#56
「コーイチくん! 久しぶりだな!」
「はい! これからしばらくの間、よろしくお願いします!」
「初めまして、マーシャです!」
「マーシャちゃんか! よろしくな!」
おおらかで、豪快。ガストロは相変わらずそんな印象を感じさせるほどに元気な様相で、エルストに到着した浩一たちを出迎えてくれた。
唯一アイリスに対しては、一瞬態度をどう取るべきかとたじろいでいたが、彼女から「以前のように気軽に話して頂いて大丈夫ですわ」とそう言われたこともあり、すぐさま浩一たちと同じように楽しげな様子で話していた。
その傍らで、フィーリアが頭を抱えていたのは言うまでもない。
「それで、コーイチくんが来たってことは、ついに、ってことだな」
「はい。線路を通して、馬車鉄道を開通させます」
浩一たちがエルストに拠点を移したのは、線路を通していくための地形の再確認と、そして敷設自体の指揮を執るため。
当初の目的通り、エルストからブラウまでの線路を通して、この都市間での物流を安定させる。
安定した金属生産をエルストで、高い加工技術をブラウで、と。蒸気機関車を製作するために、得意を役割分担するためだ。
「エクトルの野郎からだいたいの進捗は聞いてるから、こっちもある程度の準備は整ってる」
どうやらアルバーマ男爵が事前に根回ししてくれていた様子で。いつでもレールを作り、線路を敷設していくことができるように準備をしてくれていたようだった。
浩一としては、嬉しい誤算だ。動き出しは早いに越したことがない。
「それじゃ、コーイチくんたちは早速明日からブラウまでの道の確認に行くのかな?」
「それもそうなんですが、その前に、ひとつだけ」
浩一がピッと指を立てながらにそう言うと、ガストロがキョトンとした顔で浩一の様子をうかがう。
「線路を通しても、その上を走るものがなければただの鉄の棒を地面に置いただけになりますからね」
最近の作業がもっぱらどうやって線路を通すか、というところが多かったが。そもそも、線路を通すこと自体が目的というわけではなく。こちらが、本懐だ。
だからこそ、必要なのは線路の上を走ってくれるもの。ひとまずは馬車鉄道として利用していくので、線路を走る台や箱が欲しい。
「貨物車を、作ってもらいたいんです」
「なるほど。線路を敷設していくその作業自体も、鉄道に手伝ってもらうってことか」
浩一のおおまかな説明に、ガストロがそう納得する。
鉄道を敷設していくには、時間がかかる。
それに、敷設していく場所にも資材を運搬していく必要があるわけで。段々とエルストからの距離が伸びてくる敷設現場に、輸送麻痺が課題の中で作業をしていくのは困難だろう。
だが、今作っているのはその輸送麻痺を解決するための鉄道だ。
ならば、作ると同時にそれに頼ればいい。
線路を敷設するその現場まで、鉄道で資材を運搬していけばいい。
そのためには、貨物用の車両が必要になる。
「作るのは構わねえが、設計図なんかはあるのか?」
ガストロの言葉に、浩一はコクリと頷いてから、1枚の紙を取り出して、手渡す。
「……まあ、素人が引いたものにはなりますが」
とはいえ、まだ貨物車、ではある。構造としては比較的単純。おおまかに、車輪などの足回りの上に台がついているだけのシンプルなもの。
だからこそ、浩一の描いた設計図でも十二分に伝わる。
……これが、ここから蒸気機関車の設計図なども伝えていかないとなっていくと、そのあたりも改善していかないといけないんだろうな、とは思うが。
「マーシャも、こっちに携わってもらっていいか?」
「うん、もちろん! むしろ、こっちのほうが私としては楽しそうだし!」
浩一の言葉に、マーシャはニヘラッと笑いながらに頷く。
マーシャの性格的に、こちらのほうが適任だろうし。それに、彼女にはいずれ浩一が蒸気機関車を設計するのを一緒に手伝ってもらわないといけない。
蒸気機関車と貨物車では、そもそも内燃機関の差や自力走行の有無などで構造からしてかなり違ってくるとこはあるし、今回の貨物車は特に馬車鉄道として使う都合、かなり重量を落としている。それでも共通する部分もあるし、そういう意味でも携わってもらう理由になっている。
彼女にも転写紙で複製した設計図を渡しておく。
「これくらいなら、エルストの作業場でも作れそうだな。……まあ、念の為にガードナーのやつに応援を頼んでおいたほうがいいかもしれないが」
「ここが、こうなってて。……ここは、なんでこうなってるんだ? ああ、なるほどこうするためなのか」
ガストロとマーシャは、それぞれ興味深そうに設計図を覗き込みながら、思うことを呟いていた。
そういう側面を見ると、やはりふたりともものづくりという事柄に心血を注いでいるのだな、と。そう痛感する。
「こちらは、任せても大丈夫ですか?」
浩一が、ガストロとマーシャにそう尋ねる。
その声に、ふたりは揃って浩一の方を向くと、いい笑顔を持って答えてくれる。
「ああ、しっかりと任された!」
「もっちろん! 任せてよねおにーさん!」
夜。エルストの宿の一室にて。
「コーイチ様! 私、今日、コーイチ様をお乗せしてエルストまで来ましたわ!」
「お、おう。そうだ、な?」
「ええ、頑張ったと思いませんか!?」
「うん、ありがとう、ね?」
もはや当然とばかりに部屋に訪問してきたアイリスに、浩一が謎のアプローチを受けていた。
たしかにアイリスの言うとおり、彼女にここまで連れてきてもらったし、それが非常に助かっている、というのはそのとおりなのだが。なぜ、それを今?
浩一がどうすればいいのかわからずに困っていると、むう、とマーシャは小さくむくれてしまった。……いや、じゃあどうすればよかったというのだろうか。
ちゃんとお礼は言っているんだけれども。
ずいっと頭を近づけてくるアイリスの応対に浩一が困っていると。「失礼するね、おにーさん!」と、ノックも無く勢いよくドアが開け放たれる。
「マーシャ、入る前には一応ノックをしてくれ。今は大丈夫だったが、なにかしてるかもしれないし」
「ああ、ごめんごめん。……って、アイリちゃんも来てたのか」
チラとマーシャが浩一からアイリスへと視線をずらす。
アイリスはというと、マーシャが突然に入室してきたことにより、驚いてピシャリと固まってしまっていた。
「おお、アイリちゃんも、やるねぇ」
浩一に頭を近づけていた、その姿勢のままで。
自信の今の体勢とを改めて再確認して、そしてそれをマーシャに見られてしまったということを自覚したアイリスは、カアアッと顔を紅潮させる。
「あの、えっと。その……これは……」
「あー、大丈夫か? アイリ」
「大丈夫、大丈夫ですのっ!」
アイリスはそう大きく言い放つと、そのまま隅っこに縮こまるようにして引っ込んでしまった。
浩一が近寄ろうとするが、マーシャに「今はそっとしておいてあげたほうがいいよ」とそう言われて、心配ではあったものの、見守るに留めておくことになった。
「それで、マーシャはどうして来たんだ?」
「用もなく来ちゃだめだったりする?」
「いや、別にそんなことはないが」
浩一がそう返すと、マーシャはいたずらっぽく笑って「冗談、冗談」と。
「ほら、おにーさんはしばらく線路の敷設の方に行っちゃうでしょ? だから、設計図の方で今のうちに疑問点についてを聞いておこうかなーって思って」
「ああ、なるほど。どこか図面がわからないことがあったか?」
「図面わからないことっていうか。どちらかというと、なんでこうなってるのかがわからないところがあった、って感じかな」
例えば、と。彼女は持ってきた設計図を広げながら、指を空中で動かしながら少し迷ってから。ひとつ、指差す。
「この、車輪の形とか」