#68
「しかし、俺に頼みたい仕事ってなんなんだろうな」
アレキサンダーに呼び出されて、王城に戻ってきた浩一。隣にはアイリスが供をしてくれている。
いや、王女が供をしているのは果たしてどうなのか、と言う話ではあるが。いちおう傍から見ればアイリスの供として浩一がいるようにも見えるだろうから大丈夫、なのだろうか。
「馬車鉄道開通に関しての労いとかでは?」
「いや、それならそうと素直に言うだろうし」
「まあ、お兄様ですし、それはそうですわね」
アレキサンダーの性格的に、自身の目論見を裏に乗せて、あとからそれを明かしてニンマリとするようなことはするだろうが。その一方で、逆にそういう思惑がないのであれば、基本的には素直に用件をそのままに伝えてくるタチではある。
そのことを加味すれば、おそらく浩一に対して仕事の用件がある、というのは間違いないだろう。
城内をしばらく歩いて、アレキサンダーの執務室の前までやってきて。浩一はノックしながらに挨拶をする。
中から部屋主のいらえが返ってきて。アイリスとともに入室をする。
「久しぶりだね、コーイチ。アイリ」
「お久しぶりです、アレキサンダー様」
「お兄様! ただ今戻りましたわ!」
各々が言葉を交わしてから、アレキサンダーはジッと浩一の顔を見つめる。
なにか粗相をしでかしただろうかと浩一がヒヤリとしていると、アレキサンダーは「別にあちらの呼び方でも構わないのだよ?」と、そう笑いながらに言ってくる。
どういうことだかわかっていないアイリスの隣で、浩一は冷や汗を流しながらに「ハハハ」と力無く笑う。
そういえば、二人きりのときは気軽にアレクと呼んでくれと言われていたな、と。ただ、それをここでするとアイリスにバレてしまうし。……いやまあ、アイリスのことも浩一はアイリと呼んでいて、それ自体はアレキサンダーに既にバレてしまっているので。ゴネたアイリスを宥めるために、結局全員を愛称で呼ぶことになるだけで、少なくともこの内輪では問題はないのかもしれないけれど。
ただ、わざわざそんなややこしい状況に足を突っ込む道理もないので、キチンと敬称で通す。
アレキサンダーは、それはそれでいじりがいがあって楽しいよとでも言わんばかりに満足げな表情をしながら、さて、と。本題へと話を戻す。
「今回コーイチと、それからアイリスに来てもらった理由だが。その前に、ひとまず。馬車鉄道の完成、おめでとう。文書では送っていたが、面と向かってはこれが初めてだから、改めて言わせてもらうよ」
「ありがとうございます」
「そして。このことは我々だけが知っていることではない。アルバーマ領にて、新たな交通手段の開発が行われて、まだ実験的ではあるものの成功した、という報せは、既に各領主たちにも届いている」
流通の麻痺については、立地次第で大小こそあれど各地域でも問題になっている事柄ではあり。その点に於ける対策については、各貴族の頭を悩ませている要因ではあった。
だからこそ、流通の形式が新たに生まれた、というそのニュースについては、多くの貴族にとっては色々な意味でホットなトピックであると言える。
「まあ、無論そんなことには一切興味を示していない貴族なんかもいたりはするわけだが。しかし、それと同じくらいか、それ以上かの貴族はかなり意欲的な興味を持っている。実際、体裁上の主導が私であるという都合もあって、問い合わせが来たりしているところもある」
そして、その問い合わせというものは、馬車鉄道というものがどういうものなのか、というところから。もっと詳しい利点や欠点、特性などを知りたいという話。そして、自領にも導入は可能なのだろうか、というようなものまで。
「これ、は」
「ああ、そのとおりだ。コーイチ、君がここまで積み重ねてきたものが、多くの人。それも権威を持つ貴族たちの目に留まり、興味を示されている」
もちろん、王太子の後ろ盾を持ちながらに行っている事業であるとか。この事業自体がヴィンヘルム王国のニーズに合致したものであるとか。そういう事情はありはするものの。しかし、しっかりと興味を持たれている、というのは事実ではあった。
「だが、ここが踏ん張りどころだ」
アレキサンダーは落ち着いた声色のままで、そう続ける。
たしかに、興味を持たれているというのは事実だし。その中には好意的なものもある。
だが、まだほとんどの貴族たちは馬車鉄道……もとい浩一たちがこれから作ろうとしている鉄道というものを知らない。
だからこそ、この興味の多くは、初めて見るものだからこその物見遊山的な側面が少なからず存在する。
「ある意味、ちょうどいいタイミングだとも言えるだろう。鉄道事業の目的の都合で、どのみちほとんどの領地にはその線路を伸ばす必要がある。線路を敷設するには、当然、その領地の貴族に対しての許可が必要になってくる」
現在試験的な作業を行っているアルバーマ領でも、事実としてアルバーマ男爵に対して許可を得られたからこそこうして線路を敷設して作業を行えているわけで。
いずれは、それらの許可をほとんどの領主に対して行っていかないといけないわけである。
「つまり、俺の仕事っていうのは」
「まあ、お察しのとおりだ。各貴族たちと会ってきて鉄道事業についての説明。そして、可能ならば現時点から既に協力を取り付けてくることだ」
アレキサンダー自ら動く事もできなくはないが。王太子という立場もあり、できれば奥の手としておきたいということ。
そして、説明が必要な事柄として鉄道事業についての詳しいことやこれからの展望。導入について必要な要素などの説明も要求されるということもあり、たしかに妥当な人材は浩一だろう。
「もちろん、回っていく順番についてはコーイチ、君に任せる。足としてはいつもの通りアイリをこき使ってくれて構わない」
「こき使うって……」
「まっかせてくださいまし! コーイチ様!」
曲がりなりにも王女なのにその扱いでいいのか、と。浩一が困惑しながらに。しかし、アレキサンダーから資料を受け取る。
わかりやすく纏められているそれらには、問い合わせとして送られてきた内容や、貴族たちの情報。そして、立地や、各地域での特産物などが纏められている。
これを使ってうまく説明や交渉をしろ、ということだろう。
「まあ、自由に進めてもらって構わないが、オススメとしてはレーヴェ子爵家などがいいだろう。あそこはアルバーマ男爵領とも交流が深いし、もし必要ならばアルバーマ男爵から口添えもらえるだろう」
たしかに、交渉に向かうとなったとしても。立場など全くない状態の浩一ではまともに取り合って貰えない可能性も十二分にある。
しかし、そこに友好的な貴族からの一筆があるだけでも大きく変わるだろう。
事実、アルバーマ男爵に対しての交渉の際には、フィーリアの言が大きく影響していたように。
「あるいは、フィーリッツ侯爵家などもしっかりと話を取り合ってくれるだろう。現当主は面白そうなことが好きだから、馬車鉄道の話も耳には入っているだろうし、既に現物として存在しているから、話は円滑に進むだろう。……まあ、コーイチが最初に行くには少し精神的なハードルが高いかもしれないけどね」
「ははは……」
最初にアレキサンダーやアイリスに説明したときや。あるいはアルバーマ男爵やガストロ、ガードナーなどに説明する際とは違い、今では馬車鉄道が実際に物として存在している。
説明の難易度が大きく下がるほか、机上論ではない、ということがわかればたしかに説得材料としては以前よりも強くなっている。
なお、ハードルが高い、というのはフィーリッツ家が侯爵家であるからだろう。
浩一自身、ヴィンヘルム王国に来てから初めて貴族位などのことについて調べたのでそれほど詳しくはないのだが。
この国の貴族位は上から順に、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。名誉として与えられる貴族位などの特殊なものや辺境伯などもありはするが、多くの貴族位はこうなっているわけで。
つまり、浩一の甘い認識としておいておいても、侯爵家は相当に高い位の貴族だと言える。
……とはいっても、いずれは会いに行かなければいけないので、先か後かという違いでしかないのだけれども。
「まあ、先に言ったように順番については好きにしてくれて構わないから。よろしく頼むよ、コーイチ」
ニッコリと笑ってみせるアレキサンダー。
無論、断るという選択肢は浩一の手札の中にはないために。力なく笑いながらに、首を縦に振った。