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#59

「人数の力ってすげえよなぁ……」


 しみじみとしながら、浩一はそうつぶやく。


「っと、そんなこと言ってないで。俺も仕事するか」


 進捗状況をひと通り確認した浩一は、手近に置いておいたビーターと呼ばれるツルハシ状の道具を手に持って立ち上がり、作業現場に向かう。


 現在、線路の敷設中。風花の作ってくれた地図と土地勘のあるフィーリアのおかげもあって、エルストとブラウを結ぶ線路を通す道の検討はすぐに決まり。そして、ある意味では早速。ある意味ではついに、線路の敷設という段階に進むことができた。


 そして、作業服を身に着けた浩一は現在、その敷設作業に携わっている。


 無論、一番に知識がある人物であると同時に、それゆえに前線で指揮と指導を行えるのが浩一しかおらず。浩一が出るしかなかったというのも理由の一つなのだが。

 浩一がこうして作業の最前線に出てきているのには、もう一つ理由があった。


「コーイチ様、今日も頑張りましょうね!」


「…………」


 浩一の隣にやってきた、作業服の女性。

 綺麗なブロンドの髪を、邪魔にならないように後ろでひとつに結んだアイリスが、ビーター片手に笑いかけてきていた。


(やっぱりそのうち、なにかの罪に問われるんじゃないかなあ……)


 そんなことを言い始めると、そもそも王女を移動手段(あし)として使っている時点で十分に不敬なのだが、今回ばかりはアイリスにしかできないことというわけでもないし。他の人も関わっているため、言及された場合になにも言い返せなくなる。


「さて、今日も頑張って道床を作っていきましょう!」


 現在、浩一とアイリス。そしてその他大勢の作業員たちは、線路作り。その、下地となる道床作りに励んでいた。

 主な作業としては、バラストを搗き固めて、枕木を固定する。……つまるところがドシンプルに肉体労働であり。


 それを王女が行っている、という。なんとも奇妙な光景が、浩一の隣で巻き起こっているのである。






 少し、時は遡って。線路を通す位置の検討が終わった頃。


「よし、これで大丈夫そうだな!」


 地図上に記入された線路が、たしかにエルストからブラウへと繋がったことを確認して、浩一が安堵の息を漏らす。


「フィーリアさんのおかげで、助かりました」


「いえいえ、私なんて少し補足をしていただけで、ほとんどフーカさんの地図通りになりましたし」


 フィーリアがそう謙遜しながらに言う。

 たしかに風花の地図は非常に優秀で。おかげさまで、あらかじめ地図上で検討していたルートとほぼ違いないルートを通すことになった。

 ただ、それでも一部は変更することになったりもしたし。そうでなくともそのルートで問題ないかの検討については、やはり土地勘のあるフィーリアの存在が大きかったのは間違いない。


「コーイチ様、私も頑張りましたの!」


「アイリス様も、ありがとうございます」


 基本的には浩一の移動の補助を行っていたアイリスではあるが、こと今回の作業において、この移動の補助というものはとてつもなくありがたかった。

 各地の確認を回る際の移動はもちろん、箒が三次元的な移動ができる都合、高所からの俯瞰なども可能で。おかげさまで想定よりもずっと速くに行程が進んでいた。


「あとは、この地図通りに線路を敷設していくだけだな」


 だけ、とは言いつつ。この作業がとんでもなく大事で、かつ、大変ではあるのだが。

 線路には鉄道車両の足回りを直接に支えていく都合、ここの作りが甘くなってしまっては、安全性に直接関わってくる。

 かつ、線路の長さの分だけ作業が生じるので、必要になる作業量についても同様に膨大となる。


「まあ、作業自体は技術は必要ではあるものの、製図ほど専門性は高くないから、ある程度の人海戦術は使えるだろうけど」


 実際、線路敷設の作業についてはアルバーマ男爵からは人員の投入について協力の話がついているし。同時に、アレキサンダーからも他の領からの臨時での人員補充の話をされている。


 曰く、そろそろ他の領に対しても鉄道事業についてを大きく公開しておくべきだろう、とのことだった。


 ここまでは事業についての展望があまり見えない状態だったが、馬車鉄道という実際のものとして出来上がってくる以上、どこからか話が湧いて出てくる。

 そうしたときに鉄道事業とアルバーマ領との変な繋がりを勘繰られてあることないことを言われてしまっては、それこそ下手な弱みになりかねない。

 だから、これから事業が大きく動き出す、というタイミングで。ハッキリと、アルバーマ領で実験的に行うということを宣言して。かつ、他の領にもそれに関われる機会を用意すべきであろう、と。


 無論、なぜアルバーマ領を選んだのかについてもキッチリと理由を提示する必要はあるが。これに関しては比較的王都からも近い領で、なおかつ高品質な金属産業が成立しているから、というちゃんとした理由があるので問題ない。


 隠していた隠していなかった、ではなく、知らなかった、ということが直接の疑念に繋がりかねないため。こうしてキチンと広報していくことが必要だろう、というのがアレキサンダーの談。

 そしてそのひとつの手段として、王国全体からの労働力の募集であった。

 もちろんそのぶん多めに経費などもかかりはするものの、募集自体が広告になる上に、作業に必要な労働力の確保もできる。


 まあ、実際のところは、まだ鉄道というものが出来上がっていないという都合や、アルバーマ領から遠いところからの志願者が少なくなるといった理由で、めちゃくちゃに大量というほどの人材が集まったわけではないが。とはいえ、少ないとはいえ遠方から参加している人もいるようで。各領ともに「知らなかった」というテイはとれないだろう、とのこと。


 さすがはアレキサンダーである。やはり抜かりないというか、なんというか。


「そういえば、その作業って。人手がいるんですわよね?」


「えっ? ああ、そうですね。現状では指導と指揮を取れるのが俺しかいないので、多すぎても手にあまりはするんですが。とはいえ、線路の長さだけ作業があるので、ある程度は多いに越したことはないですね。俺も作業に関わる予定ですし」


 あまり力仕事の類が得意というわけではないが、とはいえ知識だけとはいえなにをするべきなのかを理解している浩一が、少なくとも最初は出張る必要がある、と。浩一がそう説明すると、どうしてだかアイリスがキラキラと目を輝かせていた。


 そんな彼女の様子を見て。浩一は、なぜだか。猛烈に嫌な予感がして。

 アイリスが放とうとした言葉を遮ろうとしたものの。しかし、浩一の抵抗も虚しく。アイリスのほうが先に、口を開く。


「私も、手伝いますわ!」


「……は?」


「……え?」


 アイリスの言葉に、浩一とフィーリアが素っ頓狂な声を出す。


「あの、えっと。アイリス、様? 手伝うって言っても、これ、思いっきり肉体労働なんですけど」


「もちろん把握していますわ! 安心してくださいませ、パワーには自身がありますの!」


 それは、知ってる。なんなら浩一なんかよりもずっと力が強いことも知ってる。

 ただ、それとこれとは話が別。というか、そういう問題じゃないというか。


「ですから――」


「コーイチ様、私、頑張りますね!」


 あ、これ、だめなやつだ。と、浩一は悟る。

 いちおう助けを求めてフィーリアの方を見るも、彼女も小さく首を横に振っていた。


 ……まあ、浩一が基本彼女の横にずっとついていれば、下手なことは起きないだろうし。有事の際は浩一のクビが吹っ飛ぶだけでなんとかなるだろう、と、


 どうやらもう譲る気はないらしいアイリスを見て、浩一は小さくため息をついていた。

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