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#78

「っくしょん!」


「あら、コーイチさん。風邪でしょうか、大丈夫です?」


 現在地は、レーヴェ子爵領の、その中心街。

 突然にこみ上げてきた鼻のむずつきに、浩一が思わずくしゃみをすると、隣で歩いていたフィーリアがそう心配してくれる。


「いやあ、別に体調が悪いとか、そういうわけではないと思うんですけどね」


 だが、妙な悪寒がする。……本当に風邪を引いてるんじゃないだろうな。

 たしかに最近アイリスの体調が変だったけども。でも、アレは風邪とかそういうたぐいの体調不良とは別件な気がするんだが。


「誰かが俺のことを噂してるのかもしれませんね、なんて」


「あら、そんなことでくしゃみが出たりするのですか?」


 少しおかしそうにフィーリアが小さく笑う。それを見て、浩一は自身の失念に気づく。

 平然と会話が成立しているものの、ここはヴィンヘルム王国であり、日本ではない。当然ながら、日本独特の言い伝えなどが伝わるわけもない。

 浩一はフィーリアに、今の話が自分の住んでいたところでの迷信であることをざっくばらんに伝える。


「そんなものがあるのですね。では、きっとコーイチ様のことを好く言う噂なのでしょうね」


「どうなんでしょうねぇ……」


 たしかになんだかんだといろいろなことを行っている都合、様々な人と付き合ってきているために、その中には浩一のことを良く評価してくれている人も多い。

 というか、現在浩一の目の前にいるフィーリアなんかがその最たる例ではある。

 だが、それだけ多いということは。同時に、浩一のことをよく思っていない人たちも間違いなくいる。

 少し方向性はズレるが、例えば現在線路敷設に携わってくれている人の中には、浩一に対して勘違いから来ている恐怖を抱いている人物もいる。……まあ、その恐怖を都合よく使っているような側面もなくはないので、これに関しては複雑な感情であり、なんとも言い難いが。


「いえ、きっと好い評価に決まっています!」


「ははは、だといいですね」


「だって――」


 フィーリアがなにか言いかけていたところで。目的地――レーヴェ子爵の邸宅に到着する。

 丁度言葉が遮られる形になり、フィーリアはなにか煮え切らないような様子ではあるが、門の前にいる衛兵に対応しないわけにはいかず、一度会話を打ち切る。


 さて、ここからは俺の仕事だ、と。浩一は、一等気を入れる。

 アルバーマ男爵以外の貴族と会うのはこれが初めてだ。緊張はするものの、フィーリアもいるし、話はしっかり聞いてくれるはず。

 グッ、と。力を入れながらに、衛兵の案内に従いながら、邸宅の中に入って。






 と、気を張っていたからだろう。


「コーイチさん! 思ったよりも、すんなり事が進みましたね!」


「そう、ですね」


 浩一は、思いっきり拍子抜けをしていた。


 アルバーマ男爵からの紹介、もとい、フィーリアの同席もあることから、応対や交渉のハードルが下がっているということ自体は想像に難くなかったが、その程度についてが想定外も想定外。


 そもそも、挨拶を終えて浩一が説明を始めようとしたそのとき、


『俺ァエクトルみたいに頭は回らんから詳しいことはわからんがよ。つまるところが、物流が改善するってことなんだな?』


 エクトル――アルバーマ男爵からの説明と、アレキサンダーからの公表の段階でどうやらある程度把握していたようで。説明するよりも先にレーヴェ子爵からそう確認されてしまった。


 もちろん浩一から再度詳しい説明などをしたものの、ほとんどは認識の齟齬がないかの確認のようになっていて、ほぼ形式的なものにはなっていた。

 ついでに、レーヴェ子爵曰く。浩一という人物がどんな人物なのかが気になっていて、直接に会ってみたかった、とのこともあったらしい。……それもあって、連絡即日とかいうとんでもない予定が組み込めたのだろうが。


 そういう都合もあり、トントン拍子で話が進み、レーヴェ子爵との協力関係も結ぶことができた。

 レーヴェ子爵にとっても、特にアルバーマ領との物流が改善されると金属製品の価格が大きく下がるため、益が大きいということもあるのだとか。


「とはいえ、ここまで都合よく話が進むのはレアケースなんですけどね」


 フィーリアは苦笑いをしながらにそう言う。それは、そうだろう。

 今回についてはそもそもレーヴェ子爵が好意的だったということに加えて、アルバーマ男爵とフィーリアがいたということが大きい。特にアルバーマ男爵は事前にある程度レーヴェ子爵に情報を共有してくれていたようで、今回のことがしっかりとした根回しの上で成立していることであったことがよくわかる。


「私やお父様の親交のあるところでしたら、また協力はできますが」


「うーん、ありがたいはありがたいんですけど。ずっと頼りっぱなしってわけにはいきませんしね」


 今回は初めてのこと、ということもあったが。いつかはふたりの協力を得られない人物に相対しなければならないわけだし。そうでなくとも、ふたりとも忙しい立場の人間ではあるはずなのに、負担をかけ続けるわけにはいかない。


「私としては、構いませんのに」


「ははは、そう言っていただき、ありがとうございます。気持ちだけ頂いておきますね」


 浩一の反応に。しかしながら、どうしてだか少しばかり、むうっ、とフィーリアがむくれる。

 ……今の一瞬で、どこか対応を間違えたのか。


「そういえばコーイチさん。今日はこのままレーヴェ領で泊まっていかれますか?」


「ああ、そうですね。結構いい時間になってきてますし」


 なんだかんだで領間移動となると距離がある。それだけ時間がかかる。

 フィーリアにとってはふたり乗りは慣れないものだし、あまり無理をさせるべきではないだろう。


「それでは、私、宿を借りてきますね! 私、よいところを知っていますので!」


 そう言いながら、やや駆け足気味でフィーリアが浩一から離れていく。


「予想はしていましたが、やはり手強いですね」


 フィーリアはむむむ、と。少しばかり唸りながらにそうつぶやく。


「ですが、それならばそれで。こちらにも考えがありますから」


 そんな彼女の言葉が、浩一の耳に届くことはなく。そのまま人の波に掻き消されていった。






「ええっと、その。フィーリア、さん?」


 彼女に案内されるままに宿へと向かい。そのまま部屋まで行って。その室内の光景に、思わず目を疑う。

 くるりと振り返ってみると、そこにはニコニコと笑顔でこちらを見つめてきているフィーリア……そう。なぜか、フィーリアが同じ部屋にいる。


 もう一度、部屋の中に視線を戻す。

 宿屋の部屋にしては比較的大きい部屋、そしてひとり用にしては露骨に広い寝台がひとつ。

 部屋の中には、浩一とフィーリアのふたり。


「あの、フィーリアさん? なにか、間違ってたりしませんか?」


「ああ、すみません。間違えてふたり部屋をひとつ予約してしまったようです」


 パチン、と。フィーリアが手を打ちながらにそう反応をする。

 いや、なんとなく変な感じはしていた。宿屋の受付でフィーリアがなぜか鍵を一本しか借り受けていなかったこともそうだし。

 だが、ここに来て今気づきました、というのはさすがに無理があるだろ。受付で間違えたにせよ、鍵を受け取るときに気づくだろう。


「ええっと、それじゃあ俺はもうひと部屋借りてきますから」


 そう断って部屋から出ようとしたものの。ザッ、と。扉の前にフィーリアが立ち塞がる。


「ここで泊まればよろしいかと」


「えーっと、俺がここに泊まるとすると、フィーリアさんはいったいどこで?」


「もちろん、ここですよ。ふたり用の部屋なので問題はないかと」


 いや、あると思う。

 結構あると思う。


「いや、婚前の男女が同じところで泊まるなんてことがあったらなんて言われるか。それも、曲がりなりにもフィーリアさんは貴族令嬢なわけで」


「大丈夫です。ここの宿は懇意にしている仲なので、そのあたりはきっちりと」


「だとしても、万が一があったときには――」


「私は、それでもいいと思っていますよ?」


 フィーリアが遮るように重ねたその言葉。


「ここまで言わせておいて、続きもまた、言わせますか?」


 ニコリと笑いかけてくるフィーリア。

 そんな彼女の表情は、どこか甘く誘ってくるようで。思わず、心臓が脈を打った

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