#55
「それじゃあ、取り掛かっていきますか」
到着した当日は旅疲れもあるだろうし、なにより時刻としても遅かったために、日を改めての翌日。
地図を作った張本人である風花は別の場所の測量のために席を外しているものの、彼女が作ってくれた地図を囲む形で浩一を始めとして、アイリスとマーシャ。そしてフィーリアが集まり、会話が進められていく。
話題はもちろん、エルストとブラウの間の、いったいどこに鉄道を敷けばいいのか、ということについて。
「ねーねーおにーさん。そういえばこの地図、たくさん線が引かれてるけど、これなに?」
「ああ、等高線、だな」
浩一のその返答に「トーコーセン?」とマーシャは頭上に疑問符を浮かべる。
アイリスやフィーリアもあまりパッとしない表情をしているあたり。どうやら彼女たちも同じく理解していないらしい。
浩一はマーシャを主としながら、全員に教えるようにして言葉を紡ぐ。
「たとえばなんだが、ここから……そうだな、向こうの丘に伝わるまでの地形って、全部が平坦になってるか?」
窓の外を指差しながら浩一がそう投げかけると、マーシャは小さく首を横に振る。
「ううん。そんなことない。坂もあるし、平坦にはなってない」
実際、アルバーマは近くに火山帯があるということもあり、結構地形に起伏がある。
「ああ、そうだ。つまり、地形というものは立体的に広がっている」
浩一は満足そうにそう言うと、改めて地図へと視線を戻して続ける。
「だが、地図は平面だ。もちろんやろうと思えば立体的に作れなくもないのかもしれないが、そんなことしていてはいつまで経っても地図が完成しないし、持ち運びもできない。非常に扱いの悪いものになる」
だからこそ、どうにかして平面である地図上に、どうにかして立体的な情報を与えていかなければいけない。
そして、その方法こそ、この等高線だった。
「この等高線は、高さが同じところを繋ぐようにして線が引かれている」
「なるほど! じゃあ、線がつながってるところにそのまま線路を敷けばいいんだね!」
「と、いうほど単純な話でもないんだよ」
そう言いながら、浩一はマーシャに対して、それならばエルストからブラウまで、同じ線をたどりながら行ってみな? と。そう伝える。
マーシャは少し首を傾げつつも、言われたとおりにやってみる。
しかし、その表情は次第に険しくなってくる。等高線をなぞる様にして指でたどっていくと、ブラウに行きたいはずなのに全く違う方向へと進んでいって。そして、ついにあれ? と。そう声をあげる。
「どうやっても、たどり着かない。というか、線がつながってないから無理じゃん!」
「そう。そもそもエルストとブラウのある標高が違うから、同じ高さの場所だけを通って、というのは不可能な話だ」
仮にそうでなくとも、先程彼女がそうなったように、めちゃくちゃな迂回を強いられる。
鉄道の特性上坂道は苦手であるために、時と場合によっては迂回をしてでも坂道を回避する、ということもあり得るが、常にそうばかりしていては線路ばかりが必要以上に増えていく。
だから、どちらにせよ同じ標高だけを通り続ける、ということは不可能だ。
「だから、できるだけ坂道が緩やかなところを探したい。だが、先程も言ったように、地図というものを立体にできない以上、平面上でなんとか坂を表現する必要がある」
しかし、三次元的な情報をそのまま二次元上に書き記すると、それこそ膨大な記述量が必要になり、それもまた現実的ではない。
だからこその記述が、この等高線だった。
「でも、等高線って同じ高さのところが結ばれてるだけでしょ? なら、平坦な道はわかっても、坂道はわからないんじゃないの?」
「ああ、完璧な表現は無理だ。だが、かなり推測しやすい形での表現ならば、可能になる。なにせ、等高線は同じ高さのところが線で結ばれたもの。なんなら、その線を引く標高差も、一定ごとと定められている」
未だ首を傾げているマーシャに、そうだな、と。浩一は少し考えてから、彼女と距離を離す。
浩一は部屋の端まで行くと、彼女に聞こえるように少し声を張り上げながらに言う。
「もし、マーシャのいるところから俺のいるところまでで、俺の身長分の高さまで登る坂があったとすると、どうだ?」
「うーんと、ちょっと傾いてはいるけど、まあそれなりに緩やかな坂、かな?」
マーシャのその回答に、浩一はそうかとつぶやくと。今度は彼女にグッと近づく。
至近距離まで詰め寄られたことにマーシャは少し恥ずかしがりながらも。浩一はそんなことは微塵も気にも留めずに続ける。
「これならどうだ?」
「ふぇ? ええっと、その……」
「さっきと条件は一緒だ。マーシャのいるところから俺のいるところまで、身長分の高さの差があるとしたら」
「あっ、そっちの話ね! う、うん。わかってたよ! ……ええっと、それで。うーんと、歩いて登るのは無理だなーってくらいの坂かなって思うけど――あっ」
どうやら、マーシャは理解した様子だった。フィーリアも同じくな様子だったが、アイリスは……なぜだか息を巻いていて、集中力が別なところに向いている様子だった。
「そう。俺とマーシャの位置関係が、そのまま等高線の引かれている間隔に直結するんだ」
等高線は同じ標高を繋ぐようにして、かつ、標高差も一定になるようにして引かれている。
先程の例えで言うならば、浩一の身長は一定で変わらないために、次の等高線までの幅をそのまま表現していると見ていい。
そして、浩一が移動する前と後でなにが変わったかと言えば、浩一とマーシャの距離。……つまり、地図に合わせて言うならば、等高線同士の引かれている幅が変わった、という話になる。
マーシャは、浩一とのの距離が遠ければ坂が緩やかに感じて、ふたりの距離が近ければ坂が急になると感じた。
それがそのまま、等高線の間隔にも言い換えられる。
等高線の間隔が狭いところは傾斜が急になっているし、逆に広いところは緩やかになっている。
「もちろん、実際に現地に行ってみて確かめてみないと、細かな状況までは確認ができないけどな」
あくまで一定の標高ごとの情報しか記載されていないので、実際に行ってみたら地形が想定外な形状だった、ということもあり得る。
だが、ある程度緩やかで、かつ必要以上に迂回しない道についてのアタリをつけておく、という目的であれば十分だし。それをしておくだけで、あとは現地に向かってそこの細やかな地形を確認して問題ないかを見ればいいだけなので、かなりやりやすくなる。
なんなら、浩一が風花に地図を作ってもらうように頼んだ理由の半分くらいはこれだった。むしろ、実際に線路を敷くことができたなら、その後で敷設した場所、かつ、線路上においてのみではあるものの、もっと詳細な勾配を記した勾配図というものも作成する予定ではある。もちろん、それはもっと先の話ではあるが。
「じゃあ、できるだけ等高線の間隔が広くなるように。でも、大回りにならないような、そんなルートを考えればいいってことだね!」
「まあ、大雑把にはそういうことだな」
浩一がそう肯定すると、マーシャはにしし、と自信満々に笑いながら、すっと頭を差し出してくる。どうやら、撫でて褒めろということらしい。
最近彼女にとってこれがブームなのか、なんだかんだでことあるごとに要求される。
浩一としても、マーシャに対して妹っぽいなあ、と感じることはありつつも。これで彼女のモチベーションが上がるのであれば、まあ別にこれくらいなら構わないだろうと、素直にマーシャを撫でている。
「それから、俺やマーシャでは土地勘がないので、フィーリアさんの意見も伺いたいんですけ――」
そう頼もうとして、浩一は顔を上げてフィーリアやアイリスがいる方向へと視線をやる。
だが、その瞬間。思わず身体が硬直してしまう。
なぜだか不機嫌そうな様相で、浩一のことを見つめているアイリスとフィーリア。
「あの、えっと……?」
なぜそうなっているのかがわからない浩一が、慌てながらに、しかしどうしていいかがわからずに戸惑っていると。マーシャが浩一の顔と、アイリスとフィーリアの様子とを交互に見回してから、小さく息をつく。
「おにーさんも、罪な人だねぇ」
「あっ、やっぱりこれ、俺が悪いの?」
浩一がそう尋ねると、マーシャはニヤッと面白そうに笑いながら「どーなんだろーね」と、明らかに訳知り顔で誤魔化していた。