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#7

 アイリスの爆速の箒に、振り落とされないようになんとかしがみつきつつ、しばらく。上空でのスピードの割に、丁寧な着地をしたそれに、ホッと息をひとつつく。

 というか、変なところ触ってないよな? 大丈夫だよな? 正直死なないようにと必死だったせいで途中からそのあたり全く気にできていなかったのだが。


「ふうっ! やっぱり空は気持ちいいですわね! コーイチ様はいかがでした?」


「あはは、たしかに気持ちは良かったです、ね?」


 うん、気持ちよかったのはたしかだが、それ以上に怖くもあった。……慣れればちょっとは変わるのだろうか。

 とはいえ、屈託のない笑みでこちらにそう問いかけてくれている彼女の様子を見る限りでは、おそらく問題はなかったのだろう。不敬に当たるようなことがなくてよかった。


 いやまあ、王女の乗る箒の後ろに乗っていること自体がどうなのだと言われればアレなのだが。


「ともあれ、ここが運輸ギルドの本部ですの!」


 アイリスがそう言って振り向いたのは、石造りの大きな建物。入り口には箒の意匠を見て取れる看板が下げられており、たしかに運輸ギルドだという記載がある。

 本部というその名に恥じぬ堂々とした佇まいのその建物は、中から喧騒が聞こえてくる。どうやら、様々な人が忙しく働き、走り回っているようだった。


「そういえば、アポイント取ってないけど大丈夫かな」


「それなら問題ないですわ。たしかお兄様が事前に連絡を入れていらしたはずですの」


 細かい内容などは直接伺う際に、と。そう伝えていたらしい。たしかに、どのような地図が必要なのかなどは俺のほうがよくわかっているのだから、そういう意味合いでは俺が直接話したほうがいいのだろう。

 しかしまあ、なんというかそのあたりの手際の良さはさすがアレキサンダーというか。彼の信頼できるところであり、全部見透かされているようでちょっと怖い部分である。


 ともあれ、連絡が行っているらしい。それならば大丈夫だろう。

 門を開き、中に入ると。外から伺えた音の様子に違わず、慌ただしく行き来している人たち。正面には何人かの人が並んでいるところがあり、おそらくあそこが受付なのだろう。

 同じく彼らの後ろに並び、アイリスも同じく俺の横に並ぶ。そのまま待っていると。なにやら急に周囲が先程までに増してドッと騒がしくなる。

 なにごとだ? なにかトラブルでも起こったのか? と。そんなことを考えていると、ひとりの受付嬢が急ぎこちらに駆けてくる。


「アイリス様!? あの、本日はどうした御要件で!?」


 目を白黒させた様子のその受付嬢に、俺はやっと納得する。この世界に来てから俺の生活圏はなぜか王城だったから忘れがちだったが。そういえばアイリスは王女なのだから、世間一般からしたら居ることがイレギュラーな存在なのだ。


 なにかしらの受け答えをしようとしたのだが、うまい言葉が見つからずまごついていると、先にアイリスが口を開いた。


「あら? お兄様からこちらに担当のものを向かわせると連絡してあったかと思うのですけれど」


 その様子に、少しびっくりする。どちらかというと今までは子供っぽいという印象を受けるアイリスだったのだが、突然しっかりとした様子で受付嬢の人に対応していた。

 いやまあ、そりゃあ公私を分けているというのは別に変な話ではないし。アイリス自身キチンと立場を弁えているというのはいいことなので、驚いたというのは少し失礼な気もしなくはないが。


 いやまあ、それにしても印象が全然違う。


「それは、たしかに連絡はありましたが……」


 未だ混乱している受付嬢の人。まあ、そうなるのは当然というか、至極真っ当なことなのだが。

 普通は使用人が来るものだと思ってるところに、本人ではなくともまさかその妹、つまり王女であるアイリスが来るなど誰が想像できるものだろうか。


「とっ、とにかくアイリス様はこちらへ! 付き人の方も!」


「でも、まだ私たちの順番ではありませんよ?」


「そういうわけにもいきませんので!」


 そりゃ、王女を待たせるわけには、ということもあるだろうが。なにより彼女がここにいては周囲が騒ぎになってしまう、というのもあるのだろう。

 実際問題として彼女はとてもかわいらしい見た目をしているし、その上超がつくほどの有名人なわけで。既に周りがざわついていてしまっているあたり、ギルドの側からしても二重の意味で早々に対処すべき相手なのだろう。


「そもそも、付き人という意味合いなら私の方なのですけれども」


 ボソッと、そんなことをつぶやくアイリス。

 いやまあ、たしかに今回アイリスは俺の移動の補助としてついてきてくれているのでその表現にあまり間違いはないのだが。それを誰かに聞かれるとめちゃくちゃな問題になりかねないので本当にやめてほしい。


 そのままアイリスと一緒に建物の奥にある応接間へと通される。

 そこには、ひとりの女性が待ってくれていた。

 受付嬢の人たちと同じような、しかし少しだけ豪奢にも見えるそんな服装の彼女が口を開く。


「まさか、アイリス様直々に来ていただけるとは思ってもいませんでした」


 スッと頭を下げてくれる彼女に、俺がどうするべきかとまごついていると。アイリスは「こちらこそ急な要請ですみません」と。


「あいにく、ギルド長が用事で居らず。代わりに私、セリザが対応させていただきます」


 そう自己紹介をした彼女――セリザは、そのまま俺たちに座るように促してくれたので、そのまま座らせてもらう。

 俺の隣にはアイリス、テーブルを挟んで反対側にセリザという構図で机を囲み。話し合いを始める。


「それで、本日はどのような御要件で?」


 その言葉は、アイリスの方に向けられているよ様子で。まあ、たしかにこの状況だとそう考えてしまうのは当然だ。

 一瞬、アイリスの方に視線を向けると、彼女はコクリと頷いていた。

 俺が話していい、ということだろう。


「急なお願い、ということにはなるのですが。国全体の記載がある地図を見せていただけないかな、と」


 急に話し始めた俺にセリザは少し驚いた様子を見せたが、すぐに落ち着いた様子になり、こちらへと顔を向けてくれる。


「地図、ですか? それならば王城の方にもあるかと思うのですが」


「普通の地図ならばもちろん。ただ、今回閲覧したいのが道――陸路についても記載のあるものを見たくて」


「なるほど」


 セリザは、たしかにそれならば。と、納得した様子を見せつつも。しかし、顎に手を当ててなにかを考え込み始めた。


「もちろん、大丈夫、ではあるのですが。……念の為に、使途を教えて頂いても大丈夫でしょうか?」


 ジッと、そう語りかけてくるセリザのその視線はとても鋭く。この質問が念の為などという、そのような意図ではなく、彼女にとって重要な質問なのだろうということが伺える。

 それならば、キチンと受け答えをするべきだろう。どうあろうと、運輸ギルドとの信頼関係は重要視するべきだ。地図の貸し借りについてはもちろん、これからのことを考えるならば。


「セリザさんもご存知のとおり、この国の流通は麻痺している状態にあります」


 そう言葉を切り出し、俺は現在の状態について大まかに説明する。

 国として、流通面のについての打開策を考えていること。その過程で、陸路についての記載がある地図を参照したいこと。

 どうやって解決していくのか、という。計画の主眼については伏せた状態で。


 ふんふんと話を聞いた彼女は、わかりました、と。


「それでは、ギルドの方で把握できている陸路について、できるだけ詳細な記載のあるものの写しを用意します。少々お待ちくださいね」


 セリザはそう告げると、ペコリと頭を下げ、そこまま退室をしていく。

 パタン、と。扉が閉じて。それと同時。ふう、と、大きく息を吐いたアイリス。


「ふわぁ、疲れますわ……」


 糸がパチンと切れたように、表情や態度の緩んだアイリスに、なんというか少し安心する。

 立場があるのでずっとこうというわけには行かないなだろうが、こちらのほうが見慣れているということもあり、この様子のアイリスの方がやりやすい。

 とはいえ、まだここは城じゃないし、あんまりこういう態度も良くないんじゃなかろうか。


「アイリス様、セリザさんがいつ戻ってくるかわからないですし」


「つーん」


 どうしてか、突然にそんなことを言いながら彼女はそっぽを向く。

 ……あー、これは、あれか。

 たしかに周囲には誰もいないが、しかし、これは……いいのか?


「……アイリさん?」


「はいっ!」


 これを、毎回やらないといけないのか。……ちょっとあのときの安請け合いに後悔を感じ始めたぞ。

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― 新着の感想 ―
運輸ギルドにおいてもあくまで象徴(シンボル)は箒であるというのは、やはりこの世界の移動手段の主流は空輸なんだという主張、陸路の未発達の証左ですね。 鉄道の開通によって鉄道に関わるものがシンボルに代わる…
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