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#80

 あまり眠れた気分のしない翌朝。コンコンコンとノックされる扉を開けると、やや本調子でない浩一とは対照的に元気そうな様相のフィーリア。


「おはようございます、コーイチさん」


「おはよう、フィーリアさん。よく眠れた?」


「いえ、私もドキドキしてしまって、あまり十分にとは」


 少し、意外だった。目の前の彼女が元気そうに見えていたので、てっきりキチンと眠れているものだと思っていたから。


「ふふふ、昨日のことがあったのに。ドキドキしてしまって眠れるわけがないじゃありませんか」


「……仕掛けてきたのはフィーリアさんだけどね」


「それはそうですね。自業自得というやつでしょう」


 しかし、そうなるとフィーリアも浩一と同じくに寝不足気味な状態でここに来ていることになるのだろう。だがしかし、少なくともそうは感じさせないような様相で、ここにやってきている。


「だって、好きな人に不格好な姿は見せたくないでしょう?」


「――ッ」


 柔らかな笑顔を浮かべながらに、浩一の疑問に対してフィーリアはそう答えた。

 そういうことを言うのは、反則だと思う。なんて。いったいなんの競技のどんなルールに違反するのかも定かではない勝手な言い分を思い浮かべながらに、浩一は視線を反らす。


「そういえば、コーイチ様。今日はこのあと、アルバーマに帰る予定ですが。寝不足のようですが、体調の方は大丈夫ですか?」


「ああ、大丈夫だ」


 アルバーマまではそこそこの長距離の移動になる。箒の上で眠るのは当然ながらに危ないので、フィーリアが細かな気を遣ってくれる。


「もし芳しくないなら、つきっきりで看病しますが。それか、寝不足のようですし、添い寝でも」


「大丈夫、大丈夫だから!」


 慌てて制止をする浩一に、フィーリアはどこか面白そうに小さく笑う。

 ……いいように遊ばれている気がする。とはいえ、浩一も浩一でフィーリアの感情を宙ぶらりんのままで待たせてしまっているので、おあいこといえばそれまでなのだが。


「それでは、朝食を取ったのちに、予定通り、帰りましょうか」


「ああ、よろしく頼……む……」


 あれ、そういえば帰るときはもちろん箒なわけで。

 当然、箒に乗れない浩一は、フィーリアの箒に同乗させてもらうほかないわけで。

 そして、箒に同乗するときは、振り落とされないように彼女の身体にしがみつかなければならない――つまりくっつかなければ、ならない。


 レーヴェ領とアルバーマ領は、決して近くはない。時間も、そこそこかかる。


 その間、彼女と密着する、わけで。


「楽しみですわね? コーイチ様?」


「……ははは、お手柔らかに、お願いします」


 大丈夫かな、これ。






「それでは、行きますね!」


 浩一が後ろに乗ったことを確認してから、フィーリアはそう言う。

 ゆっくりとした動きで箒は浮かび始めると、そのまま、ふたりを乗せて飛び上がる。

 浩一はその動きに置いていかれないようにと、箒の柄とフィーリアの身体を支持に掴まる。


 このまま、アルバーマまでの長時間のフライトで、ほぼ姿勢はこの状態になる。

 途中で休憩をするために着陸をすることはあるが、逆に言うとそれ以外ではこの体勢を維持するわけで。


「……ちなみに、フィーリアのほうは大丈夫なのか? 意識をしたり、とか」


 正直なところ、浩一はかなり意識をしてしまっていた。心臓が早鐘を打っているし。密着しているせいでそらが彼女に伝わってしまっているのではないか、と。そんなことをずっと気にしてしまっている。


「もちろん、私も意識をしていますよ。……なんなら、ものすごくドキドキしています」


「えっ? ……あっ」


 言われて、気づく。ずっと自分の感情に意識が向いていたことと。それから、自分自身の鼓動がうるさかったから紛れていたが。彼女から伝わってくる心臓の音も、大きく、そして、早い。


「それなのに、よく、こんな平然としていられますね」


「まあ、今にでもどうにかなりそうだというのは、正直否定はしないんですけれど。でも、この瞬間のために、私は頑張ってきたんですから」


 フィーリアは、元々それなりに箒はできる方ではあったらしいが。しかし、だからといってそこからふたり乗りができるようになるまで、となると生半可な努力の量ではなかったはずである。もちろん、それが他の人と比べてふたり乗りがやりやすいとされている浩一が相手であったとしても。


「伝えた言葉に嘘はありませんよ。私は、コーイチさんとふたり乗りをするために。こうして、コーイチさんを後ろに乗せるために、頑張ってきたんです」


「それ、は」


 改まって言葉にされると、どこかこっぱずかしい感情が湧いてくる。


「ふふふ。こうして一緒に乗ると、コーイチさんの顔が見れないのは残念ですが。しかし、密着している分、それ以外のことでよく伝わってくるんですね」


 上機嫌なフィーリアの声。その反応に、一等身体に力が入ってしまう。

 そんな俺の反応をしばらく楽しんでいたフィーリアであったが。少ししてから。そうですね、と。そう、言葉を切り出した。


「……まあ、よく平然としていられるな、というその質問に答えるならば。高々そんな程度のことで、機会を失うわけには行かないから、ということにはなりますね」


「機会、ねえ」


「ええ。貴重な機会です」


 たしかに基本的にはアイリスが浩一の移動を補助してくれているため、わざわざフィーリアに頼むことは珍しい。今回がレーヴェ子爵家というフィーリアにも面識がある相手であったことに加え、アイリスの不調があったからこそ、成立したことである。


「そんな機会を、私の感情が荒ぶって、まともに箒の操作ができません、なんて。そんな理由で棒に振ってしまうのは勿体ないと思いませんか?」


「そういう、ものなのか?」


「ええ、そういうものです。なにせ、せっかくコーイチさんにアピールして。ドキドキしてもらえる機会なのですから」


「…………それは、たしかにそうだな」


 現に意識をしまくっている時点で、たしかに彼女の言う好い機会にはなっているのだろう。


「私自身、不利な状況から始まっているのは自覚はしていますけれど。でも、負けるつもりはありませんから」


「ええっと、フィーリアさん、誰かと競っていることがあったんですか?」


「……ああ、これはちょっとした失言でしたね。あるいは、言う必要のないことでした」


 忘れてください、と。小さく笑いながらにフィーリアはそう言っていた。

 そう言われてしまうと、しかし、どうにも気になってしまうのが人の性分であろう。


 話の流れからすると、箒のこと、の可能性もなくはないが、これで競う理由はほとんどない。

 と、なればそれ以外に話していたこととすると。


「…………いや、まさかな」


 思い浮かんだその可能性を、小さくつぶやきながらに棄却しようとする。

 しかし、浮かんだ可能性は、どうにも思考にこびりついてしまう。






 朝。もぞもぞと布団をかき分けながらに風花はその身体を起こす。

 昨夜は遅くまでアイリスとマーシャの三人で恋バナ……もとい浩一についての話をしていた。

 後半は半ば浩一に対する愚痴に近しいものが出ていたりしたが。浩一が鈍感であるとかそういうものはともかくとして、アイツ自身の行動が危なかっしいであるとか、誰彼かまわず惚れさせるその性分であるとか、そういうところについては浩一自身にも十分反省してもらいたいところではある。

 特に前者については、重々と。……後者については、たぶん言っても「俺には関係ない話だろうから」とか適当にあしらわれるだけだろうが。


「……あら、マーシャ。もう起きてたのね」


「あ、おねーさん。おはよー」


 アイリスは未だむにゃむにゃと夢の中。対するマーシャは一番乗りで起きていたようで、机に向かいながらに真面目な顔でなにやら考え事をしていた様子である。


 これが、昨日なはぽわぽわとした様子でお菓子を食べながら恋バナに混じっていた人物なので、思考がバグりそうになる。


外燃機関エンジンの設計図?」


「そう。だけど、なかなかうまい構造が思いつかなくって」


 さすがに浩一でも詳細な蒸気機関の構造までは覚えておらず、このあたりはマーシャ頼りになってしまっている。

 風花も協力できるなら協力をしてあげたいのだが、当然ながらにその手の知識はないわけで。


「ふわぁ……」


 どうやら、先程まで眠っていたアイリスが起きた様子だった。


「こっちはこっちで考えてるから。おねーさんはアイリちゃんの方をお願い」


「大丈夫? ……って言っても、私たちがなにをできるのか、って話だけど」


「それに、私の方は一応まだ期限に余裕があるけど。アイリちゃんの方はそうじゃないでしょ?」


 現在、浩一がフィーリアと共に行動している。浩一に対して好意を抱いている、フィーリアが、だ。

 このままに対策を打たないままで放置をしてたならば、間違いなくフィーリアに押し切られてしまうだろう。


「そっちで恋バナしててくれたら、私はそれを聞きながらに考えてるから!」


「それ、集中できるの?」


 苦笑いをする風花に、マーシャはたははっと大きく笑っていた。

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