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#65

「マネージャー……?」


「ああ。まあ、平たく言ってしまうと、進行している事業の進行度の管理とか、それに伴う人事とか。そういうことにはなるんだけど……」


 浩一は途中まで言いかけて、くしゃくしゃっと軽く頭を掻きながらに苦笑いを浮かべつつ、言葉を続ける。


「まあ、現状だと俺たちは人材が壊滅的に足りてないからな。事務全般も関わってくることにはなると思うが――」


「いやいやいやいや、ちょっと待ってください!」


「なんだ? 決して悪い話じゃないとは思うんだが。仕事の内容でなにか不満があったか?」


 浩一の言葉を遮ったルイスに、浩一は落ち着いてそう質問を返した。


「いや、内容に不満があるとか、そういうわけじゃないんですけど。……その、なんで僕なんですか?」


「なんで、とは?」


「ええっと、だから。その。……たとえば、僕が現場作業で。ビーター搗きをはじめとするような前線で役に立たないから、とか。そういう理由ですか……?」


 不安そうなルイスの言葉を聞いて。ああ、なるほど、と。

 浩一は、目の前の彼が抱えている不安。その芯に触れた。


「まあ、たしかに。そういう理由が一切ないかといえば、嘘にはなる」


 ハッキリと告げられた浩一の言葉に、ルイスはそっと視線を落とす。

 そんな彼に向けて。浩一は「だが」と、そう切り出す。


「そんな理由だけでことを動かせるほど、俺たちも暇じゃあない。もう一度見てみな?」


 そう言いながら、浩一はルイスに書状を渡してしっかりと見せる。

 その内容は、たしかに先程浩一が話したような内容。

 ルイスがここにサインをすれば、異動が成立するということや、異動後の仕事内容や待遇についての話。


 そしてその一番下には、この現場を取り仕切っている浩一のサインと、そして、この鉄道事業自体の責任者であるアレキサンダーのサインと印。


「って、これ……!」


 そう。アレキサンダーの、承認がそこにはあった。


「個人的な感情ひとつ、ルイスのことを助けてやりたいとか。そういう気持ちがないとは言わない。けど、残念ながらたったそれだけのために、王族からひょいひょい許可を取ってこれほど暇じゃないんだよ」


 今日だって仕事に忙殺されかかってたわけだしな、なんて。苦笑いをしながらに浩一はそう言う。


「つまり、これはちゃんとルイスが勝ち取った立場、ということではある。もちろん、ここにサインをするかどうかについては、ルイスの意思によるものだがな」


 受け取った紙をぎゅっと握り締めながら、ポタポタと涙を流しながら、ルイスは書状を見つめる。

 ゆっくりと浩一からの言葉を噛み締めて。


「……コーイチさん。ひとつだけ、いいですか?」


「ああ、なんだ?」


「どうして、僕なんですか?」


 それは、先程も同じく彼から問われた質問。

 だけれども、それを問うてきているルイスの表情は。その瞳は。全く違って。


 ただひたすらに、真っ直ぐで。


 そんな彼を見て。浩一は小さく笑いながらに、そうだな、と。


「それについては、俺かいうよりも。そこのレオから聞いたほうが早いんじゃないか?」


「……えっ? 俺です?」


 まさか振られるとは思っていなかったレオが間の抜けた声を出す。

 けれども彼はすぐさま持ち直して「ルイスのいいところなら任せてください!」と。ドンと胸を叩いて誇らしそうに笑みを浮かべた。


「やっぱりルイスといったら面倒見がいいところですよね! この間も入ってきたばっかりのやつにいろんな人との顔繋ぎをしてくれてたり」


「あの、レオさん! その、そういうのは――」


「それから喧嘩が起こったときも間に入ってくれたり。あっちとこっちとで意見がズレてたときも取り次いで話をまとめてくれたり!」


「レオさん! 恥ずかしいから……!」


「まあ、わかっただろ? これがルイス。お前がこの期間で積み上げてきた功績なんだよ」


 ちなみに、と。浩一は、他のメンバーに対して行っていた聞き取りでも、同様の評価が得られていたことを補足する。


「そんなことまでしてたんですね」


「まあ、いろいろと話を通すためには、いちおうちゃんとした報告として出さないとだからな」


 その前の調査の一環ではある。

 特に今回のマネージャーというものは、マーシャのときのように技術力や研究への探究心などが優先されるような職業ではなく、どちらかというと本人の性分などのほうが大切になってくる。


 そういう意味では、ルイスは適役といえるだろう。


「さて、もう一度聞くが。どうする?」


「僕は――」






「だあああああああっ!」


「あっはっはっはっ、まあ、そうなるよなあ」


 数日後、執務室を訪れた浩一を迎えたのは、書類の山に埋もれていたルイスだった、

 疲れた顔を上げながらに、ルイスは大きなため息をつきながらに浩一を見る。


「多すぎませんか? 仕事」


「まあ、それだけ事業が順調に動き始めたってことだ」


 書類仕事をはじめとする雑務をルイスが引き受けてくれるようになってからというもの、浩一がより前に出張ることができるようになり、事業の進みが格段に上がった。


 実際、線路の敷設は順調に進んでおり、もうしばらくもすれば当初の目的であったエルストとブラウ間での馬車鉄道が完成するくらいまで進行しており。

 それに伴って、駅舎の建設が新規に始まっていたり。また、エルストとブラウの間でやり取りする資材の量や製作にまつわる計画などの話し合いなども進み。


 そして、それらの調整や管理がこちらに回ってきているので、浩一がひとりで回していた頃とは比にならない量の仕事が振りかかっている。


「コーイチさん、もしかしなくてもこうなることがわかってたから僕の異動を……?」


「あのときにも言っただろ? 個人的な感情はありはするけれど、それだけでは動いていないって」


 浩一自身、現状で手が回っていないのは目に見えていたので、なにがしかの対策が必要なのはわかっていた。

 だから、元々はアレキサンダーかアルバーマ男爵か、そういった人たちから誰か、事務要員として人を寄越して貰おうかと考えていたところだったのだが。そんなタイミングで、ちょうどというべきか、ルイスの自主練習を見かけることになって。


「まあ、俺だって一緒に仕事をするなら、できれば仲のいい人間のほうがいいしな」


「それは、僕もそうですけど」


 なんだか言い丸め込まれてるような気がする、と。ルイスは絶妙になんと言えない感覚に包まれながらにジイッと考え込む。


「それに、あのときも言ったけど、ちゃんと理由はあるんだぞ?」


「ああ、周りの人からの評価云々のあれですか?」


「まあ、それもそうなんだが。……あのときのレオの説明が思ったよりも大雑把だったからな」


 まあ、あれが彼の性分で、かつそれでうまくやっているのだから仕方がないことなのだろうが。

 ただ、思ったよりも浩一の伝えたかったことまでが十二分には伝わっていなかったように思える。


「まあ、早い話が。ルイスのマネージャーという仕事が、直接に人と関わり合う仕事だってのが大きい」


「えっ? そりゃあまあ、そうだとは思いますけど」


 事実、事業の調整にはそれを手動している人たちが関わっているし、人事関係など、さらに人と付き合う仕事である。


「その都合、共感性が高い人物、というのが適役になる。他者の気持ちに寄り添えて、かつ、他者からも理解を示してもらいやすい、そんな人材」


「は、はあ……」


「なにを他人事みたいに捉えてるんだよ。ルイス、お前のことだぞ?」


「えっ」


 どうやら、自覚があまりなかったらしい。拍子抜けした様子のルイスの顔に、思わず浩一は笑ってしまいそうになる。


「その点俺はそのあたりがからっきしらしい。自分では割と真っ当な方だとは思ってるんだが。風花にもマーシャにも、それは無いって言われるし」


「あはは……」


 なお、その話をしたときには風花から、賊に襲われた際のことをこっぴどく叱られた。たしかに箒から飛び降りたのは危険ではあったけど、それが最善択だったのだから仕方がないだろう。

 ……というか、いつの間にこの話が風花に伝わっていたんだ。絶対に怒られると思ったから風花には詳細は言わなかったのに。


 そんなことを、ううむ、と言葉を漏らしながらに考え込んでいる浩一の隣で、ルイスは苦笑いを浮かべながらに。

 たしかにそれはまあ、と。そう考える。口には、出さないけれど。


 そういう奇想天外な話まではまだルイスは知ってはいないものの、これまでの彼の言動を少しの期間ではあるとはいえ見ていたルイスからしてみれば、浩一が普通ではないのはわかりきっていた。

 実際、現在ルイスが忙殺されかかかっている書類仕事を。無論、当時より今のほうが増えている、というのは確実な話としておいても、別の仕事をしたあとの時間に浩一ひとりで処理していたのだから、普通ではないだろう。


「まあ、話は戻るが。そういう意味では、マネージャーとしては良くも悪くも普通な人のほうが好ましい、と俺は考えてる」


「そう、なんですね」


「とはいっても、あんまり共感性が高すぎても困るっちゃ困るんだけどな。抱え込んで離せなくなってしまうし」


 ルイスの場合は、そうなってしまう可能性がある。

 全ての人に等しく優しく接しようとするから。


「優しさも大切だが、しっかりと冷静な判断もする。そのあたりの切り替えはしっかりとするようにな」


「……はい!」


 と、そんなことを話していると。ダッダッダッタッという足音が近づいてきて。直後、バタンッ! と、大きな音を立てて、勢いよく執務室の扉が開く。


「コーイチ様! 夕餉を一緒に食べませんか!」


「アイリス様。今、ルイスと話をしているので、少し後でお願いしますね」


 突然の来訪に、冷静に対処をする浩一。そんな浩一の応対に、アイリスが不機嫌そうにむくれっ面になる。


「つーん」


「アイリス様、今は――」


 浩一はそこまで言うと言葉を濁しながら、顎で軽くルイスのことを指し示す。

 つまるところが、アイリスが今不機嫌なのは呼称が「アイリス様」で、かつ、浩一敬語で応対しているからであり。

 ただし、今はルイスがいるからいつもの呼び方はできない、と。


 そう、言葉を介さずに暗に伝え合う。


「……わかりましたわ。では、また後ほど」


 そうして突然の来訪者は扉を閉めて、そのまま離れていく。

 さて、待っているのだから早くに片付けてしまおう、と。そう思って浩一が振り返ると、そこには顔を真っ青にしたルイス。


「あの、もしかして僕、僕。アイリス様に恨まれるようなことを――」


「あー……」


 そう。先程の会話。浩一やアイリスからしてみればなんてことはないいつもの会話なのだが。

 ルイスの立場から聞いてみると「アイリスが浩一を食事に誘いに来たが、ルイスのせいでそれが失敗した」というような状況に見えているわけで。


「まあ、なんだ。ルイスが心配してるようなことはないから、安心してくれ。どっちかって言うとあの不機嫌の原因は俺だから」


「いや、でも」


「大丈夫大丈夫。恨まれてるとかそういうことは全くないから」


 不安そうな顔をしているルイスをぽんぽんと宥めながら、仕事に戻る。


「まあ、早めに仕事を片付けてアイリス様のところに行かなきゃだなぁ」


「ぼ、僕も頑張ります!」


 不安をなんとか振り払って奮起したルイスを見て、浩一は、小さく笑う。

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