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#8

 セリザがいつ戻ってきても大丈夫なようにアイリスに姿勢だけは正してもらって。


「それにしても、思ったよりもすんなりと事が運びそうでよかったですわ!」


「そう、ですね」


 ニコニコと嬉しそうにそう言うアイリスに、しかし俺は少しだけ言葉を詰まらせた。

 そんな俺の様子に気づいた様子で、彼女は首を傾げて「どうかしましたか?」と。


「いえ。ただ、少し気になることがありまして」


「あら、そうですの? とはいえ、セリザ様もよさそうな方で安心しましたわ!」


「…………」


 どんな方が出てこられるか、と心配していましたの。粗相などしてなかったでしょうか? と。そんなことを言っているアイリス。

 すっかり安心した様子の彼女だったが。


 しかし、俺の懸念点はそこ。セリザだった、


 アイリスはセリザのことを「よさそうな方」と評した。それに関しては俺も同じように思っている。

 少なくとも今回のやり取りに関してなんらかの嘘であるとか、そういったことを含めたりはしていないと思うし、そういう意味合いでは誠実なやり取りをしてくれた人だ。


 ただ。あのときの受け答え、その視線。


『……念の為に、使途を教えて頂いても大丈夫でしょうか?』


 あのときの言葉には、なんらかの裏。腹積もりがあるようにも感ぜられた。

 いい人、ではあるはずだ。だがしかし、果たしてなんの裏取りもなしに信用をしていい人なのだろうか。


 あのとき、敢えて俺が計画の重要部分について伏せながら説明したことに。彼女はツッコむでもなく、そして、詳しく聞きに来るでもなく。ただ、少し考え込み、納得をした。

 そして、現在それに協力をするために地図を用意してくれている。……なにか、引っかかる。


 単純にそこまで考えが回っていなかっただけ、であるとか。事実上の王族からの要請だということもあり、詳しいことまでを聞くのを控えた、という可能性もあるが。

 しかし、自分たちの仕事に関わるようなことについて、掘り下げないのだろうか。


「アイリさん、たしかこの国におけるほとんどの物資輸送はこの運輸ギルドが担ってるんですよね?」


「たしか、そうですわ! もともと複数あった運輸組合を先代のギルド長が統合して、今の運輸ギルドを形成した、と」


 そのため、未だに個人で行っている人たちもいなくはないが、そういった仕事をしている場合、ほとんどの場合はこの運輸ギルドに所属しているし、そうしたほうが安定的に仕事も回ってくる、とのことだ。


「ただ、そのあたりはお兄様のほうが詳しいので、私はあんまりしっかりとしたことは言えませんけれども」


「いえ、それのくらいで大丈夫です。つまり、国から補助金を出して無理矢理に価格を抑えつつ不足物資の輸送を依頼しているのは、ここだということで合ってます?」


「ええ、そのはずです!」


 とてもいい声で、そう返事をしてくれる。

 うん、相変わらずいい元気だ。


「それで――」


「お待たせしました」


 ガチャリ、と。扉が開いて。セリザと、もうひとり女性が入ってくる。

 あとからついてきた方の手には、畳まれた大きな紙。おそらくはあれが地図ということだろう。


「こんなもので、よろしいでしょうか?」


 ガサガサと音を立てながら、セリザともうひとりがテーブルの上に地図を広げてくれる。


「おお、これは」


 ……現代日本の地図などに比べれば、たしかにこれはかなり簡素なものではあったが。しかし、最初に見たものに比べれば、きっちりと道に関する記載があり、少しだけ感動する。

 これが、欲しかった。いやまあ、もっと詳しいものが欲しいと言えばそのとおりなのだが。しかし、これあるだけ十分にマシだといえる。


「ありがとうございます」


 セリザに向けて、俺はペコリと頭を下げる。


「もしなにか協力できることがあれば、いつでも相談していただければ。陸路のことについては、おそらくかなり詳しく説明ができるかと思うので」


「……ありがとうございます。こちらとしても、よい関係を作っていくことができればと思っています」


 セリザは、アイリスではなく俺に向けて、手を差し伸べてくる。

 今日の会話から、より詳しく把握していて、話し合いの主軸を握っているのが俺だと判断したか、あるいは。


 俺はその手を握り返し、笑顔を向ける。


 とてもありがたい申し出だ。しかし、最初に感じた印象があったからか。はたまた、今の彼女からも、似たような感覚を感じるからか。彼女の笑顔の裏に、なにかしらの思惑があるように感じて、ならない。


「そちらの地図については、写しですので持ち帰っていただいて構いませんよ」


「なにからなにまで……」


 俺は彼女に感謝の意を述べ、アイリスと共に部屋から退室し、そのままセリザに見送られながら運輸ギルドから出る。


「さて、用事も終わりましたし。帰りは少しゆっくり帰りましょう!」


 久しぶりの街巡りですわ! それも、今回はちゃんと許可を取っ手の外出ですの! と。彼女は嬉しそうにそう言う。……いいんだろうか。なんというか、めちゃくちゃ騒ぎになりそうな気がするんだけども。

 それに、なんかいつもは許可取らずにやってる、みたいなことも言ってるし。そういえば、初めて会ったときも、城から抜け出したとかそんなこと言ってたような。


 少し歩きましょう、と。彼女に手を取られ、引かれるままにそのまま足を進める。

 普段の彼女の様子から察してはいたが、かなり力が強いな。鍛えていないとはいえいちおうは男なんだけど。たぶん力負けしてる。ちょっと悔しいな。


 彼女の横に並びながら、街並みを見ていく。なんというか、全体的には一般に想像する中世ヨーロッパっぽいような、そういうようなイメージのある風景で。……別に歴史には詳しくないので、これが本当に中世の風景なのかは知らないが。

 彼女に案内されるままにそのまま歩いていると、ちょうど視線の先に石造りの丸いものがあった。


「井戸?」


 上には屋根だけが誂えられており、そこに滑車と、釣瓶とが設置されている。


「ええ、井戸ですわね。数は少ないですけど、共用のものがいくつかありますわよ」


「……数が少ない? 少なくていいんですか?」


 井戸といえば、そこそこ重要なものではないだろうか。……しかし、たしかにそう言われてみればここまで、あまり井戸を見てこなかった気がする。城の中にもそういったものはあまり見受けられなかったし。もしかしたら、見えないところにあったのかもしれないが。


「ええ、生活に必要な程度の水であれば、魔法で工面できますの。だから、井戸はそんなに数が必要ないのです」


 そう言いながら、アイリスは指先からちょっとだけ水を放ってくれる。

 なるほど。たしかにそれができるのであれば、井戸のようなものの重要度はそこまで高くないのか。


「魔法の調子が悪かったり、なんらかの都合で魔力が枯渇気味になっていたときのために、こうして共用のものがいくつかあるのですわ」


 聞けば、城にも同じものがあるのだという。つまり俺が見ていないところにあるらしい。


 なるほどなあ。と、そんなことを思いながら井戸をよく見る。

 ……うん。なんというか、古典的というか。機構としては滑車を通して釣瓶を引き上げたり降ろしたりするようなものなので。それが悪いというわけではないのだが。

 曲がりなりにも王都の街角にある井戸。いや、アイリスの話を聞く限りでは城にあるものも同じ形式の井戸があるとのことらしい。それが、滑車で釣瓶を昇降させるものなのか、と。


 極端な言い方をすれば、発展している場所の井戸が、これなのだろうか、と。

 パッと思いつきそうな井戸の形式でも、例えば手押しポンプのような、レバーを上げ下げするようなものがあったりする。当然、そういったものに比べて釣瓶は効率が悪いわけで。


 必要性が薄いから作り替えられていない? いや、仮にそうであっても王都や城のものに関しても全く同じものだというのは少し違和感がある。

 もっと、もっと単純に考えろ。もっと、単純に。


「……もしかして、必要じゃないからそういった機構が発達していない?」


 ポツリ、と。俺はそうこぼす。


 思いついたその可能性に。大きな納得感を感じるとともに、嫌な予感を感じ取る。

 仮にこれが真だとするならば。本当に、厄介な案件を抱え込んだ可能性がある。

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― 新着の感想 ―
謎の女セリザ、その腹の中はちょっと怪しいようですね。何かしらの陸路に纏わる表に出てない何かを隠しているのか或いは。 さて、さっさと用事を済ませたアイリは街巡り。さて、井戸の出来レベルから察するに、この…
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