
更には、給気と排気をうまく切り替えることができたとしても。そのままの仕組みだけではピストンが戻ってくるに係る力が存在していない。結果、ピストンがただ伸びっぱなしになるだけである。
そのあたり、首振り式エンジンでは弾み車の勢いを使い、クランク機構で回転運動から直線運動に変換をしながら無理矢理戻して来ているが。しかし、蒸気機関車に搭載することを考えると、勢いだけでピストンの往復運動を、というのは不可能に近い。
「どうしたものかなーって、すごく悩んだよ」
たはは、と。軽く笑ってみせるマーシャだが、その背景にあった苦労はそう簡単に笑って飛ばせるものではないだろう。
「でもね、そんなときにおねーさんがヒントをくれたの」
「風花が?」
「うん! だよね、おねーさん!」
「……ちょっと誤解があるけど、否定はしないわ」
曰く、関係のない会話の流れで喩え話をしていたら、そこからマーシャが思いついたのだという。
いったいどういう会話をしていたと言うんだ。
「おねーさんが言ってくれたのは、引っ張るっていうのは、見方によっては逆側から押しているようにも見えなくはない、みたいな話でね」
「本当にどういう会話をしていたらそういう話になるんだ」
「……あんまり気にしないで。本当にただの関係のない話だから」
関係のない話だからこそ、気になるんだが。まあ、風花がそういうのであれば詮索はやめておこう。
なぜかアイリスも顔を赤らめているし。……いや、ほんとなんでなんだよ。
「それでね。私、思ったの。引っ張るのが難しいのなら、反対側から押し込んじゃえばいいんだって! ……と、それが思いついたのが今朝のこと。そこからすぐに形にできたらよかったんだけど」
方針が固まったはいいけど、実際に模型を作ってみて判明する問題とかも多くてね、と。マーシャは苦笑いを浮かべる。
たとえば、ピストンをふたつ用意して、そのふたつで相互に押し合いをするような機構も考えたけれど、途中で内圧が釣り合ってしまって動かなくなってしまう。
では、内圧が釣り合わないようにと、シリンダの半分を超えたあたりに排気口を作って、ピストンがそこを超えた瞬間に排気をするようにしてみたが。しかし、これで動かしてみると排気口付近でしか動かなくなってしまって動きが小さくなる、など。
「そうして、その問題を解決する方法を考えていたところで、ちょうどおにーさんたちが帰ってきたって感じなんだ!」
「なるほどな。……ちなみになにかいいアイデアは思いついたりしたのか?」
「うーん。ピストンの動きに連動して給排気を切り替える必要があるから、これに連動できるなにかだといいよねー、とは思うけど」
マーシャの発想に頼りっきり、というのもよくないだろうと、浩一はなんとか過去の記憶を探していく。
……当時はあまりキチンと機構を理解しながら見てはいなかったものの。しかし、蒸気機関の断面図だけなら見たことはある。
せめて形だけでも思い出せれば。あるいは、マーシャからの説明を受けて、その機構を少しでも理解できれれば。
「そういえば、さっきまで模型を作ってたんだよな? 見せてもらえるか?」
「え? うん。もちろんいいけど……でも、切り替えの機構をどうするかとかは全く考えてないような状態だよ?」
それでも構わないから、と。浩一はマーシャから模型を受け取る。
機構を考察するためにシリンダを半分に割ったような状態の木製の模型。
シリンダを想定した、内側がくり抜かれた半円の柱の中に、ピストンの代わりの半円版。そして、給排気口のつもりで取り付けられた穴がいくつか開いていて。
それ以外には、あれこれマーシャが考察するために部品を取り付けられては剥がされた痕などが見える。
ひとまず、現状の模型は欲しい機構のみがついている、最低限の状態と言えるだろう。
片側に給気をすればピストンが動き、反対側に給気をすれば戻る。
ただし、給気中は反対側が排気している必要があるが。
「……そういえば、断面図でも給排気口は二箇所ついていたような気もする」
ちょうど、マーシャが作ってくれたこの模型のように。
なんとか記憶をあさりながら、他になにがあったかを思い出していく。
「たしか、ピストンと連動して動く、コの字型のパーツがあったような気が」
「コノジ?」
「ああ、悪い。こういう形だ」
会話が通じているので忘れがちだが、そもそもの言語が違っている。
浩一は紙に記憶にあるパーツを描いてみせる。コの縦棒をぐっと伸ばしたような形。
「こんな感じなのが、ちょうどシリンダの外側に沿うような形でついていた、と思うんだが」
「細長いお皿みたいな形だね」
「役割としては、残っているのは切り替え用の弁であろう。だが、これが弁になる……のか?」
浩一が描いたパーツを、マーシャがじっと見つめる。
自由に動かせるように切り取って、先程浩一が言っていたようにシリンダの外側に沿わせてみる。
手探りで動かしながらに、しばらく、考えて。
そして、最初はおそるおそるだったその動きが、次第に確信と自信を得たものに変化していって――、
「おにーさん。これ、これだよ!」
パアアッ、と。その顔を明るく変貌させながらに、マーシャはそう叫ぶ。
「うん。これなら、給排気口は固定した状態で、シリンダも動かさずに。ピストンを両側から交互に押すことができる!」
すなわち、蒸気機関車への実装に耐えうる……かもしれない外燃機関ができる、と。
マーシャは、たしかにそう言った。