#61
「……うーん、どうしたものか」
今日の作業を終え、改めてフィーリアから受け取った進捗報告などを机に広げながらに、浩一は悩んでいた。
人手が、足りない。
無論、アレキサンダーたちが斡旋してくれたおかげもあって、作業に携わってくれている人たちはたくさんいる。だから、こちらについては実はそこまで人材が不足しているというわけではない。
不足しているのは、浩一たちの方である。
「レールの敷設、となると。そっちに俺が回らなきゃならなくなるのは確定だよなあ」
こればっかりはどうしようもないことではある。
レールの敷設の指揮を取れるのが浩一しかいない都合、そちらを進行させていくとなると、浩一がそちらに行かなければならない。
それはつまり、浩一が道床作成から外れる、ということと同義である。
もちろん、ここまで作業をみんなで進めてきているために作業がわからずに滞る、ということは起こり得ないだろう。
ついでに、浩一について謎の勘違いや噂が流れている都合、下手にサボろうという手合も起きにくい。
いずれは線路の敷設自体はレアケースであっても、保線自体は事業として維持しなければならない都合、浩一がおらずとも作業ができる環境を作る必要はあるし。
そういう意味では、浩一が離れたからといって作業に問題が起こるわけではないし、起こるようにしていてはいけないわけなのだけれども。
ただ、懸念があるのはそちらではなく。
「現状だと、道床作成の方に進捗管理ができる人物がいなくなる、ってことだよなあ」
無論、ひとしきり作業を終えてから浩一が向かう、ということもできなくはないし。あるいは浩一がレール敷設に携わっている間、アイリスにこちらを任せるという手もなくはない。
だが、前者ではどうしても各種行動が一手遅れることになるし。後者については、アイリスの身になにかあったときにすぐ行動できたり、浩一自身の立場の問題なんかもあるため、なんだかんだでアイリスが浩一の近くで行動している方が都合が良かったりする。
後々のことを考えると、誰かをその役目として起用していくというのが好いのかもしれないけれども。さてそれを誰にするのか、というのもひとつの問題だし。それに、
「そもそも全体の進捗管理についても、フィーリアの助けがあるとはいえ、あんまりうまくいってるとは言えないよなあ」
なにより、現状では浩一が作業の戦線に出ざるを得ないために、諸々の管理がどうしてもやや疎かになりつつある。
ひとしきりその日の作業が終わってから、こうして上がってきた報告をまとめる作業が発生している現状が、まさしくそうであるように。
ううむ、と。目の前に積み上がっている問題に、浩一が少し唸っていると。コンコンコン、とドアがノックされる。
「はい、どうぞ」
「失礼します!」
青年にしてはやや高めな声でそう挨拶が為され、ガチャリと扉が開かれる。
「いらっしゃい、ルイス」
「コーイチさん、今日の報告書を持ってきました!」
朗らかな笑みを浮かべながら、茶髪の青年――ルイスが紙束を抱えながらに入ってくる。
年齢としては浩一と同じか少し下くらいでの青年で。少し幼さの残った顔つきに、元気さが相まっている。
「ありがとう、そこの机の上に置いておいて」
「はい、わかりました! ……って、これ。もしかして全部仕事ですか?」
「まあ、うん。そうだね」
正確にはこれ自体が仕事というよりかは、これを整理して管理できる状態にしておく、のが仕事ではあるか。
無論、たった今ルイスが持ってきたそれも、仕事の対象である。
「あの、コーイチさんって、たしか僕と一緒でビーター搗きやってますよね?」
「うん、そうだね」
ルイスは道床作成に携わってくれている人のひとりであり。そのため、浩一やアイリスが同じくその場で働いているということを知っている。ちなみに、彼が持ってきた書類も、道床作成に関する報告書。
そのため、ルイスは浩一が既に今日の肉体労働をやっていることを知っており。つまり、目の前の浩一は、その上でまだ書類整理という仕事を行っていることになる。
ルイスからみても、浩一はさほど歳が離れた人物というわけではない。そんな彼がとんでもない仕事量を捌いているということを目の当たりにして、思わず息を呑む。
「そ、その。僕もなにか手伝いましょうか?」
「あー……気持ちはありがたいんだけど。今は大丈夫かな。むしろ、明日の仕事に向けてしっかりと身体を休めておいてくれ」
「ありがとうございます。でも、それを言うならコーイチさんも休めてます?」
「……まあ、それなりには」
どうにも浩一の歯切れが悪い。たぶん、満足には休めていないのだろう。
だが、それでも彼が休めていないのは、浩一が手掛けている範囲が広すぎるからであろう。
「もう、しっかりと休んでくださいよ? 大変な仕事なのはお互い様なんですから。……って、コーイチさんのほうがもっと大変なのか」
「そんなこともないと思うけど。まあ、俺の方はそろそろ別のことに携わらなきゃなんだが」
「そういえば、道床? ってやつを作って終わりってわけじゃないんですもんね」
ルイスも、事実上の下働きであるとはいえ、大まかな計画の目標なんかはキチンと聞いている。正直、その話の規模には大きく驚いたし。それを手動しているのが目の前にいる、自分とそれほど歳の変わらない青年であるということにはそれはもう目が飛び出るかと思った。
だから、最初でこそどんな人が出てくるのだろうかと思ったら、思っていたよりもずっと優しくて、けれどやっぱり頼りになる人であった。
周りの人なんかは彼がアイリスを従えているという状況から怖がったりしているものの、たぶん、そんな悪い人ってわけじゃなくて、単純にアイリスが浩一に協力しているのだろう、と。ルイスの個人的な所感ではあるが、そう思っている。
この計画自体に彼女の兄であるアレキサンダーも関わっているみたいだし。
ルイスがそんなことを考えていると、目の前の浩一はペラペラとルイスの持ってきた報告書に目を通していた。
……ちなみに、ルイスが持ってきているのは、他の皆が浩一のことを怖がっているために代表して持ってこさせられているという側面もあるが。とはいえ、特段浩一を怖いとも思っていないし、ついでに、歳が近いこともあって仲良くなれたらいいな、なんて思ってるルイスとしては、ちょっと都合のいい話であったりする。
まあ、現状の関係性自体は完全な上司と部下、あるいは雇用主と労働者なので、果たして友達という関係性になれるのかはわからないけど。
「へぇ、今日は結構こっち側の作業進んでたんだな」
「はい! ゲオルグさんたちが躍起になって作業してて。それに触発されたルーカスさんやマックさんたちが半ば競争みたいな感じでやってて。……あっ、でもその後でちゃんとロイドさんが仕上がりのチェックしてるので、出来に問題はないです!」
「よく覚えてるな、みんなの名前。……いや、俺も全く覚えてないわけじゃないんだが」
人数が多いこともあって、浩一も名簿には目を通しているものの、まだ全員の顔と名前が一致しない。ルイスみたいに、よく話しかけてくれる人ならば覚えているのだけれども。
「あはは。でも、それくらいしか僕にやれることはないかなーって思って。ほら、僕、遠方からの参加組なので、ちゃんとみんなの名前を覚えておかないと」
なるほど、たしかにそれは道理だろう、と。浩一は納得する。
「それに、僕はまだまだビーター搗き、下手っぴなので」
「まあ、それはみんな初めてなことだし、仕方ないことだも思うぞ? 人によって習熟の速さは違うものだし」
「でも、お仕事ですから。ちゃんとしっかりやれるようにならないと! ただでさえ、皆さんからしたら僕は外から来た人なんだから、足は引っ張らないように」
そうして、グッと手を握りしめ、力を込めながらに彼はひとつ、宣言をする。
「もっと、頑張らないと!」
「まあ、無理しない程度に、ほどほどにな……?」