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#67

「マーシャです! よろしくお願いします!」


「ガッハッハッハッ! ガストロの野郎から話は聞いていたが、こりゃあ随分と元気のいい娘が来たもんだ!」


 ブラウの街にて、ガードナーを始めとするドワーフの技術者たちとの顔合わせに来たマーシャ。供には、フィーリアがついてきている。


「ありゃ? 今日はコーイチの(あん)ちゃんは来てねえんだな」


「ああ、おにーさんならアイリちゃんと一緒に一旦王都に戻ったよ」


「どうやら、アレキサンダー様から話がある、とのことで」


 馬車鉄道の開通を記念しての試験走行が無事に完了し、ブラウに到着した浩一たちではあったが、その日の夕刻に、浩一に対してアレキサンダーから仕事がある、ということで王都に戻ることになった。

 ただ、どうにも急な仕事、というよりかはむしろ、アレキサンダーの側が待っていてくれた仕事であり。そのおかげもあってか。もとより指揮が風花であった地図作成はもちろん、線路の延伸作業自体は浩一やアイリスがいなくてもつつがなく進んでいるし、全体の進捗管理も新たに仲間になったルイスのおかげもあって、問題なくできている。


「そいつぁ仕方ねえな」


「でもね、ちゃんとおにーさんもある程度準備はしてくれてるんだよ!」


 そう言いながら、マーシャは持ってきた羊皮紙のスクロールを机の上に広げる。

 そこには、大まかな蒸気機関車の構造と、必要になる機構についてが書かれていた。……それも、マーシャやガードナーに読める形で。


「たしか、コーイチは遠方の出身で、この国の文字は読み書きができねえって話じゃなかったか?」


 仕事の付き合いとしてやり取りが必要な都合、そのあたりの話については最初の頃にある程度事情を説明していた。

 実際、浩一自身も読んだり書いたりをするときにはアイリスであるとかマーシャであるとか、他の人に頼りながらに行ってはいたので、なんとかできてはいたのだけれども。


「うん、そうだった。けど、それじゃ都合が悪いでしょ? だから、おにーさんも頑張ったみたい。おねーさんも一緒だったしね」


 浩一と風花。ふたりともが他の大多数に対して指揮を取るという立場にある都合、そのやり取りが文書になることがとてつもなく多くなる。

 そのため、アイリスなんかの協力を得たり、あるいは絵本のような判読が簡単なものから始めたりすることにより、少しずつ読めるようになっていき。

 今では多少間違えたりはするものの、キチンと読み書きができる程度にはなっていた。


「それで、おにーさん。かなり頑張って必要になりそうな資料とかも全部、私たちの読める形にしてくれてて」


 さすがにここにそれを全部持ってくることは大変だったのでできなかったが。現在、マーシャがブラウにて間借りしている部屋の中には浩一から渡された、地球時代の記憶についての覚え書きが積み上げられている。


「なるほどな。……そして、それらを駆使して俺たちにやってくれ、と任されたのが」


「うん。蒸気機関車の設計。もとい、その、作製」


 マーシャとガードナー。そして周りの技術者たちはスクロールのある一点へと視線を向ける。

 蒸気機関車の大まかな設計図が書かれたそれは、ボイラーでより蒸気を高温に保つための機構やエンジンで作り上げた動力を車輪へと伝えていくための機構などが書かれている。

 しかし、その所々は「このような仕組みが必要である」と書かれているだけで、具体的な構造までが書かれていないことがあり。つまりは、浩一の記憶の中の設計図だけでは補完できなかった箇所になる。

 とはいえ、ガードナーたちも曲がりなりにも技術者ではある。それなりにモノの仕組みについては詳しいし、更にはこの国としてはかなり稀有な存在である機械技師のマーシャがいる。

 特にマーシャについては、これまでの時点で浩一からある程度の話を聞かされていたために、いろいろと考える時間自体はあった。もちろん、それ以外にも魔法銃を作ったりメートル原器を作ったり、はたまた魔導カメラを作ったりとあれこれ様々なものを考えては作ってとしていたので常にリソースを割けていたわけではないものの、いろいろと考えたりしていた。

 なので、現在虫食いになっている機構のうち、いくつかについてはこの場にいる人員の知識や経験からすぐに思いつきそうなものもある。それがうまく行くかどうかはさておきとして。


 ただ、そんな人間たちを集めた現状ですら、あたりがついていない箇所が、ひとつ。


「エンジンを、どうするか。だよね」






 現状、マーシャが理解できている蒸気機関は、最初にコーイチと一緒に作った首振り式エンジンであった。

 事実、首振り式エンジンもそこそこに大きな力を生み出すことはできる仕組みではある。

 だが、問題点もしっかりとあって。特に大きな問題とするならば、大型化に向かない構造である、ということ。そして、高出力化も難しいということを浩一から聞かされていた。

 小型の蒸気機関車などであれば首振り式エンジンでも稼働させられるが、今回目指しているのは、大量の貨物を運ぶための蒸気機関車。それ故に、可能ならばパワーは高めておきたい。

 と、なれば。首振り式エンジンではない、別な蒸気機関を組み込むか。あるいはなんらか別なアプローチから、首振り式エンジンのパワーを底上げしていく必要がある。


 マーシャは、以前に作った首振り式エンジンを前にしながら、じっと考え込む。


「……そういえば、どうして首振り式エンジンは強くしにくいんだろう」


 ふと、そんな疑問を思い出す。浩一にあらかじめ聞いておけばよかったと後悔するものの。とりあえず、考えるためにもひとまず首振り式エンジンを稼働させてみる。

 十分に蒸気の温度が溜まったであろうタイミングで円盤に弾みをつけてやると、ブロロロロッ、と。勢いよく首振りエンジンが稼働し始める。


「こうして見てみると、シリンダの部分がかなり揺れてる。大きくすると、この揺れの影響も大きくなりそうだね」


 それから、と。今度はシリンダと、給排気を行っている箇所との接点を見る。


「蒸気が少しだけど漏れてる。構造上仕方がないことなんだろうけど、このあたりのロスが出るのも大きそうだね」


 首振り式エンジンではシリンダが揺動運動を行う際、シリンダにつけられた穴が給排気口に接したときに給気と排気を行う。つまり、完全にくっついているわけではない。

 だから、ほんの少しだけ隙間ができる。

 この隙間からの蒸気の漏れは、蒸気の圧力を上げれば上げるほどに多く漏れていくので、高出力化しなくなるのだろう。


「現実には他の問題もあるんだろうけど。とりあえずは、こんな感じ、かな?」


 ひとまず、現状のマーシャの視点から見えた問題点とその対策方針を纏めておく。

 ひとつ、シリンダが引き起こす揺動運動の抑制。可能ならば、シリンダを固定しておいてピストンが直線的に動くようにしておきたい。

 ふたつ、シリンダと給排気の機構を完全にくっつけておく。できるだけ、蒸気が逃げていくのを防ぎたい。


「……あっ、そういえばピストンが直線的にしか動かないのなら。それを回転運動に変換する機構も必要なのか」


 ならば、これがみっつめ。ひとまずは、これらが課題、というところだろう。


「ふっふっふっ、全く見当もつかない……!」


 強いて言うならば、みっつめは少しだけ心当たりがある。浩一から貰った資料にそれっぽいものがあった気もするし。首振り式エンジン自体も揺動運動を起こしてはいるものの、直線運動を回転運動に変換しているようにも見える。これらを参考にすれば、なんとか作れそうではあった。

 だが、問題は前者ふたつ。こっちについては、完全に「必要なものだけを挙げた」だけであり、その機構については全くあたりがついていない。


「……でも、おにーさんが元いた場所では成り立っていた仕組み、なはず。なら、作れるはずなんだ」


 残念ながら、浩一もさすがに細かな仕組みまでは覚えていなかった。が、それでも、マーシャにとってはいい知らせではあった。

 あるかどうかもわからない仕組みをアテもなく探すよりかは、いくらか希望がある。

 実現できる、ということはわかっているんだから。


「……まあ、微塵も見当はついていないんだけれども」


 ここから先の試行錯誤には失敗ばかりが起こるのは目に見えている。

 思いついた仕組みを試してみたら全然だめなんてことは、想像に容易い。


 でも――、


「うん。うん。やっぱこうだよね。物作りってのは、こうじゃなくっちゃ……!」


 ここから起こるであろう、苦難を前に。マーシャは楽しげに笑っていた。

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