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#81

「それで、私はこれからどうしていけばいいのでしょうか」


 朝食もとって、すっかり目が覚めた様子のアイリスは、風花の正面で正座をしながら、興味津々という様子で風花の顔を覗き込んできていた。

 別に正座をしなくてもいいのだけれども、と。そう思いはしたものの。おそらくは風花が正座をしているから、それに倣ったのだろう。


「どうしていく、とは言っても。細かなところをどうするかは結局のところアイリスちゃんが決めることだから。私からできるのは、あくまで大枠の提示だけっていうのは理解しておいてね?」


「はい、もちろんですわ!」


 元気のよろしいことで。……まあ、昨日までの心ここに在らずという様子のアイリスと比べれば、比べるべくもなくこちらのほうがいいけれども。


「それじゃあ、まずは改めて現状を確かめておきましょう」


 風花がそう言って、再度状況を切り分けて確認をする。


 アイリスが浩一のことを好きで。

 そして、フィーリアもほぼ間違いなく、浩一のことが好き。


 そして、そんのフィーリアが現在、浩一とふたりきり


「本当に……マズイですわ……」


「まあ、あのお嬢様(フィーリア)が、この機会にと、どれくらい動いてくるかで変わってくるけれど、まあ、マズイのは間違いないわね」


 なによりも、アイリスの特権であったはずの箒のふたり乗りを取られる形になってしまっている。

 不調に関しては自業自得といえばそれまでなのだけれども。しかし、悪い状況がさらなる悪化を引き込んでしまっている。


「とりあえず必要なのは、アイリスちゃんが浩一に対して好意を持ってるってことを伝えること」


 これについては必須であろう。たとえ、この期間の間にフィーリアが動いていようが、動いていまいが。どちらにせよ、どうにか手立てをして伝えていかなければならない。


 それも。浩一の朴念仁な性格を鑑みるのであれば、かなり露骨気味に。


「ちなみに、アイリスちゃん。浩一に対して言葉として素直に伝えるってのは、今からでもできそう?」


「も、もちろんでき――でき……できま…………」


 勢いよく言葉を切り出したアイリスだったが、しかし次第にその威勢が弱まっていき、しょぼんと俯いてしまう。

 アイリスにしては本当に珍しい様相だった。恋愛は人を変えるとはよく言うが、この手の変わり方をしているのは、風花は初めて見た気がする。


「まあ、そうなるわよね。……というか、それができてるのなら、今の状況が出来上がってないわけで」


「うっ……」


 なにげない風花の言葉が、アイリスの心にグサリと突き刺さる。

 もちろん、自身の気持ちをしっかりと解釈できていなかった、という原因もありはするのだが。しかし、自分自身の気持ちを浩一に対してさらけ出せなかった――具体的には、彼の足役としての任に固執するという主張ができなかったがために、現在の浩一とフィーリアのふたりきりが完成してしまっている。

 それが理由で更に落ち込んでいた側面もありはするので、これらも理由の一端と言えるだろう。


 だがしかし、風花とてこれに関してはアイリスのことを責めることはできない。そうなってしまう理由が十二分に理解できるからだ。


 もし、素直に気持ちを伝えることができたとして。それが拒絶されてしまったらどうしよう、という感情がどうしても先行してしまう。

 得るメリットと喪うデメリット。これらは喩えメリットの方が大きかったとしても、人間感情としてはデメリットを避けようとしてしまうものである。


 だからこそ、アイリスは浩一がフィーリアの箒に乗ることを反対できなかったわけだし。そして、こうして素直に感情を伝えられるか、という質問に対して口籠ってしまっている。


「……まあ、これに関しては予想どおり。だから、とりあえずは行動で示して、浩一に意識させていくしかないわね」


 地道な方法ではあるが、しかし、アイリスにとっては確実な道ではあるだろう。

 現状彼女が自身の好意を伝えられないのは拒絶されるかもしれないというデメリットが先行してしまっているからであって。ならば、ゴールまでの道を整備して、確実性を上げていくのが順当な手立てとなるだろう。

 同時に、拒絶される可能性についても低減していくので、成功すればとてつもないメリットが得られる。

 デメリットについても、勘違いされたりすることはあれども、否定されたりする可能性が非常に低いので、行動に移すハードルは低い。


「……まあ確実性はあるけれど、過酷な道でもあるんだけどね」


 そう。失敗のデメリットが少なく、成功のメリット大きい、というだけならば。たしかに良いことばかりに見える。

 だがしかし、これだけでは正確な判断を下せはしない。


 なにせ、成功可能性という点についてを鑑みていないからだ。


「どのようにアプローチしていくか、どのようにアピールしていくか。それによって成功可能性が大きく変わるわけだけども」


 だがしかし、今回は相手が浩一であるというのが非常に厄介である。

 なにせ、風花の知りうる範囲でさえ、何人もの異性の恋情を、伝えることすらさせずにへし折ってきた恋心ブレイカーである。

 加えて、当人に自覚がないというのが非常に厄介。


「……ついでに、こういうのを伝えたければ、今までとは態度を変える、なんてのが効果的だったりするけれども。アイリスちゃんについては、元々の距離感が近かったり、スキンシップが多めだったりっていうこともあって、そっち方面でのアプローチも難しいしね」


「うう……」


 始まる前から手立てが一つ消えている、という事実を突きつけられ。自身のこれまでの行動を振り返り、しょんぼりと落ち込むアイリス。

 ついでに、改めて記憶を思い起こす過程で、いかに浩一と触れ合ってきていたかを再確認したのだろう。ほのかに顔が赤くなっているのが伺える。


「態度を逆転させる、というやり方なら。むしろ浩一から距離を取るってやり方になるけど」


「そんな駆け引きのやり方もあるんですわね……」


「まあね。でも、アイリスちゃんの場合はあんまりオススメしないかな」


 いわゆる、押してだめなら引いてみろ、というやつだが。これがなかなかに難しい。

 これまでの関係性であるとか、どれくらい距離を取るか、ということが複合的に作用する上に、少しの違いで相手に多大なる誤解を与えかねない。


 特にアイリスの行動が今まで全部真っ直ぐであったがゆえに、では今回距離を取られているのも単純になにかか自分を避けたい事項があるから避けている、というように取られかねない。


 風花の説明に、ほああっと、感心した様子を見せるアイリス。


「まあ、引いてるように見せかけておきながら、実質的には押してるようなものだからね。……現状ですら押し方がかなり強引気味なアイリスちゃんにはオススメできないかな」


「ほうほう。……ほう?」


 しれっと残酷な評価をされた気がする。


 なんでもないなんでもないと風花が適当にはぐらかしていると。どうやら先程までの話を聞いていたのだろう、マーシャが風花たちの方を見ながらになにかを小さくつぶやいていた。


「マーシャ、なにか気になることでもあった?」


 会話の外野にいたからこそ、なにか気づいたことがあったのかもしれない、と。そう思いながらに風花は尋ねる。

 だがしかし、マーシャの様子が普通ではない。風花やアイリスの問いかけに答えるわけでもなく「引いてるように見えて、実質的には押してる」と、先程の風花の解説をひたすらに繰り返していた。


「マーシャ?」


 心配した風花が彼女の名前を呼びながらに近づいた、その時――、


「あああああっ! そうだ、そうすればいいんだ!」


「えっ!?」


 突然に叫びながらに立ち上がったマーシャ。そのあまりの勢いに、風花とアイリスは思わず仰け反ってしまう。


「こうしちゃいられない! 早く! 忘れないうちに早く描かかなくっちゃ!」


 マーシャは飛びつくようにしてペンを掴むと、そのまま紙に図面を引き始める。


 ふたりの困惑の声など、まるで届いていない様子のマーシャ。


「ええっと……?」


「私もアイリスちゃんと同じで、よく、わかってないけど。でも、たぶん――」


 完全に置いていかれてしまっているアイリスと風花は。首を傾げながらに、しかし、状況を確かめる。

 マーシャが今作っているのは、蒸気機関車の外燃機関エンジンの設計図。

 最近進捗が芳しくなかったという、それが。現在、筆がとてつもないスピードで進んでいる。


 つまるところが、


 ――なぜか、アイリスの恋愛相談が。外燃機関エンジンの設計に、役立ったらしい。


 いや、本当に。なんでなんだ。

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― 新着の感想 ―
ひょんなことから発明はひらめきますからね。 川を流れている葉っぱで自動改札機の改良のヒントを得たりとか。
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