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#53

 アルバーマにて。借り受けている作業用の部屋の中で。

 風花は机の上に突っ伏していた。


 吐き漏らしている息から魂ごと出てしまっているのでないかと心配になりそうほどのため息をつく。


「人手が! 足りない!」


「うーん、コーイチ様もいつも仰ってることですね……」


 風花の叫びに、アイリスが若干申し訳なさそうにしながら対応する。


 現在、測量作業は問題なく進行していた。

 そう。作業自体は、なんらアクシデントが起こることもなく。順調に進んでいる。


 だが、進みが遅い。

 理由は単純。人手が足りてない。


 道具も知識も、その両方が足りていないヴィンヘルム王国に於いては、原則的にはそこそこ古典的な手法での測量が限界であり。結果、三角関数を使い倒すという力技で測量を行っているのだが。道具も簡素であり、計算も全て手計算でやるしかない以上、進みが遅い。


 それでいて、測量にあたってくれている作業員の数も、お世辞にも多いとは言えない。

 最初の募集時こそ人はたくさんいたが、そこからどれだけ減っただろうか。1/3、いや、下手をすれば1/4も残っていないかもしれない。

 まあ、作業内容を勘違いしてやる気のないまま残られる方が適当な仕事をされる可能性が増えるので、辞めてくれる分には構わないのだが。


「これでまだ都市間の一部分だけって感じだから。これから国全体をやるとなると、途方もないわね」


 現在はエルストとブラウの間を繋ぐ馬車鉄道を引くための地図を製作中。それで、この手間であると考えると、なにかしらの改善策は必要かもしれない。


 コンコンコン、と。扉がノックされる。風花がそれに答えると、ガチャリとドアが開く。


「フーカ様、今日の測量結果と報告書です」


「様はいらないって言ってるでしょ?」


 入ってきたのは青年、彼も測量に携わってくれているひとりだ。ピシッとした姿勢で几帳面に報告を行う彼は、風花の言葉に対して「しかし……」と、少し困った様子を見せる。

 まあ、風花とて理解はしている。いちおうの立場としては風花が上司に当たるわけだから、敬称がつけられているということは。だが、それにしても様である必要性はなくないだろうかと思うのだが。


 ともかく、青年から今日の成果を受け取ると、彼は失礼しました。と、丁寧に挨拶をしてから退室をする。


「さて、私の仕事の時間ってところかな」


 風花はそうつぶやくと、あがってきた報告たちとこれまで作ってきた、未完成の地図とを机の上に広げる。


「この測量基点がここと一緒だから、ええっと……」


 風花が集中して、データと地図とを照らし合わせる。

 問題がなさそうであれば、そのデータをもとにして製図をしていく。

 なにかしらデータエラーが発生していそうならば、一旦保留。翌日以降に再度その地点を測量し直す。


「……今日のところは問題なく製図できそうかな」


 ひとまず、本日の報告にはデータエラーはなさそうではあった。

 風花は報告書を元にして、地図上に線を引いていく。


 浩一から伝えられているように、ヴィンヘルム王国には陸路が壊滅的。だから、地図上に記される道というのもほとんどない。

 そのため、現状の地図に記されているほとんどは、等高線による線と、報告内容を元にした、その地点の簡単な植生(バイオーム)での色分け程度。少し、寂しいと感じてしまう。


 作業をしていると、再びコンコンコン、とノックがされる。

 風花が作業中で応対できないため、今度はアイリスが来訪者に対応をする。


「こんばんは、アイリス様、フーカさん」


「フィーリア様!」


 アイリスがドアを開くと、そこにはフィーリアが立っていた。

 どうやら作業中であろう風花たちに差し入れを持ってきてくれたようだった。


「地図の方の進捗はどうですか?」


「進んではいるけど、人手が足りてないから進捗自体は遅いって感じですね」


 部屋の中に入ったフィーリアは、風花の製図中の地図を覗き込みながら尋ねる。

 実際、エルストとブラウの間の地図、というだけの意味ではかなり完成に近づいている。周辺地域も含めてで浩一が馬車鉄道を敷く場所を考察するには十分な出来が、明日明後日くらいで完成するだろう。

 だが、それでやっとひとつの都市間である。これからやらなければいけないことはアルバーマ領内全域、そして、ヴィンヘルム王国内の製図であることを考えれば、全体の進みとしては僅かでしかない。


「人手……増やせないんですか?」


「うーん、資金面的には増やしても問題ない、とは聞いてるんだけど。問題なのは人材の方なんですよね」


 フィーリアの質問に対して、風花は丁寧に説明をしていく。


 ヴィンヘルム王国には測量の経験どころか知識を持っている人なんてほとんどおらず。となれば、志願者に最低限の測量知識を与える、というところから始めることになる。

 そうして知識を持ってもらって現在作業にあたっているのが、先程報告に来た青年をはじめとした人たちなのだが。返して言えば、そこまでしないと人材が増えないというのが現状だった。


「なんなら、途中でリタイアする人もいるから、実際はこれよりも効率悪いですしね」


「……なんというか、簡単な話ってわけでもないんですね」


 フィーリアの言葉に、コクリと風花が頷く。


 今日の報告にはたしかにデータエラーがなかったが、もしそれが見つかった場合は再度測量し直すことになって、余計な手間になる。

 だからこそ、半端な状態で採用することはできない。……が、教えるにも手が足りない。


「人材だけであれば、アルバーマからでも提供できるのですが。教える人がフーカさんだけとなると、人だけたくさんいても、というようですしね」


「そうね。……まあ、技量云々はともかくとして人材自体は必要になるだろうから、たぶんフィーリアさんに頼むことになるとは思うんですけど。最悪私が追加で教えればいいし」


「いっそ、フーカさんが何人もいればそれでいいんですが」


 フィーリアが冗談っぽくそう言ってみせる。

 たしかに、そうなれば解決する。教えることができる人も増えるし、製図にあたれる人も増える。そうすれば、同時に別地点の地図を製作していくことができるわけだから、単純な効率だけでも2倍3倍と増えていくだろう。

 無論、作業にあたる人数という頭打ちはそのうちでてくるが。


「……私が何人もいれば、か」


 ふと、言われた言葉を復唱する。


 そんなことは。風花を増やすなんてことは、現実には不可能なのだけれども。

 でも、


「そうか。増やせばいいんだ!」


 バンッ、と。机の上に手をついて風花が立ち上がる。

 突然のことにアイリスとフィーリアが少し驚く。


「なにか、思いつきましたの?」


「ええ。……逆に、なんで今まで失念してたのかしら」


 アイリスの質問に、風花は自嘲気味に笑いながら言う。

 今までは王都での募集だけで、それほど人数がいなかったから、風花だけでもそれなりに手が回っていたから必要がなかった、という事情もあっただろう。


 だが、これからは。各地に行って、その場で人員を集めて、という方法も視野に入る。というか、それをしなければ途方もない時間がかかるだろう。


 ならば、風花の他に指導や最終的な製図ができる人材を増やせばいい。

 無論、作業が分担されればされるほど末端の管理が難しくなるから、そのあたりの調整はしっかりしなければいけないが。


「まあ、教える側の人たちも経験値が必要だろうから。ひとまずは今の体制のままでやらなきゃだけど」


 とはいえ、ある程度の目処がついた。少なくとも、国全体の地図とかいうバカみたいな規模が現実的になるくらいには。


「ともかく、一旦は浩一から頼まれていた内容を完遂させるところからではあるわね」


 とりあえずは、緊急で必要なエルストからブラウへの地図。なにをするにしても、それを完成させてから。

 その過程で、作業をしてくれている人たちも経験を積めるだろうし、その地図を教えるときの見本として説明にも使えるだろうし。


 そのためにも、この地図を気合を入れて仕上げていかなければいけない。

 よし、と。少し気合を入れて、風花は再び製図に取り掛かった。

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