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#69

 その日は一度王城で泊まることとなり、浩一を自室へと送り届けてから。

 アイリスは、踵を返してそのままに、今まで歩いてきた道を引き返していった。


 そうしてアレキサンダーの部屋の前までやってくると、その扉を勢いよく開ける。蝶番が少々鳴らしてはいけない音を立てる。


「お兄様、少しよろしくて?」


「大丈夫ではあるが。ただ、入室する前にノックをするようにといつも言っているだろう」


 苦い顔をしておる兄の顔を見つつ。アイリスは軽く謝ってから、しかし、真剣な表情を崩さない彼女を見てか、アレキサンダーも神妙な面持ちを浮かべる。


「さて。わざわざアイリスがやってきた、ということは。なにか聞きたいことがあってやってきたのだろうが」


 決してアイリスから視線を反らさないようにしながら、アレキサンダーはそう尋ねてくる。名前の呼び方も、いつもの愛称からキチンとした呼び方に変えているあたり、しっかりと真面目な話として受け取ってくれているのだろう。


「私から尋ねたいことはただひとつ。どういうつもりか、ということですわ」


「どういうつもり、か。……その言葉だけでは要領を得ないが、コーイチのことかい?」


「もちろん、ですの」


 それでもまだ要領を得るには不十分な応答ではあるが。しかし、このタイミングでアイリスがアレキサンダーへと質問をしに来ることで浩一に関わることといえば、大まかには想定がつく。


 アレキサンダーが、浩一に頼んだ仕事。各貴族への説明や協力要請について、の仕事である。


「あの仕事、別にコーイチ様がやらなければならない、というわけではないですわよね?」


「……あの説明自体には、嘘はない。私が自ら出向いてしまうと、それは半ば強制力を持つ判断になる」


「事業の性質を考えると、そのほうが事としてスムーズなことについてはお兄様の目から考えれば明白なことでは?」


 無論、強制力を以てして従わせたことについては反発を呼びかねないというのはある。そういう側面もありはするから、浩一という貴族から見れば下の立場の人間からの説明でしっかりと納得してもらって、というのが後々のことを考えると一番確実である、というのはたしかに正しい。

 だが、それを大前提に置いたとしても、浩一に課された仕事自体は本来とてつもなく苛烈なものである。


 アレキサンダーが最初に、と提示していたように。アルバーマ男爵家からの口利きが作用するレーヴェ子爵家や鉄道事業に対して好意的な感情を持つであろうフィーリッツ侯爵家のような貴族家ももちろんある。

 彼らであればたとえ平民からの提案であったとしても、特に浩一がアレキサンダー肝煎りの鉄道事業の関係者ともあればまずきちんと話を聞いてくれるだろう。


 だが、全ての貴族について、そういうわけにはいかない。そもそもこういった新規事業の類を好まないような貴族家もあれば、そもそも出向いてきた立場の人間が自領の人間でもなければ貴族でもない、どこの誰とも知れぬ平民である、ということを理由に取り合わないような貴族だっている。

 なんなら、自領の人間であろうとなかろうと平民だからという理由だけで意見の一切合切を突っぱねるような貴族も。


 それを。立場や環境は特殊ではあるものの。しかしながら平民ではあるという浩一が行うというのは、なかなかに酷な道ではあるだろう。


「鉄道事業は輸送というインフラを整備する事業。国全体に敷くことを前提としている以上、大前提として強制力を必要としていますの」


 たとえば、現状に於いても馬車用の道路の整備。

 これらについては領内外の人間関係なく利用できる道路ではあるが、無論その道路が敷設されているのは各領地の中にはなる。

 公共財となる道路が各領地の中に置かれている、というのは。ひとえにそれらがインフラとして必要であるから。必要性という、ある種の強制力が働いているからとも捉えられる。


 鉄道も、この道路などと同じく、輸送という側面で重要性を持つ。

 だが。道路が国中に敷かれているのと同様に、線路についても同様に国中に敷かれていないと、その効力が大きく弱まる。


「そして。そもそもの話として。この事業自体の、体裁上の責任者はお兄様ですわ」


「まるで実際の責任者が別にいるかのような言い方だな」


「裁量権のほとんどをコーイチ様丸投げしてる立場でよく言いますわね」


 とはいえ、責任者としてアレキサンダーの――ヴィンヘルム王国の王太子名前があるのは事実。

 だからこそ、もしも浩一が貴族の説得に失敗したとしても。最終的にはアレキサンダーが動くことによって強制力を働かせて事を成立させることができる。

 なんなら、アイリスが動くだけでも十二分に効果があるだろう。どのみち、アイリス自身浩一の足役として出向かなければならないのだ。

 そう。アレキサンダーでなくとも、アイリスが出向くでもいい。浩一が必ずしも出向く必要性は、そこまで高くない。


「……もちろん、私はあまり頭がよい方ではないと自覚はしているので。説明が十分にできない、という可能性はありますの」


 事実、王女としては心配をされる程度にはアイリスは腹芸の類が苦手であるし。真摯に取引しようという場面でもなかなか感情が先行するところが大きくて、わかりやすく説明できる自信があまりない。

 だが、その点。兄であるアレキサンダーは得意そのものである。

 鉄道事業について、もちろん詳しいのは浩一ではあるが。しかしアレキサンダーだって十二分には理解はしているし、説明ができる程度ではあるはずだ。

 そして腹芸などについてはこの国で彼に適う人間がいないと言っていいほどには強い。

 なにせ、身元不明であるはずの浩一を、王太子である自身の側近として抱え上げた上に、鉄道事業というとてつもない資金を要する、企画立ち上げ時点では実現可能性など全く見えてこなかったような事業に対して、予算を引っ張ってきているのだ。


 そういう側面なども加味をすれば、各貴族への説明や説得という側面で最も適任と言えるのは、間違いなくアレキサンダーではあるだろう。


「もちろん。お兄様が立場上()()()人間ですので。それで時間がないから、次点の適任であるコーイチ様が動き、必要なときにお兄様が動く、というのであれば。私も納得は致しました」


 しかし、先の浩一への説明でも。そして、今さっきアイリスに向けてした説明でも。アレキサンダーは自身の忙しさについてを理由にしていない。

 それが、アイリスには引っかかった。


「さっきも言ったが、コーイチに伝えた言葉には嘘はない。アレ自体はきちんと本音で伝えている」


「つまり、嘘以外はある。裏の意図が、そこにはある、と」


「……まあ、そうなるな」


 言い逃れは困難であると判断したアレキサンダーは、そう認める。

 ひとまず、自身がここにやってきたその理由である直感。アレキサンダーが浩一に対してなにか企んでいるのではないか、ということが正しかったということに安堵していると。しかしながら「ただ」と。アレキサンダーがそう言葉を返してくる。


「それと同時に。ある意味ではこの判断が最善である、とも考えている」


「……えっ?」


「アイリス自身も理解していたことだろう? 強制力が可能な限り少ない状況で納得してもらえるのが、最も好い、ということは。だからこそ、理想ときしてはコーイチが説得をするのが好ましい、ということも」


 それは、そうであろう。だが、それが現実には難しい、ということも。

 だからこそ、裏に控えているアレキサンダーが切り札として存在しているわけで――、


「私は。コーイチならやり遂げられると思っているよ。……もちろん、簡単な道のりではないだろうけどね」


「で、でもそれは――」


「さて。アイリスからも質問を受けたのだから。こちらからも質問を返させてもらおう」


 厳密に言えば、アイリスからの質問にアレキサンダーが答えたかというと微妙なラインではある。

 だから、アレキサンダーのペースに飲まれる前に再びそのことを追及して、なんとかこちらのペースに持ち直そうとアイリスは発言をしようとする。

 だが、それよりも早くに。アレキサンダーが口を開く。


「随分と。アイリスはコーイチのことを心配しているようだが。アイリスこそ、コーイチのことをどうしようとしてるんだい?」


「……えっ?」


「いや、この表現は少し正確ではないな。もう少し、きちんとハッキリとした言葉として言い換えておこう」


 唐突な言及に対して、アイリス唖然としているとしているその傍らで。アレキサンダーは言葉を重ねる。


「アイリスは、コーイチとどう在りたいと考えているんだ?」

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