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#76

「あ、アイリちゃんとおねーさんだ!」


 宿に戻ると、ちょうどマーシャが部屋から出てきたようで。アイリスと風花に向けて、おーい、と手を振りながらに近づいてくる。

 風花はこれからの行程的にマーシャが邪魔ならば今はダメだということを彼女に伝えるとアイリスに暗に伝えるが、アイリスは小さく首を横に振った。

 マーシャは、別にいても構わない、ということらしい。


 マーシャも伴いながらにアイリスの部屋に向かう。

 風花が持ってきたお菓子の準備をしている間にアイリスが紅茶を入れてくれたようで、花のように香りの高い、良い匂いが漂ってくる。


 テーブルの上に三人分の用意が揃い、全員がその前に座って。

 そして、風花は紅茶に軽く口をつけてから、ゆっくりと言葉を切り出す。


「それで? いったいなにがあったっていうのよ?」


 アイリスの不調の原因。浩一からは体調不良に起因するものだと本人が言っている、というように聞かされている。

 中々に迂遠な言い回しだ。……つまるところが、ことごとくがアイリスの主張でしかなく、その実情については彼女以外に知り得ていない、ということでもあるだろう。


 浩一がそういう言い回しをしているので、なんとなく別な理由があるのだろうとは察してはいるものの、だがしかしアイリスがそれについてを話そうとはしていないために、それ以上の追及ができていないというところなのだろう。

 いや、王都で一日休養をとっていたので、体調不良については間違いではないのだろうが。問題となるのは、その体調不良の原因のほうか。


 ともかく。今のアイリスには体調不良とは別な問題が降りかかっている、ということだろう。

 物憂げな表情をしているのが、なによりの証左である。


 マーシャはというと、相変わらず早速既にお菓子に手を伸ばしているが。しかし、どうやら彼女としてもアイリスの様子が心配だったのは風花たちと同じといった様子で、その視線はアイリスに向けられていた。


 風花の問いかけから、少しだけアイリスが悩んでいたものの。決心がついたのか、彼女はゆっくりと口を開いた。


「実は、王都にてお兄様と少し話していたときのことなのですが」


 その言葉を皮切りに、アイリスはここまでの経緯を順を追って話していく。

 浩一のことをどうするつもりなのか、と。アレキサンダーに問いかけたら、その言葉をそのまま返されてしまった、ということ。

 それについてを考えてみれば考えて見るほどに、自分のことがわからなくなってきて。どうすればいいのかが全くわからなくなって。

 そんなさなかで浩一を伴って箒で空を飛ぼうとしたら、どうにも彼のことを変に意識をしてしまって、魔力操作が荒れに荒れた結果、めちゃくちゃな飛行をしてしまった、と。


「……ふぅん」


 ひとしきり、アイリスからの事情を聞き終えた風花は、小さくため息をつきながら、アイリスの言葉を解釈する。


(話を聞く限り、ただの恋愛相談ね、これ。……まあ、たしかにこれは浩一には話せない内容ではあるだろうけども)


 それにしても、とんだ貧乏くじを引かされたものだ。よりによって、という話ではある。

 アイリスが浩一に対して好意を寄せているということは風花も把握していたが。しかし、当人の自覚がはたして恋情なのか親愛なのか。それとも友愛なのか。そこがずっと浮ついていた。


 ……と、いうよりかは。アイリス本人が、その感情の境界を認知できていなかったのだろう。


(まあ、アイリスちゃんの立場を考えるなら、それもある意味無理もないか)


 風花にとって恋愛というものは、自身の関わる関わらないに依らず、比較的ありふれているものではあった。

 それこそ、どこぞの誰それが誰かと付き合った、であるとか。隣のクラスのアイツが昨日告白していただとか。あの芸能人が共演者と結婚したらしいよ、というように。色事は良くも悪くも波及して消費されていくものであった。


 しかし、アイリスにとってはそうではなかった。


 他人の色話というものは、そこに感情の機微があり、それを推察して面白がるから成り立つコンテンツな側面がある。

 だがしかし、アイリスのもとに舞い込んでくるそういう話題は、その多くが貴族のものであり。自由恋愛という大前提のあった風花たちの恋愛とは違い、その裏に政略という可能性が見える都合、話題の方向性が違ってくる。


 加えて、アイリス個人が恋情というものを認知する機会がなかった、ということもある。

 もちろん、アイリスが愛情というものに触れてこなかったわけではない。いや、むしろ彼女の性格を考えるのならば愛情にはたくさん触れながら育ってきたのだろう。

 アイリスは、なんだかんだでしっかりと王女だ。ときおり籠の扉を強引にこじ開けて抜け出していることはありはするけれども、丁重に育てられた箱入り娘ではある。

 家族からは親愛を向けられ、家臣からは敬愛を向けられ。城から抜け出した先では、彼女の持ち前のコミュニケーション能力からくる友愛を向けられてきた。

 恋情に触れることも、あったのかもしれない。けれど、あまりにもたくさんの愛情に触れすぎたせいで

それらが一緒くたになってしまっていて、判別がついていないのだ。


 アイリスの王女という立場もあり、恋愛談義(コイバナ)なんてものを一緒にしてくれる相手もいなければ、することも極めて少ない。……いや、無かったのだろう。


(仲の良いマーシャも機械工作バカ(コレ)だしね……)


 まあ、話題には挙がらなかったことが想像に難くない。


 アイリスの心境などを鑑みながらに、風花は紅茶を少し飲みつつ、小さく息をつく。


「それで? 結局のところ、アイリスちゃんは浩一とどう在りたいって思ってるの?」


 きっぱりと、真っ直ぐに。アレキサンダーが聞いたという内容そのままにアイリスに再度尋ねる。


「どう……在りたいのか……」


 風花からの質問に。案の定というべくか、彼女はぐるぐると思考の迷宮に迷い込んでしまっていた。


「まあ、そうなるわよね。そもそもそれがわかってるのなら、こうはなってないわけだし」


「ふきゅう……」


 アイリスは、なんとも情けない鳴き声を漏らす。

 それがわからなくて困っている人間に、言葉そのままに再度同じことを問いかけても仕方がないことだろう。


「だから、わかりやすく言葉を言い換えてあげる。――浩一が、フィーリアの箒に乗って行ったけど、アイリスちゃんはどう思った?」


「……へ?」


 アイリスは、どうして今、急にフィーリアの話を? とでも言いたげな表情で風花のことを見返してくる。


「どう思った、と。そう聞かれましても、コーイチ様にとっては交通手段が増えるのはいいことですし。私が現在安全に飛べない以上仕方のないことで――」


「そんな合理的な意見は聞いてないの。今は、アイリスちゃんがどう思うのか、その気持ちだけを聞いてる」


 風花からの問い詰めに、アイリスはきゅっと口を一文字に縛りながら、言葉を詰まらせる。

 悲しみと不安とが綯い交ぜになったような表情を浮かべながらに。しばらく、考え込んで。


 そして――、


「嫌、でした。そんな感情、抱くべきじゃない、というのは。理解しているのですけれど」


「……そんなの、抱けばいいのよ。人間なんて、そんな理屈ばっかりでできてるわけじゃないんだから」


 これに関しては、浩一がおかしいだけ。必要だから、と。自身の信じる合理に従って判断できるアイツの頭のネジがどうかしてるだけ。


 もちろん、アイリスには王女としての立場があって。それ相応の建前を要求されることが常であるのは理解している。

 だけれども。


「ほら、とりあえずお菓子でも食べなさい。せっかく結構自信作なんだから」


 先程からなんだかんだで摘んでいるマーシャのせいで、いつの間にか半分くらい無くなっている。

 クッキーを一枚の手に取ると、そのままアイリスの口に運んであげる。


「安心なさい。ここにいる私も、マーシャも。こうして卓を囲みながらお茶とお菓子を楽しむような、友達なんだから」


「友、達……」


 風花の言葉に、隣のマーシャもゴクンと口の中のお菓子を飲み込んでからに「私も友達だよ!」と、そう賛同してくれる。驚くほどに威厳がないが、不思議と、説得力はある。


 そう。風花にとっても、マーシャにとっても。アイリスという存在は――少なくとも、この場に於いては。王女としての「アイリス様」ではなく、ただの友達の「アイリスちゃん」なのだ。


「お菓子ならまだあるから。しっかりと、いろいろ話すわよ」


 個人的な感情を鑑みるならば、少しばかり不本意なところはなくはないけれど。

 アイリスの初めての恋愛談義(コイバナ)に、しっかりと付き合ってあげようか。

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