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#57

 マーシャは、設計図の足回りを指差しながらに、そう言う。


「なるほど、車輪の形状か」


「うん。なんでそうなってるのかが、なんとなーくわかるところもあるんだけど、さっぱりなところもあってさ」


 マーシャはにへらっと笑いながらにそう言う。

 たしかに、なぜそうなっているのか、ということについて。この設計図の紙面上からだけではわかりにくい点があるのはそのとおりだろう。


 そういったところを「なぜそうなっているのか」という疑問でおいて置くわけではなく、しっかりとその理屈を理解して疑問を解消しようとしてくれるあたり、やはりマーシャなのだなあ、と。そう感じる。無論、いい意味で、だ。


 浩一は解説をしやすいように、動輪だけの設計図を別紙に描き写す。

 車輪を繋ぐ輪軸、そしてその両端には今回マーシャが疑問に思っているふたつの車輪。

 大まかな形状としては、内側には帽子のツバのように、ぐるりと一周の出っ張りがついており。それ以外の部分については、外側に向かうほど、少しだけ細くなるようにして、外窄みになっている。


 描き写している間、マーシャにはコルク栓を取ってきてもらう。車輪の形状と同じく、片側のみが窄んでいる形のものをふたつ。


 そんなことをしていると、どうやらメンタルが回復したらしいアイリスも、同じく説明を聞くために浩一たちの近くに寄ってきていた。

 コルク栓を取って戻ってきたマーシャの隣で、ふたりして食い入るようにして描き写した設計図を見つめていた。


「とりあえず今回のマーシャの疑問としては、車輪の形状ってことだが」


「うん。この出っ張りの方については、なんとなくわかるんだけどね?」


 やっぱり、そっちはまだ用途がわかりやすいよな、と。マーシャの言葉に浩一も頷く。

 車輪内側についている出っ張り――フランジは、そのまま車輪がレールの上に乗るとき、レールとレールの内側に入り込むようにして設置される。


「前におにーさんが、鉄道ではあくまで車両がレールの上に乗っているだけだ、って言ってたから。たぶんこれは、落ちないようにするためなんだろうなって、そう思ったんだけど。それは合ってる?」


「ああ、そのとおりだ。そのフランジ(出っ張り)は脱線防止のためについている」


 フランジが引っかかることにより、車両がレールに対して必要以上に右や左に行き過ぎて落ちることがないようになっている。

 鉄道において脱線事故は間違えてもあってはならないので、そのための防止策のひとつだ。


 自身の考えが合っていたマーシャは「やった」と、小さくガッツポーズをしながら喜ぶ。

 そんな彼女の傍らで、アイリスは首を傾げながらに見ていた設計図を指差しながらに聞く。


「コーイチ様、この車輪が外窄みになってるのはどうしてなのです?」


「あっ、それ! 私もそれがわかんなくて聞きたかったの!」


 鉄道車両の車輪の最大の特徴であろう、ふたつの要素。フランジと、そして外窄みの形状。


「まあ、これも極端な言い方をしてしまえばフランジがついている理由と同じといえば同じなんだけど」


 鉄道車両は、あくまでレールの上に乗っているだけ。この要素が、とても重要になってくる。


「至極当たり前の話ではあるんだが、鉄道では目的地まで真っ直ぐに走り続ける、ということは余程のことがない限り不可能だ」


「それは、ええ。そうですね」


 浩一の言葉に、アイリスがそう肯定で返した。

 アイリスもマーシャも、事前に線路をどこに通すかという話し合いに参加していたため、今回の計画での線路が、真っ直ぐなんて夢のまた夢で、あえて湾曲した道を通しているところまであったりすることを理解している。


「だからこそ、鉄道車両には曲がる、という能力が要求される。……しかし、こいつが非常に厄介だ」


 鉄道では、基本的に1台の動力車が他の車両を牽引する形で運用していく。

 馬車鉄道でも、動力車が馬に置き換わっているものの、基本的な構成自体は変わらない。


 そのため、鉄道車両に於いては自動車であるとかのハンドル操作というものが実質的に不可能になっている。

 ヴィンヘルム王国に合わせて喩えるならば、箒で飛ぶ際にするような軸合わせができないことになる。


「……それなら、どうやって曲がるんですの?」


「そのための仕組みが、この車輪の形状なんだよ」


 訝しむような目で尋ねてくるアイリスに、浩一がそう返す。


 ハンドル操作というものが不可能な以上、鉄道車両にはカーブで自動的に曲がってもらう他ない。

 じゃあ、そんな都合のいい仕組みがあるのかというと。これが存在するのだから、人類の積み上げてきた知恵の歴史というものは驚く他ない。


 マーシャはしばらくジッと設計図を見つめながらに考え込んでから。そうしてから「でも」と。切り出す。


「フランジ? だけでも、曲がれるんじゃないの? だってこれ、レールに噛み合うんだよね?」


「……ああ、そのとおりだ。フランジだけでも、曲がることだけは可能だ」


「それなら、車輪の内側外側両方にフランジをつけて、レールを挟み込むようにしたほうが確実じゃない?」


 マーシャが首を傾げながらにそう尋ねる。

 実際、そういう形状の車輪が使われていた頃もあるらしいし、その発想自体は間違っていない。


 だが、あくまで使()()()()()()。つまりは、過去形である。

 現代に於いて、それが主流になっていないのには、明白な理由が存在する。

 欠点と、それを解決する他の手法が。


「だが、フランジを使ってカーブを曲がる場合、レールとフランジとの間で大きな抵抗が発生する」


 フランジがレールに噛み合うことで曲がっているので、無理矢理に方向を変更していく都合で接触部で大きな摩擦が起きる。

 曲がるたびにそれが起こるわけだから、動力側から見てもロスが大きいし、フランジの摩耗も激しくなってしまう。


「たしかに、馬車と比べて路面からの抵抗が少ないからって理由で馬車鉄道を作ってるのに、曲がるときに別な抵抗が発生すると本末転倒だね」


「それに、フランジの磨耗もかなり致命的だ。脱線防止の役割も担っているフランジが、いざというときに摩耗してしまっていては困る。それに、摩耗が激しいとそれだけ頻繁に取り替える必要も出てくるから、点検にかかる維持費が嵩む」


 マーシャの確認に、浩一が付け加えるようにしてそう言う。


 だから、フランジはあくまで曲がる際にはどうしても曲がりきれなかったときに補助的に働いて、基本的には脱線防止の役目を担ってもらうのが好ましい。


「じゃあ、どうやって曲がるんですの?」


 フランジには頼れないということを理解して、アイリスが改めてその疑問を投げかけてくる。

 マーシャも同じくな疑問の様子で、浩一の顔をジッと見つめていた。


 たしかに、フランジは使えない。

 だが、車輪の形状についての特徴は、もうひとつあった。

 そう。そもそものマーシャやアイリスの今回の疑問でもあった――、


「そのための、外窄みの形状なんだよ」


「……えっ?」


 浩一の口から放たれた言葉に。想定外だったアイリスとマーシャは素っ頓狂な声を出す。

 浩一としてはその反応は想定内だった。

 まあ、外窄みになっている形状を見て、これが曲がるための機構なんだと。

 それも、カーブに差し掛かった際に自動的に曲がるようにするための機構なんだって。そうパッと見で理解するのは難しいだろう。


「さて。この仕組みについてを口頭で理論的に説明してもいいんだが。さすがに少しわかりにくいからな」


 浩一は、マーシャに取ってきてもらったふたつのコルク栓を手にとり、それをふたりに見せながらに言い放つ。


「簡単に、実験してみようか。どうして、車輪が外窄みの形状になっているのか」

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