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#77

「それで? アイリスちゃんは浩一のどこが好きになったよの」


「好ッ――」


「好きじゃない、なんて言わせないわよ? あれだけの様子を見せておいて」


 風花の言葉に、相変わらずお菓子を口に含んでいたマーシャが首肯で答える。


 この場に浩一当人がいないから無茶苦茶言ってしまうが、浩一と一緒のときのアイリスは乙女の顔をしているし、先程見せたフィーリアに対する嫉妬など、まさしく独占欲のそれである。


「まあ、ひとつだけ言っておくと、浩一にはバレてはないから安心なさい」


 ある意味では、自身の好意が相手に伝わっていない、とも捉えられるわけで。自身の感情が当人にバレていないということを安心と捉えるかは人には依るが。

 とはいえ、初心なアイリスにとっては安心材料ではあったようで。大きく安堵の息を漏らしていた。


「でも、おにーさんもよく気づかないねぇ」


「……まあ、鈍感な朴念仁ってのは否定しないわ。ただ、あいつひとりが原因かというと、それも微妙なのよね」


 複雑、という表情を浮かべながらに風花はつぶやく。


「ほら、浩一って良くも悪くもイカれてるから。必要なら、他者に対して自分のことを顧みずに助けたりするのよ。アイリスちゃんなんかは、身に覚えがあるでしょう?」


「……ああ、それは、そうですわね」


「そうやって助けられたりすると、まあ相手としてはちょっと勘違いしてしまう上に。危なっかしいのがいい、なんてことを言うわけじゃないけど。ああやって無茶をするんだから、私が見ていてあげないと、って感じで母性みたいなのが芽生えてくるのよ」


 自覚があるのだろう。アイリスが、とてつもなく苦い顔をする。

 実際、浩一の移動手段としての立場があったからこそ、今まではそこまで気になっていなかったところが。今回、その立場がゆらぎかけて、とてつもなく不安になっている自分自身がまさしく当てはまっている。

 ……どちらかというと世話をされている側のマーシャは、少し首を傾げていたが。


「これ、別にこの国に来てから発揮された才能ってわけじゃなくってね。……私たちの故郷にいた頃からのあいつの性格なのよ」


 もちろん、件の賊のときのような、命に関わるようなこと、となるとほとんど無いが。とはいえ、そういうことを、ごく自然に、ごく当然に。男女の分け隔てなく行ってきたわけで。


 ゴクリ、と。アイリスは喉を鳴らして、口を開く。


「つ、つまり――」


「有り体に言うなら、浩一はめちゃくちゃにモテたのよ。当人に自覚はないけどね」


 ことごとくが友愛の延長線上から発展した恋情であるがゆえに境界が曖昧。ライバルが多いということは彼女たち自身理解していたからこそ、実際に行動に移した勇者もおらず、そういった都合で、浩一の側からは「なんか最近仲よくできてるな」としか思えていない。

 周囲から恋情を多量に向けられすぎたがゆえに、それが恋情であると気づいていない、という。アイリスとはまた別ベクトルで恋愛感情を理解していないのが浩一という人物だった。


「そういうわけだから、現状では浩一はまだ気づいてないわよ。これについては、幼馴染であり姉である私が保証するわ。……同時に、気づいてもらいたければ、相当なアピールが必要だけれども」


 いっそ、言葉として伝えるのが一番早いだろうが。はたしてアイリスにその胆力があるか。

 普段ならばそういうことは真っ直ぐに突っ込んでいきそうな彼女ではあるが、今回のアイリスの変容具合を見るに、こと恋愛についてはなかなか奥手に見える。これは、長丁場になりそうだ。


「ねえねえ、おねーさん。ちょっと気になったことがあるんだけど、いい?」


「ええ、どうしたのマーシャ」


「いや、まるでアイリちゃんの恋愛を応援するーみたいな流れになってるけどさ。おねーさんはいいの?」


「……どういうことかしら」


 少し眉をひそめながらに風花はそう聞き返してみる。


「だって、おねーさんもおにーさんのこと、好きでしょ? それなのに、自分のことはいいのかなって」


「……へ? フーカ様が、コーイチ様のことを、好き?」


 マーシャの投げた言葉にクリティカルヒットしたのは、風花ではなく、アイリスだった。


「まあ、それは間違いないわね。でも――」


「ちょっとお待ちくださいませ! せ、整理をする時間をくださいまし!」


 現状がうまく理解できておらず、ぐるぐると頭が回っている状態の彼女を放置しながら、風花はマーシャに向けて言葉を返そうとしたのだが、それをアイリスに遮られる。


「ええっと、フーカ様は、コーイチ様のことが好きなんですの?」


「ええ、そうね」


「その、それは友人としてとか、家族としてとかではなく、異性として……?」


「ええ、異性として好きよ。ただ、もう少し正確に答えるならば。全部当てはまる、の方が正しいかしら」


 さも平然とした様子で受け答えをする風花、マーシャも相変わらずのほほんとしながらお菓子に手を付けているので、もしかしてここまで慌てている自分がおかしいのだろうかと、アイリスは錯覚する。


「……マーシャちゃんも言ってましたが、それなのに、私をサポートするようなことをしてもいいのですか?」


「まあ、たしかにライバルである、ということには間違いないわね」


 ヴィンヘルム王国は重婚が認められはしているものの、やはり一番目とそれ以外では、どうしても外面的な差が生じるものではある。

 それを抜きにしたとしても、そもそも重婚は経済的な余裕がある貴族や大商人が行うことがほとんどであり、浩一がするとは思えない。……そもそも、風花から話を聞く限り、浩一たちのいたところでは重婚は一般的ではないし。


「ただ、それと同時に。私にはあいつに対する友愛と親愛があるのよ」


 自称姉であり、幼馴染。家族同然の友人であり、かつ、浩一の身の上なども相まって。風花と浩一の完成性は非常にややこしくなっている。

 マーシャの指摘のとおり、間違いなく浩一に対しての恋情は抱いている。だが、その一方で、浩一にとっての幸せを願う気持ちも持ち合わせてしまっている。


「だからね。あいつが幸せになるのなら、極端な話、隣にいるのが私であってもなくても、構わないといえば構わないの」


 最初の頃、風化が浩一の帰ってくる場所にこだわっていたのも、ある意味その現れである。

 そして現在、その感情は少し動いている。アイリスのことを友人として、そして浩一の帰ってくる場所を自称するひとりのライバルとして。少しだけではあるが、認められるようになってきた。


「そういうわけだから。アイリスちゃんが浩一のことを幸せにできるっていうのならば。私はそのサポートをするのは別に構わないの。できないっていうのなら、私がかっさらうけど」


「で、できますの! やってみせます!」


「……そう。それなら、頑張りなさい」


 優しい視線を向けながらに、風花はそうつぶやく。


「しかし、フーカ様がライバルだったかもしれないと考えると。少し恐ろしいですわね」


「あら、私なんてそんな強大な敵ってわけじゃないでしょう?」


 たしかに、浩一とこれまで関わってきた期間となると圧倒的ではあるが。だがしかし、返して言うならば、それだけ長い間一緒に過ごしていたくせに、あと一歩を踏み出していないという意味でもあった。

 とはいえ、必要であれば動くつもりはあったために、決して侮っていい相手ではないのだけれども。


「ただ、今のアイリスちゃんが気をつけるべきなのは。私なんかよりも、別にいるでしょう?」


「へ?」


「全く。今までは自覚なかったにしても、自分のことなのだから、ちゃんと認識しておきなさい? さっき聞いたでしょう? 最近の、嫌なことについて」


「……あっ」


 そうだ、と。アイリスは理解する。

 ちょうど先刻、風花から自身の恋情について自覚させてもらったそのとき。たしかに、アイリスはそのことを――彼女が浩一とふたりきりであるというその事実を、嫌に感じた。

 それは、彼女が浩一に対して――、


「まあ、さっきも言ったけど。浩一は相当な鈍感だからね。余程のアプローチでもしなければ彼女の好意も伝わらないでしょう」


 けれど、それはアイリスも同様。

 風花自身、今までそれは他人の行動で全く効いていないのを見ていたし。加えて、自身の体験をもってして、よく、知っている。


「でも、浩一は自分に対しての恋情を知覚したことがないからね。気づいてしまったら、コロッといく可能性は十二分にある」


「な、ならどうすれば」


「決まってるじゃない。こちらから仕掛けるのよ」


 恋愛談義(コイバナ)延長戦、作戦会議と洒落込もう。

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