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閑話:流通事情と食文化形成

本編#71中の散策シーンの一部であり、余談的なお話です


特段これを読まなくても本編には影響はないはずです


要するに「読まなくても大丈夫なやつ」です

「米、ねぇ」


 浩一個人の感覚としては、そこまで食に対しての執着――少なくとも、風花ほどはあるわけではないのだけれども。

 しかし、では一切食べたいものがない、というわけではなく。当然それなりに欲はあるわけで。

 ついでに、あれほどまでに風花が米を連呼しているようでは、やはり、気になってきてしまうものであるだろう。


「実際、米があれば、それこそ駅弁まがいみたいなこともできるし。……そうでなくとも、なんだかんだで和食の類についても久しく食べたい気持ちがないわけではないけど」


 とはいえ、実際のところはというと。米はおろか、醤油や味噌なんかがない現状だと、和食というとなかなかに厳しいものがありはする。

 醤油や味噌については、大豆こそありはするものの。そこからの加工の段階を踏むことが現状できない。なにせ、このふたつについては発酵という手順が挟まる都合、それじゃあ作ってみよう、というような気軽な気持ちでやすやすと作れるようなものではない。


 昔友人に聞いたような小説の中の話では、こういった調味料の類を主人公が導入する、みたいな話もあったりするらしいが。そういう意味合いなら、手間が尋常でなくかかるものの、卵と油と酢で作れるだけ、マヨネーズなんかのほうがよほど現実的なのだろうな、というのがよくわかる。


 そんなことを考えながらに。ついでに浩一自身の目でもどのような品揃えになっているのか、ということを見ておこうと、食料品店のある並びへと足を向ける


 大まかな食品ごとの区分けでの専門店が立ち並んでおり、その中から、穀物を中心に扱っている店を探す。

 気前の良さそうな女性の店主に挨拶をしながら、商品をいろいろと見せてもらう。


 さすがは王都というだけあって、品揃えのバリエーションはなかなかにある。これは、風花から聞いていたとおり。

 小麦粉をはじめとして、豆類や芋類なども同時に取り扱っているようで。なんとなく見覚えがありそうなものから、初めて見るようなものまで様々な様相だった。


 しかし、やはりというべくか。米らしきものは見当たらない。これについても事前情報に違いはない。

 別な店に足を向けてみるものの、こちらでも、見つかりはしない。……まあ、ここであっさり見つかるようでは、あれほど風花が血眼になって探している、なんてことはないのだろうけれども。


 ただ、ここで見つからないとはいえ。王都の食料品店には売っていない、というだけで。どこかしらの村で食べられており、外にはほとんど流通していない、という可能性はあるだろう。

 もちろん、王都の店の品揃えに関しては非常に優秀ではある。それこそ、金に糸目をつけなければ、だいたいのものを揃えることができる程度には。

 ただし、あくまでだいたいのものは、ではある。全てではない。


 ヴィンヘルム王国の現況の背景には、輸送麻痺がある。

 だからこそ、だいたいのものが見つかる、という現実に、金に糸目をつけなければ、という文言が付される。

 要は、遠方からの商品は非常に高額になる。

 一部必要必需品に関しては国からの補助金によって価格の抑え込みが図られているが、返して言えばそうでないものについては金額がポンと跳ね上がる。


 穀類も、もちろん生活に必要な物品である。

 しかし、それと同時に量がとてつもなく必要なものでもある。なにせ、主食を担うものなのだ。

 ただし、塩などの採れる場所が限定される物品とは違い、これらについては余程農業に適さない地域でもない限りは、自給が可能である。必要になる量が多いこともあり、穀類についてはほとんど補助金が降りていない。

 だからこそ、王都にも農業区があるように。各領地、各都市ごとに自分たちのところで穀類は作っているし。返して言えば、流通には乗りにくい。


 植生云々に関しては浩一は門外漢であるためになんとも言い難いが、小麦粉……もとい小麦に類する植物がヴィンヘルム王国にもある以上、米だって存在は否定できない。

 地図作りのために各地を飛び回っている都合もあり、見つけられる可能性として有力なのは風花であろう。


「……そういえば、このあいだ風花がアップルパイを焼いていたな」


 日本にいた頃から、風花は料理の類が好きではあった。そして、それはヴィンヘルム王国に来てからも相変わらずな様子で。

 そういう意味では、食材が足りない、というのは。すなわち、作りたい料理が作れない、ということであり。風花にとっては中々に厄介な事情なのだろう。


 ついでに。そういえば、風花がこの間、製菓をしていたらしいのだが。そのときの愚痴として、どうやら強力粉や薄力粉などの区分がない、ということを言っていたのを思い出した。

 穀物店の中の製粉コーナーへと目を向けてみると、たしかに、全ての商品の名前が小麦粉、となっており。薄力粉であるとか強力粉であるとかの区分がない。


 そもそもの話。ヴィンヘルム王国では、それほど食文化が発展していない。例えば、風花がアイリスやマーシャにパイを振る舞った際に驚いていたらしいことから、そもそも折パイの文化がない、ということが伺える。

 同様の事柄が、他のことにも言えるだろう。

 まあ、しかし。これについても仕方のないこと、とも取れる。

 流通麻痺が深刻な問題として存在している以上、食材の品目については、基本的にはお世辞にも好いとは言えないだろう。

 それこそ、現在浩一たちがいる王都については、場所が場所だということもあり、だいたいのものはある程度探せば見つかるものの。たとえば、アルバーマで同じようにしようとすると、そうはいかない。

 例を挙げるならば、王都ならばすぐにリンゴは見つかるが。アルバーマではそもそも見つからないか、あるにしてもよほど探してやっと、というレベルである。少なくとも、浩一は見かけたことがない。

 そもそも食材としての認知がされていないために、流通させるメリットが薄い、ということもあるだろうが。なにより、先述にもあるように、自領で完結するようなことであれば、基本的には自領で賄うことが多い。

 だからこそ、食材の多様性という意味では、あまり発達していない。

 それゆえに、ヴィンヘルム王国ではあまり食文化が発達していない。……まあ、その代わりに、魔法による補助を活用した、住環境の整備などの側面はかなり発達しているのだが。


 さておき。そういう都合もあって、わざわざグルテン含有量なんかを気にして、薄力粉か強力粉か、ということを区分して使う、ということが少ないのだろうと、考えられる。あくまで、浩一の推測でしかないが。


 浩一がそんなことを考えながらに小麦粉に目を通していると、どうやら、別の客が来たらしかった。


「やあ、やってるかい?」


「おお、あんたかい。まあ、そこそこやってるよ」


「あっはっはっはっ! どっちなんだいそりゃあ!」


 女性たちの元気のいい声が店内に響き渡る。浩一は、その勢いにちょっと気圧される。


「そんで、いつものやつかい?」


「ああ、パンを焼くからね。あんたのとこのネール小麦粉が一番いい仕上がりになるからね!」


 その言葉に、浩一は「……ん?」と、首を傾げる。


「そりゃあもちろんさ! やっぱり粘りが違うからね!」


 そんな会話をしながら、買いに来た女性は会計を済ませ、10kgは入っていようかという大きな袋を担ぐ。元気な方だ。


「そんじゃ、またね!」


「おう、いつでも買いにきな!」


 そう言って、女性を送り出した店主。

 ようし、っと。店の中に戻ろうとしていた彼女に、浩一は声をかける。


「あの、少しいいです?」


「なんだい? どれか買うのかい?」


「あー、えっと。買う、わけじゃないんですけど、少し、気になって」


 ちょうど、先の会話の中で、浩一が引っかかったこと。


「ほら、さっきの人にパンにいい小麦粉、って言って売ってたじゃないですか? じゃあ、クッキーとかにいい小麦粉、とかも分かれてたりするんですか?」


「ああ、ちゃんとあるね。そこのサック小麦粉なんかがちょうどいいと思うよ!」


「……ああ、なるほど。ありがとうございます」


 まあ、ここまで聞いていてなにも買わないのもあれだろうと、紹介に預かったサック小麦粉……もとい、薄力粉を少し購入する。

 なるほど。合点した。

 たしかに、わざわざ強力粉や薄力粉というような区分で分けてはいないのだろうが。

 しかし、それと同時に。使われてきたもの、ではあるのだ。

 それらの経験則から、パンにいい、であるとか。製菓にいい、であるとか。

 もちろん、主観も混じってはいるだろうが、そういうように、経験から使い分けはされているのだろう。


「……まあ、今回の俺みたく、目的もなくぶらついてでもしない限り、そう簡単には気付けるようなことではないよなあ」


 ただ、なんだかんだで。自分たちの見えないところに、あったりするものなのだな、と。


 そんなことを思いながら、浩一は店主の元気のよい声に送り出されながらに店の外に出た。

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