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#66

 出来上がった線路、駅舎。そして、貨物車両。

 それらを目の前に、浩一たちは並んで立ち、じっと見つめていた。


「これで、完成、ですのね!」


「まあ、ひとまずはこれから試験走行になりますけど」


 アイリスのその質問に、浩一がそう返す。


 今から、この貨物車両を実際に馬で引いて、エルストからブラウまで問題なく走れるか、のテストをしなければならない。

 とはいっても、実際のところは線路敷設のための資材の輸送などで今までも途中までは走ったりしていたので、半分は式典を兼ねた儀式のようなものではあるが。


「実際、毎日目にはしていたから、新鮮味というか。完成に対する感慨深さ、なんてものはちょっと半減してるかもしれないが」


「でも、こうして乗るのは初めてなので。少しドキドキしますね」


 アルバーマ側の代表として参加していたフィーリアがそう言う。

 乗ってもいいのですか? と尋ねられたので、浩一はコクリと頷く。


「それにしても、思ってたよりも早かったわね。完成するの」


「それは俺も思ってる。……が、理屈を考えてみればある程度納得の行く話ではあったが」


 現代日本と比べても、ヴィンヘルム王国での建築力はかなり高いように感じられる。

 無論、重機などがないために、そういう方面での限界があったりはするものの。その代わりに魔法による補助があるために、かなりのスピードで建築が進んでいっていた。


「実際この駅舎だって、建築にかかった期間はそこまで長くは――」


「コーイチ様! 出発するとのことなので、早速乗りましょう!」


「おにーさん! 早く早く!」


 浩一が風花と話していると、いつの間にか貨物車両に乗り込んでいたアイリスとマーシャのふたりから呼ばれる。


「ほら、お呼びよ?」


「お前も乗るんだぞ?」


 からかうようにして言う風花に対してため息をつきながら浩一がそう返す。

 そして、ふたりして貨物車両に乗る。


 客車用の作りはしていないので、せめてもの椅子代わりに置かれた木箱に腰をおろす。


 くるりと駅のホームに視線を戻してみると、線路の敷設や駅舎の建設に携わってくれた作業員の人たちがこちらを見て、出発の様子を今か今かと見つめていた。


「なあ、ルイス。お前は行かなくていいのか?」


「れ、レオくん。……いや、うん。僕もついて行かなきゃなんだけど、アイリス様やフィーリア様と同じところに乗っていいのかわかんないから、後ろから箒でついていこうかなって」


「そういうもんなのか?」


 その端っこあたりで、なにやら話しているルイスとレオの姿を見つける。

 仲がいいことは好いことなのだけれども。


「ルイスくん! ほら、こっち! ここが空いてるよ!」


 浩一がルイスのことを呼ぼうとした頃合いに、対面に座っていたマーシャが大きな声でルイスのことを呼ぶ。

 大きく跳ね上がったルイスは、そのままレオに押されるままに貨物車両までやってきて。ガッチガチに身体を強張らせたままに、乗り込んでくる。

 レオに助けを求めようとしたルイスだったが、当の彼はというと、いってらっしゃい! と。爽やかな笑顔で大きく手を振りながら離れていく。


「まあ、なんていうか。こういうことは多くなるから少し慣れておいたほうがいいと思うぞ?」


 気持ちはわからなくはないけれど、と。浩一は苦笑いしながら、彼を自身の隣に座らせる。

 正直なところ、浩一も以前と比べればかなり変わった、というか。感覚が麻痺したというか。

 少なくとも、ことアイリスやフィーリア相手という意味合いでは、そこまで緊張しなくなっているので、世間的にはイレギュラーな部類なのだろうけれども。


 しかしながら、ルイスはこれからマネージャーとして働いてもらわないといけないので。こういう、式典のような場に出てくることは少ないだろうが。

 とはいえ、最高責任者がアレキサンダーで、かつ、アイリスが業務に絡んできていて。なおかつ、アルバーマ領との協力関係がある状態で、その窓口をフィーリアが行っているので。こういった立場のある人たちと話す機会はそれだけ多くなってくる。

 ……なんなら、これ以降はアルバーマ以外にも協力関係を結ぶ貴族も増えるだろうし、そこまで深い関係でなくとも、線路の敷設にあたって様々な交渉をしていかないといけないので。そういった場面では絡むことになるだろうし。


 なんて。そんなことを頭の中に浮かべたものの。それを今のルイスに言うと思考がショートしてしまいそうだな、と。そう判断した浩一は、そっと心のうちに留めておいた。……まあ、いずれは知ることになるのだけれども。


「全員揃いましたわね!」


「ええ。それじゃあ、お願いします」


 アイリスの言葉に頷きながら、浩一は馭者の方に合図を出す。

 二頭立ての馬がパカラ、パカラとゆっくりと。そして、少しずつ速度を上げながら進んでいく。


 貨物車両もそれに引かれながら、カタン。カタタン、と。


「おお、おお! 進んでますわ!」


「振動も、思ってたよりも少ないね。時折ちょっと揺れるけど」


 感動と感心の声を出すアイリスとマーシャ。


「まあ、レールの上だからな。未舗装の道に比べて、振動は何倍も少なくなる。ときどき揺れるのはレールとレールの隙間だ」


「隙間?」


「ああ、レールとレールの間には少しだけ隙間が開けてあるんだ」


 コテンと首を傾げたアイリスとマーシャ。そんなふたりに風花が小さく笑いながら「既にアイリス様やマーシャの知ってる範囲で理由がわかるわよ」と、そう補足をする。


「私たちの知ってる範囲? ってことは、今までやってきたことのうちのなにか、ってことだよね?」


 ううむ、と。マーシャはうなりながら考え込む。


「今までやってきたことというと。作った物でいえば、首振りエンジンとカメラと。……ああ、あと物と言えるかは微妙ですが、単位も作りましたわね。メートルを」


「そのときにメートル原器も作ったけど。……ああ、そっか! そういえばそのときにそんなことを言ってたね」


 どうやら気づいたらしいマーシャに、まだなアイリスが思わず立ち上がろうとして。危ないからと風花に引き止められる。

 客車ならともかく、貨物車両をに無理やり座っている形なので、こればっかりは仕方がない。


「ああ、なるほど。そういえばそんな説明をいただきましたね」


「……カメラは作ったって聞きましたけど、まさか、メートルまで作ってたなんて」


 反対側では、同じくメートル原器を受け取ったときに使い方の説明を受けていたフィーリアが納得した様子を見せており。その隣のルイスは別なところで驚いていた。


「ほら。メートル原器のとき、使う温度を決めなきゃって話をしてたでしょ?」


「ええ、していましたね。僅かではあるものの、温度で長さが変わるから、と」


「そう、それ。だから、ぴったりになるようにレールを繋いじゃうと、気温が高くなったときに伸びたぶんでレールが歪んじゃう」


「ああ、なるほど! たしかにそうですわね!」


 パチン、と。マーシャの説明を受けたアイリスは疑問が氷解した様子で手を打った。


「そういうわけだな。……まあ、その隙間の分を加味しても、普通の道よりかはずっと走りやすいはずだ」


 踏面と車輪の両者が共に金属なこともあって、通常の馬車と比べて抵抗が少なく、効率よく輸送ができ。また、振動が少ないために乗り心地にも優れている。

 それが、馬車鉄道。


 だが、ここはまだ、通過点でしかない。ここからが、ある意味本番ではある。


 馬車鉄道では、どうしても限界がある。

 輸送の量にも、速度でも。


 だからこそ、


「俺たちの目標は、蒸気機関車だからな」


 一番最初に作った、首振りエンジン。

 あれではパワーが足りない。

 それは、ここにいる全員が理解していること。

 それを解決するために、今まで手を回していたのだ。


「これまでもだったが、ここから、かなり頼ることになるから。よろしく頼むぞ、マーシャ」


「うん、まっかせてよ!」


 さあ、作っていこうじゃないか。


 蒸気機関車の、その、心臓部(エンジン)を。

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