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#71

「……なんというか、新鮮だな」


 王城から外に出て、適当にぶらつきながらに。ふと、そんなことをつぶやいてしまう。

 別に王都を見て回る、ということ自体が珍しい、というわけではない。もちろん、最近はもっぱらアルバーマで活動していたがために、そういう意味では珍しくはあるのだけれども。

 ただし、浩一は自力での移動手段を、現在は徒歩以外持たない。それゆえに外出するとなるとアイリスを伴うことがほとんどで。


 特にここは王都という立地なこともあり、王女であるアイリスの顔を認知している人間も多く。良くも悪くも、一緒にいる浩一も同時に目立ちながらに移動することが多かったりする。


 風花なんかは箒での移動が自分でできるためにときおり繁華街の方に行っていろいろ買い物をしていたり、マーシャもかつて自分が住んでいたあたりに向かっては、子供たちと遊んでいたりしているらしい。

 そういえば、風花は「米がない!」ってめちゃくちゃ言っていた。たしかに生粋の日本人である浩一からしても米がない、というのは結構気になることではあるが。しかし、風花のこのあたりの執念、もとい熱量に関しては浩一の持つそれの比ではない。

 それこそ、そのうちにどこかで見つけてきてしまいそうなものである。


 そんなことを考えていたこともあってか、食料品店なんかを適当に見て回りながら、品揃え云々についてをいろいろと考えたり。適当に果物を買って、恰幅のいい女性の店主におまけをしてもらったり、と。


 なんだかんだで商店街を通り抜けていると。ちょうど、そこで知っている顔を見かける。


「あら、コーイチさん。お久しぶりです」


「こちらこそ、お久しぶりです。セリザさん」


 そこにいたのは、運輸ギルドで以前浩一とアイリスのふたりを応対してくれたセリザであった。


「それにしても、俺のこと覚えていてくれたんですね」


「ええ、もちろんです。なにせ、アイリス様と一緒に来られた方ですし。それに、あのときに聞いた話は非常に興味深いものでしたから」


 彼女にはヴィンヘルム王国の陸路についてが書かれた地図を融通してもらうために運輸ギルドを訪れたときに話した相手であり。それゆえに、浩一たちが現在ヴィンヘルム王国に起こっている輸送麻痺についてを対処するために動いている、ということを知っている。


 ちなみに、あのときの浩一は知りはしなかったが、どうやら、セリザは運輸ギルドの中でもかなり偉い立場の人間らしい。実際、あのときの服装も他の受付嬢のものと比べると豪奢ではあったし。なにより、アイリスの応対を不在のギルド長に代わって行っていたのだから、そう考えれば納得はできるのだが。


 しかし、そんな人が普通に浩一に話かけてきている、というのには、少しびっくりするところがなくはない。……まあ、最近の交流歴であるとか、アレキサンダーから振られた仕事の都合でこれから会わなければならない人たちのことを考えれば、そんなことは言ってられないのだろうけれども。


「それから、こちらでも噂は聞いていますよ。どうやら、随分と活躍をなされているようで」


「……それは、ありがとうございます。それにしても、随分と耳が早いんですね」


「私たちの仕事の都合、情報は命なので」


 それは、たしかにそうであろう。

 荷を運ぶ、と言ってしまえば単純には聞こえるが。実際のところは、各地の世情などのリアルタイムで変化していく状況を加味しながら、臨機応変に動いているような立場の人たちではある。

 荷を賊に奪われてしまえばそれがまるごと損失になるどころか、輸送を行っている本人にも危害が加わる可能性があるし。交渉時に足元を見られてしまっては、それだけ利益が少なくなってしまうことになる。


 無論、仕事に従事している誰もが気にしている、というわけではないが。しかしながら、上に立つともなれば、そのあたりはきっちりして置かなければならないのだろう。


「しかし、聞けば現在作っている馬車鉄道? なるものは、ひとまずの輸送の都合をつけるためのものだとか。それならば、私どもに連絡していただければ協力しましたのに」


 まるで「安くしますよ?」とでも言わんばかりの顔で、セリザはニコリと口で笑顔を作る。


「ありがたい申し出ではありますが。敷設している線路や貨物車両についてはどのみち必要になるものですし、それに、セリザさんが思っている以上に重量物を大量に輸送しているので」


 放棄での輸送は不可能であるし、通常の馬車での運搬も不可能ではないが、十分な舗装がなされていないヴィンヘルム王国の道路では難易度が上がる。

 そうなれば時間や人数といったリソースが必要になる都合、運輸ギルド側も、本来やらなければならない仕事に対して支障を引き起こす可能性もある。


「……なるほど、それなら仕方がありませんね」


 いちおうは納得してくれた様子のセリザではあったが。どうにも、十分に、というほどではないらしいことが、なんとなく表情から伺える。

 単純に商売の機会に都合がつかなかったから、という感じかもしれないし。あるいは、別の可能性か。


 そんなことを話していると、ちょうど、昼になったことを告げる鐘の音が聞こえてくる。


「あら、もうこんな時間ですか。では、コーイチさん。私はこのあたりで」


「はい。また、どこかで」


 浩一はたまたま休暇を貰えて王都をぶらついているが、セリザはそういうわけではない。

 そのまま仕事に戻っていこうとする彼女の背中を見送ろうとしていた、そのとき。

 そうでした、と。なにかを思い出した風のセリザがこちらを振り返ってくる。


「私は、コーイチさんたちが行われている鉄道事業がうまく行くことを、祈っていますので」


「えっ? あ、はい。ありがとうございます」


 突然になにを言われたのか、と。若干戸惑ってしまったが。応援の言葉であると理解して、少し遅れてそう反応する。


「頑張ってくださいね、応援していますから」


 セリザは、再び口元で笑みを作りながらにそう言うと、ペコリと頭を下げて。今度こそ、仕事へと戻っていった。


 ぽつん、と。ひとり残された浩一は、少しの間呆けていて。購入したオレンジを落としかけて、慌てて気を取り直す。


 応援されている、ということ自体は。純粋に喜ぶべきことではあろう。

 少なくとも、感じ取った直感としては、セリザのその言葉自体には嘘がないように思える。

 ……思える、のだけれども。


「うーん、俺の考え過ぎかなあ」


 よく相手にしている人物のうちにアレキサンダーがいるからだろうか。どうにも、疑り深くなっている可能性がある。


 なにやら、セリザのあの反応には、なにか裏があるような。そんな気がしてならない。

 ……そういえば、最初にセリザと会ったときにも、同じようなことを感じ取ったっけか。


「なにか。なにか、見落としているような気がするんだよなあ……」


 ポリポリと軽く頭を掻きながら、浩一はゆっくりと足を進め始めた、ちょうどそのタイミングで。

 くきゅるるる、と、浩一の腹の虫が鳴いた。


「……そういえば、今、昼の鐘がなったばっかりだったな」


 せっかくだし、どこか適当な飲食店に入ってお昼ごはんを食べようか、と。そう思いながらに、再び、浩一は街の中を歩き始める。


 なお、ひとりで街を歩くことが滅多になかったために、土地勘がないことが災いして。それからちょうどよいくらいの飲食店にたどり着き、昼ごはんにありつくまでに、かなり時間が経ってしまった、というのは余談である。

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