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#58

 浩一はコルク栓をふたつ手に持つと、太くなっている側を繋ぎ合わせるようにして接着する。


「かなり模式的なものにはなるけど、これが車輪だと思ってほしい」


 ちょうど、車輪と同じく外側に向けて窄んでいる形になっている。

 フランジや車軸なんかの再現はできていないが、車輪が外窄みになっている理由を見せるだけなので、このモデルで十分だろう。


「ついでに、窄んでいない形の車輪だとどうなるかを確かめるために、紙で筒を作っておくか」


 まあ、これに関してはわざわざ実験して見せるまでもないだろうけど、と。浩一はそう呟きながら、コルク栓の幅と同じくらいに紙を切り、クルリと巻いて紙の筒を作る。


「あとは、紙を折り曲げてレールの代わりにしておく」


 それらを車輪モデルの幅よりもいくらか小さくなるようにして机の上にセッティング。

 真っ直ぐになっているところと、右曲がりのカーブになっているところができるようにして固定をする。


「さて、これで準備ができたわけだが。それじゃあ質問。この紙の方の車輪モデル……つまりは窄んでいない車輪をこのレールの上に乗せて転がすと、どうなる?」


「ええっと。そのまま真っ直ぐに転がっていって、カーブのところで落ちるのでは?」


 アイリスの答えに隣でマーシャも頷く。

 浩一は「そうだな」と言いながら、実際に転がしてみせる。


 紙の車輪モデルは、直線区間は最初の角度のままでコロコロと転がっていき。カーブの区間に差し込んでも、そのまま真っ直ぐ。

 次第にレールが右に曲がったことにより、車輪の右側がレールとレールの間に落ちて、そのまま脱輪。


「と、予想してもらったとおりの結果になったわけだ。……まあ、ただの紙の筒を転がしてるだけなんだから、そうなるのは当然なんだが」


 実際には、この車輪の内側にはフランジがついているために、それらによって落ちることはなく、強引に曲がることができる。……が、返して言うならばカーブするための力を全てフランジに任せることになってしまう。ということにもなる。


「それじゃあ、今度はこっちのコルク栓で作った方のモデルだ。こっちを転がすと、どうなると思う?」


「内側の方が大きくなっているので落っこちにくくなってるって感じですの?」


「アイリちゃん、それならフランジがついてるのと大差がないことになっちゃう」


「たしかにそれはそうですわね。コーイチ様がわざわざそんなことを聞いてくるとは思えませんし……」


 アイリスとマーシャは言葉を交わしながらに、ぐぬぬ、と考え込む。

 わざわざ対比をしているのだから、なんらかの理由はあるはず。だけれども、それがわからない。


 アイリスはしばらく悩みに悩んだものの、結局なにも思いつかなくって「お手上げですわ」と、白旗を揚げた。

 マーシャも同じく、という様子だった。


「それじゃ、実際に見てもらおうか」


 浩一はそう言いながらレールの上にコルク栓の車輪モデルを置いて、そのまま転がす。


 直線区間では当然ながらに紙の車輪モデルのときと同じく真っ直ぐにコロコロと転がっていき。そして、カーブ区間へと差し掛かる。

 紙の車輪モデルでは、そのまままっすぐ転がっていって脱輪してしまった、レールのカーブで。


 クイッ、と。


 コルク栓の車輪モデルは、ひとりでにカーブに合わせて向きを右向きに変えた。


「えっ!?」


「なにがおこったんですの!?」


 突然に起こったその現象に、マーシャとアイリスが目を剥く。


 マーシャもアイリスも、当然車輪には触っていない。

 浩一も、最初に転がすために力を与えただけで、それ以降は触っていない。


 だれも、車輪モデルに干渉していないはずなのに。勝手に曲がった。

 そんな不思議な現象を、ふたりは目の当たりにした。


「なにが、なにが起こったんですの!? コーイチ様、もしかして見えないくらい細い糸で引っ張ったりしていましたの?」


「してないしてない。疑うなら、触ってみていいよ」


 浩一が車輪モデルを手に取り、アイリスに渡す。

 彼女はそれを入念に確かめてみるが、当然なにも仕込まれていないのでなにも見つからない。

 そしてそれを再びレールの上で転がしてみると。やはり、カーブに差し掛かると勝手に曲がる。


「なんで曲がりますの!?」


 確かめたことにより、余計にタネも仕掛けもなかったことが判明して、アイリスがさらなる疑問符を頭の上に浮かべる。

 そうして騒いでいるアイリスの隣では、マーシャはジッと机の上の車輪モデルを見つめながらに考える。


「……さっきのときとの違いは、素材と、それから形。でも、コルクだから曲がるってのは道理に合わないし、そうだとするとただのコルクの円柱でも曲がることになっちゃって、それはおかしい。……となると、曲がった原因は素材じゃなくて車輪の形なわけで」


「いい考察だ、マーシャ。別に、素材はなんだっていい。外窄みの形になってるもので手近なものがコルク栓だっただけだから、この形さえ作れれば紙で作ろうが鉄で作ろうがなんだっていい」


 浩一の言葉を聞いてマーシャが頭を上に向ける。

 そんな彼女に向けて、ひとつヒントだ、と。そう切り出す。


「カーブに差し掛かったとき、車輪とレールとの接触部がどうなってるかを考えてみるといい」


「車輪とレールとの、接触部……?」


 マーシャはアイリスから車輪モデルを受け取ると。転がさずに手で持ったまま、レールの上を移動させていく。


「直線のときは、当たり前だけど同じ円周が接触してる」


 ひとつひとつ確認しながら車輪モデルを動かしていき、直線区間を抜けてカーブへと。


「カーブに合わせて動かすんじゃなくて、そのまままっすぐ動いた前提で少し動かしてみな」


「わかった」


 浩一のアドバイス通り、マーシャは車輪をまっすぐに動かす。


「レールが右曲がりだから、車輪に対してレールは右にズレる。から、直線のときと違って接触部が変わるのか」


 マーシャはそのまま一度レールの上に車輪モデルを置いてみる。


「あれ、傾いてますわね?」


 置かれた車輪モデルを見て、アイリスがそうつぶやく。

 たしかに、少しではあるが傾きが生じている。


 車輪に対してレールが右にズレた結果、左の車輪はやや膨らんだ位置が、右の車輪は窄んだ位置がレールと接触することになったため、左右の高さが変わったのだ。


「この傾きで曲がったってことですの?」


「いいやを惜しいところまで来てるが、傾きで曲がったわけじゃない。もっと明白な理由で曲がってる」


「むう、難しいですわね」


「ただ、着眼点はすごくいい。……具体的には、なんで傾いているのかが大事なんだ」


「それは、左側は太いところで、右側は細いところでレールに乗ってるからですわよね?」


「……そっか。そうか! たしかにこれならカーブで曲がれる!」


 パチンッと。顔を明るくしたマーシャが手を打ち鳴らす。

 どうやら気づいたらしい。


「マーシャちゃん、私にも説明してください!」


「わかってるわかってる。ええっと、ちょっと待ってね」


 アイリスからの催促を受けて、マーシャが車輪モデルを手に取る。


「ねえおにーさん。このコルクに印ってつけていい?」


「ああ、説明しやすいように勝手にイジってくれて構わない」


 浩一から許可を受けたマーシャは、先程傾いてレールの上に乗っていたときの位置に印をつけて、そのままその印を通る円周にクルリと線を引く。


「右の車輪と左の車輪は車軸で繋がってるから、どっちかが一回転するとき、もう一方も一回転するの」


 今回の車輪モデルは車輪こそついていないものの、左右がともに接着されているために同じくの挙動を取る。


「でも、一回転したときに左右で同じだけ進むとは限らない」


「そう、なんですの?」


 アイリスの疑問に対して、マーシャはさっき書き入れた円周を指し示す。


「この円周が、一回転したときに進む長さ」


「そうですわね?」


「でも、円周の長さが左右で違う」


「……あっ」


 外窄みの車輪なので、内側に近いところで接していた左の車輪はより太いところ。つまり、円周の長いところでレールと接しており。逆に右の車輪はより細いところ。すなわち円周の短いところでレールと接している。


「だから左の車輪だけより前に進もうとする。でも、両方の車輪は車軸で繋がってるから」


「……右に、曲がる」


 たったこれだけ。これだけのことが、勝手に曲がった車輪のその仕組みだった。


「これ、もしかして直線部分でも、向きがズレてたら修正ができる?」


「よく気づいたな、そのとおりだ」


 細かな円周の長さの差により、常時向いている方向の逆向きに方向が修正されていくから直線への侵入角度がズレていても、勝手に真っ直ぐに戻される。

 この車輪の形には、そういう仕組みが組み込まれている。


「まあ、実際にはこの外窄みの形状だけでは、カーブの曲がり具合や速度次第では慣性力なんかで曲がりきれないこともあり得たりはするが。だが、その際にはフランジが手伝ってくれる」


「だから、外窄みで、内側にフランジって形になってるんだね」


「ああ、そのとおりだ。これで疑問は解けたか?」


「うん、完璧! 明日、ガストロさんたちにも説明できる!」


 グッ、と、マーシャは元気よく親指を突き立ててそう言った。

 他のことは大丈夫か? と、浩一が確認すると。今はとりあえず大丈夫、とのことだった。


「ありがとね、おにーさん! それじゃ、私は明日に向けて寝てくる!」


「ああ、おやすみ。マーシャ」


「おやすみなさいませ、マーシャちゃん!」


 そう言って、浩一とアイリスが退室しようとするマーシャを見送ろうとすると。扉の前で、マーシャがパタリと足を止める。


「アイリちゃんも、自分の部屋に戻ろうね?」


「……へ?」


「おにーさんも明日早いんだから、邪魔しないようにしないとね!」


 マーシャはそう言うと、アイリスの身体をガシッと掴んで、そのまま部屋の外に連れ出していく。


「待ってくださいマーシャちゃん! 私はまだ、私はまだ――」


「ほら、特に用事もないんだし。さっさと帰るよー。おにーさんも夜更しししないようにね!」


「マーシャちゃーんっ!」


 抵抗虚しく、マーシャによって連行されていくアイリス。

 まあ、たしかにアイリスは最初浩一になにか用事があるというよりかは、なにかしらを主張したくてこの部屋に常駐していたから、マーシャの言うとおりではあるんだろうが。


「えっと、ふたりともおやすみ……?」


 突然に巻き起こったその状況に、浩一はやや困惑気味に、そう見送るしかできなかった。


 いったいなにがどうしてもこうなったんだ? と。現状があまり飲み込めていなかった浩一だったが。


「……とりあえず俺も寝るか」


 まあ、いいか。なにか問題が起こってるわけじゃないし、と。たぶん、少し眠かったこともあって。思考を放棄した浩一は。

 急に物静かになった部屋の中、マーシャに言われたとおり、ベッドに向かうことにした。

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