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#60

 線路作り、もとい道床作りは想定よりも順調に進んでいた。

 人数の力というものは偉大なもので。無論、人が倍になったからと言って作業の進行度合いが倍になるというほど単純なものではないが。しかし、多さは即ち速さに繋がる。


 アルバーマはもちろん、他の領地からも人材を募ったということもあってか、十分な人材を確保できていたために、道床の制作は好いペースで進んでいた。


「まあ、多いことで問題が起こってないわけじゃないんだけども」


 ある意味では贅沢な悩みではあるのだが。しかし、人が多いとその分だけ、指示や指導が行き渡らなくなる。

 また、多種多様な人物が。特に今回の場合は出身についても、多くの人がアルバーマ出身ではあるものの、それ以外の人も多数混在していて。それ故に、文化圏の違いによる認識の差があったりする。


 そのため、指揮が十分ではない、という欠点がどうしても抱えてしまっている。


「コーイチ様、次はこちらですわ!」


「……わかった、今行く」


 アイリスが浩一を呼ぶ。浩一はビーターを手に持ち、彼女がいるところへと向かう。

 これについても別な意味での悩みではある。アイリスの。おそらくしっかりと手入れされているであろう肌が汗と土とで汚れており。しかしながら、その顔は笑顔そのもので。


 王女が肉体労働をしている、という目の前にある奇妙な状況に。浩一は苦い顔をする。

 アイリス本人は問題ないと言っているが、怒られないかが凄く怖い。

 とはいえ、相当な理由でもなければ止まらなくなっていたアイリスを、浩一やフィーリアが止められるわけもなく。こうしてアイリスは浩一の隣で楽しそうにビーターを振るっていた。


 アイリスは浩一を呼びつけてから、手近にいた他の作業員をふたり呼んで。4人で枕木の横に立つ。

 近くにいてしまったがために呼ばれてしまい、明らかに緊張しているふたりの作業員に同情しながら。浩一はアイリスと。そしてふたりの作業員とで組みになって、枕木を挟み込むようにして立つ。


「せーの!」


 ザグッ、ザグッ。


 アイリスの音頭に合わせて、4人それぞれがビーターを胸辺りまで振り上げてから。タイミングを揃えて、枕木の近くへと狙って振り下ろす。


 ビーターはツルハシ状の道具ではあるが、その先端はヘラのような形状をしており。これで枕木の下にバラストをしっかりと敷き込むと同時に、しっかりと搗きかためて枕木を固定していく。

 枕木自体は、基本的には釘なんかで地面に固定できるわけではないので、動かないようにこうやってしっかりとバラストで固定してやる必要がある。


 単純そうな作業ではあるが、これがなかなかに難しい。浩一も知識こそあれど、もちろん経験などあったわけではないので、最初の頃は狙ったところにビーターを振り下ろすのもひと苦労ではあった。というか、今でもたまに失敗する。


 なんだったら、このビーター搗きかためについては、現在ではおそらく浩一よりもアイリスのほうが上手い。というか、作業員全体で見ても、アイリスは上位に入るほどではある。

 最初こそアイリスはかなり力いっぱいにやっていたために仕上がりが微妙であったが、どのくらいの加減でやればいいのか、ということを途中から把握してきた様子で。元の身体能力の高さも相まって、しっかりと狙ったところにビーターを振り下ろせている。


 アイリスがこうして手伝ってくれること自体が問題がありそうな気がすることは事実ではあるものの。しかし、作業の戦力としては紛うことなき一線級であり、ありがたいというのもまた事実ではあった。


 それに、実はその他にも。アイリスが手伝ってくれていて浩一が助かった点もある。


 アレキサンダーやアルバーマ男爵が人材を斡旋してくれる際に、その人たちについてある程度は彼らが目通ししてくれているために、あまりにも態度がひどいという人は少ないのだが。しかし、人が多いという都合もあって、そこにいる人たちの性格も多種多様。

 加えて、監督者である浩一は年齢にしても20やそこら。見た目からしてもわかりやすく若輩である。

 それ故に、浩一の言うことをあまり素直に聞こうとしない人もいるし、わかりやすく反抗こそはしないものの、手を抜いたりサボったりというような跳ねっ返りを見せてくる人間もいた。

 ただ、そういった態度を見せていた者も最初だけで。その監督者の浩一の隣で自分たちと同じように作業をしている女性が王女であるアイリスであると知って豹変。


 アレキサンダーがこの仕事を斡旋していたことはこの場で働いている人のほとんどが知っていること。そして、アイリスはそのアレキサンダーの妹である。

 つまり、彼らからしてみればアイリスの存在がアレキサンダーからの間接的な監査として見えていることだろう。実際は、そんな実情微塵もないし。どちらかというとその立場にあるのは浩一なのだが。


 そういった都合もあって。今ではみんな、かなり素直に指示に従ってくれている。思わぬ副産物ではあるが、助かっているのは事実だった。


 まあ、おかげさまで。というか、そのせいで、というか。

 その王女であるアイリスを肉体労働に従事させているあのコーイチとかいうやつはいったい何者なんだ。というような、なんとも言い難い噂や推測なんかが作業員たちの間で飛び交って。おかげさまで浩一についても彼らからそこそこに距離を置かれてしまっているような感じがしているのだけれども。


 ……まあ、浩一自身が舐められてしまって、進捗が芳しくなかったり、仕事を雑にされてしまうよりかは余程いいだろう。


 そんなことを考えながらに、浩一がアイリスたちと一緒に、ザグッ、ザグッとビーターを振るっていると、ちょうど上空を1本の箒が飛んでくる。


 視線を遣ると、どうやらフィーリアがやってきたようだった。


 浩一とアイリスが一緒に作業をしていた人たちに断りを入れてから、使っていたビーターを持ちながらに道床から離れてフィーリアの方へと向かう。


「コーイチさん、アイリス様!」


「フィーリアさん、今日もありがとうございます」


「いえいえ、これが私の仕事なので」


 そう言って、フィーリアは各方面での報告をしてくれる。

 フィーリアの本来の仕事は、浩一たちの鉄道事業についてを、アルバーマと繋ぐ窓口役なのだが。しかし、現在では連絡役をかって出てくれている。


 というのも、浩一や風花は知識要員として前線に出ざるを得ず、マーシャも同様。

 アイリスと道床作りに浩一と一緒にあたっているということもあって、全体の状況を把握しつつ連絡を回せる人物が浩一たちの側にいない。


 強いて言うならばアイリスがそちらに回れなくもないのだが。なんだかんだで浩一のそばにいるほうが都合がいいこともあって。結局、人手が足りていない。


「……私がアイリス様のようにこちらを手伝えればよかったんですけど」


「いや、そういう問題じゃないんですけどね?」


 なぜか変な方向に思考が逸れているフィーリアに浩一がツッコみつつ、話を戻す。

 フィーリアも紛れもない、男爵令嬢。貴族である。そんな彼女が肉体労働をするとなると、これもまた話がややこしくなりかねない。……いや、王女であるアイリスがしている時点で既にかなりややこしくなっているんだけれども。


 ひとまず、フィーリアからの進捗報告を受け取りつつ。とりあえず各方面、多少のトラブルこそあれど、そこまで問題はなく進んでいる様子ではある。


 特に、ある程度の試作段階ではあるものの、マーシャたちが貨物車を仕上げた、というのは好い知らせである。

 現状はバラストや枕木などの必要な材料を人力で運搬しているが。レールさえ敷設してしまえば、貨物車を使って材料の輸送が可能になる。

 そうなれば、今以上に作業の進みがよくなるだろう。


「ということは、今度はレールの敷設ですのね?」


「そう、なりますね」


 アイリスのその質問に、浩一はコクリと頷く。


 頷きはしたが、それと同時に。うーむ、と。少し、考え込んでいた。

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