#63
「失礼します!」
コンコンコン、と。ドアがノックされる。
レール敷設をして、その後に書類に忙殺されて。という日々が続いて、そろそろなんらかの対策を打たなければ、そろそろ浩一の事務処理のキャパを超えてきそうだな、なんて。そんなことを思っていたある日。
今日も今日とて夕方から、書類と格闘していた浩一のもとに、どうやら、今日の報告書を持ってきてくれた様子である。
正直、もう要らないと本音では言いたいところだが、これが無いと困るのでそういうわけにはいかない。
「あれ、今日はルイスじゃないんだね」
受け取ったのは道床作成班の報告書。だいたいいつもルイスが持ってきている――もとい、どうやら浩一のことを怖がっていないルイスが報告書提出を押し付けられているのだが、今日は別の人物が持ってきていた。
健康的な色に焼けた肌、均整のとれた筋肉質な体格。
茶けた髪を携えた、精悍な顔つきの好青年である。
「ええっと、その」
「あ、自分はレオニールです。気軽にレオって呼んでください」
「うん、わかったよ、レオ。あと、ごめんね、名前が出てこなくって」
「いやあ、しゃーないと思いますよ? だってめちゃくちゃ関係者いるわけですし。俺自身、コーイチさんと話すのはほぼ初めてなので」
レオはコロコロと楽しげに笑いながら、たしかにルイスが言ってたみたいに、そんな怖い人じゃなさそうっすね、と。そんなことを浩一に言っていた。
怖がられているという現状もある意味効果的ではあるのだけれども、なんだかんだで距離を感じたりするので、ちょっぴり寂しかったりする。
なので、こうしてルイスやレオがフランクに話し掛けてきてくれるのは、結構嬉しい。
「たしかにいつもルイスが持っていってくれるんですけど、なんか今日のルイスは疲れてるっぽかったから、代わりに俺が行くよって言って俺が持ってきたんです。もしかして、ルイスじゃないとだめとかありました?」
「無い無い、誰が持ってきても大丈夫だよ」
そもそもルイスが持ってきているのが皆に押し付けられてな側面が少しあるので、本来で言えばこうして他の人も待ってきてくれるほうが健全ではある。
しかし、少し気になることといえば、そちらよりも、むしろ。
「ルイスが疲れてたのか」
「そーなんですよ。いやまあ、俺らの仕事って肉体労働なんで、疲れるのは仕方がないっちゃ仕方がないんですけど。……って、現場に出てから、戻ってきて書類仕事までやってるコーイチさんの前で行ってもアレですね」
「いや、俺も現場に出てはいるけど、皆ほどずっと作業してるわけじゃないし。見てもらったらわかるように正直書類仕事が回ってないくらいだから」
「でも、ルイスの疲れ方はその比じゃないっていうか。このままだとぶっ倒れそうだなーって、そう思って」
それで、今日はレオが代わりに持ってくることになった、と。少しでも多く休めよ、ということで。
ここまでの経緯を大まかに振り返りながらレオはそう言うと、少し、考え込んでから。
「……あの、えっと。コーイチさん。どーにかなんねーもんなんですかね?」
「どうにか、とは?」
レオの質問に、浩一が具体性を要求する。
話の流れから大まかな言いたいこと自体はわからないでもないが、しかし、きちんと彼の口から聞いておきたい。
「いや、その。なんていうか、こう言ってしまうとルイスに対して失礼な気がしなくもないんだけど。ルイスってたぶん、この仕事に向いてないんですよ」
少しやりにくそうな表情をしながら、レオはぽつぽつと話を続ける。
「俺、結構ルイスと一緒にやることが多かったりしたから、アイツがめちゃくちゃ頑張ってるのは知ってるんですよ」
ビーター搗きはタイミングを合わせてやる必要がある都合、よく一緒に作業をしたりする何人かの組ができているようで、ルイスとレオはどうやらそういう関係性でもあるらしかった。
ただ――、
「こういう言い方をしちゃうとアレなんだけど、ルイス、下手なんですよ」
頑張っている、と。結果が出る、は。必ずしも直結はしない。
そして、その残酷な側面を。ルイスはその身に受けている。
「もちろん、俺とルイスとでは体格差があるとか、そういう事情もあるにはあるんですけど。ただ、それだけじゃないっていうか」
ルイス自身はどちらかというと浩一のようにあまり筋肉質な体躯ではないため、そういう意味でもがっしりとしたレオとは差が生まれてくるが。しかし、ここでレオが指摘しているのはそれに限ったところ、というわけではなく。
「……根本的なところ。そもそもの、センスのところであまり向いていない、ということだな」
もちろん、これについてはずっと練習をしていけば。人によって程度の差はあれど、それなりに身についていくものではある。
だが、その程度がどれほどなのか。また、身につくまでにどれだけの時間を有するのか。それは、人によってまちまちであり。そして、
「このままだと、そうなる前にルイス自身の身体が壊れかねない、ということだな」
「……そうなんです」
やるせない表情で歯を噛むレオ。
「アイツは、すげー頑張ってるんですよ。遠方からの参加だからって周囲に置いていかれないために全員の顔と名前をちゃんと覚えて、いろんな人に話しかけて、ちゃんと自分のことを知ってもらって」
これに関しては、レオの言うとおりである。ルイス自身は自分のそれを凄いと評すことはないだろうが、到底簡単にやれることではないし、その裏にはとてつもない努力が必要である。
それも、なにも交流がなかった状態から始めたとなれば、なおのこと。
「そのうえで、与えられている自分の仕事もしっかりとこなそうと努力してて。……俺も、ルイスとは別んところだけど、遠いところから来てるから最初はあんまり馴染めなかったのを、ルイスが仲介してくれて、いろんな人と交流できるようになったし、ちょっとした諍いが起こったときには間に入って仲裁してくれたりもするんすよ」
こうしてレオがルイスを庇おうとするその姿勢自体には、おそらくそういう助けてもらった経緯があるから、ということもたしかにあるのだろう。
だが、それを抜きにしても。たしかにルイスという人物のひととなりがなければ、ここまでになるとも思えなかっただろうとも、そう思う。
努力だけなら、誰でもやれるし、ルイス以外にもやっている人はいるだろう。
だけれども、その努力が実を結んでいないにも関わらず、レオという紛うことなき他人から認められて。そして、その努力を潰さないように言ってくるというのは、ただ頑張っているから、のそのひとことでは評せない。
「俺、バカだから。どうやったらルイスのためになるかとか、そういうのわかんないんです。でも――」
「わかった」
「……えっ?」
レオのその言葉に。浩一は、そう肯定で答えた。
「俺の方から、ルイスにひとつ提案をしてみる。もちろん、それを受けるかどうかは彼次第ではあるが」
「ほ、ホントですか!?」
「わざわざ嘘をつく理由がないだろう。……まあ、これに関しては俺自身も思っていたことがあるし」
レオがルイスを庇ったことに、個人的な感情があったのと同じように。浩一としても、ルイスに好い感情を抱いている。
職権の私的な利用と言われればたしかに間違いはないが。しかし、個人的な理由に加えて、きちんとした合理があるのであれば、多少ならば問題はないだろう。
どのみち、どちらもそのうちには対処しなければならない問題だったし。
「ああ、あと。ルイスが極端に疲弊している理由には心当たりがある」
「……えっ?」
「レオ。今晩の予定は空いているか?」