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#51

 しばらくして、作業を一段落させたマーシャがやってきて。


「あー! 私も混ぜてほしかったのに!」


 既に撮影の実験が完了しているその様子を見た彼女が、しょんぼりしながら。しかし、完成した写真を見て、ホッと一安心もしていた。


「しかし、さすがだなマーシャ。期待以上のものを用意してくれてありがとう」


「ううん。私は既にあるものをちょっとイジっただけだし」


「それであったとしても、まごうことなき発明であることには変わりないんだ」


 むしろ、普通の人間からしてみれば固定観念が邪魔をしてしまう都合、そういった柔軟な発想が難しいまである。

 だからこそ、それをキチンと転用できたのは間違いなくマーシャの功績であった。


「そういえば、この写真ではリンゴを撮ってるけど、他のものは撮れないの?」


「いや、撮れるぞ。ただ、現状だと動きのあるものは無理だな」


 採光量の少なさに起因する露光時間の多さによって、動きのあるものを撮影すると残影(ブラー)が発生してしまう。

 なので、実は同様の理由から、現状ではまだ完成とは言えない。


「箒の上から撮影をするとなると、ある程度の静止はできるにしても、風の影響とかで手ブレが起きそうだからな」


 だから、露光に必要な時間を限りなく少なくする必要がある。そして、そのためにはレンズが必要。

 浩一がそれを提示した上でマーシャの方を見ると、彼女はコクリと頷く。


「正直、設計図を見たときはなんだこれって思うくらいの精度を要求されてるけど。でも」


「マーシャならやれると、そう思って渡した。できるだろ?」


「言ってくれるねえ、おにーさん」


 彼女は面白そうに、ニシシッと笑って白い歯を見せて。

 任せて。やってみせる、と。


 そんなやり取りをしている傍らで、ジッとしばらく考え込んでいた風花が口を開く。


「そういえば、ちょっとした疑問なんだけど、このカメラって箒の上で使って問題ないの?」


「ああ、そういえばこのカメラ、仕組み上で言うなら魔法を扱ってるのか」


 いわば、魔導カメラとでも呼ぼうか。そんな仕組みである以上、飛行魔法との干渉が発生する可能性がある。

 そのあたりについて、そもそも乗れない浩一はもちろんのこと、使えこそするものの経験の浅い風花も分かる領分の話ではない。


「アイリじゃわかんないだろうし。どうなんだ? マーシャ」


「コーイチ様!? なんで私を除外しますの!?」


「だってそもそも二人乗りができるアイリだと他の人ができなくてもできる可能性があるから、参考にならないだろうし」


 ぐぬぬぬ、と。真っ当な意見に対してなにも言い返せないでいるアイリス。

 そんな彼女をよそに、マーシャは「大丈夫だよ!」と、そう答える。


「箒での飛行でもっとも邪魔なのは他人の魔力の存在で。逆に自分の魔力なら、多少使うくらいなら問題ないんだよ」


 実際、光球を生み出してあたりを照らしながら飛ぶ、というくらいならなんら支障がない。もちろん、自分の魔法であったとしても大きな炎弾を生み出して飛ばす、なんてことをしようものならそのまま墜落コースになるが。


「転写紙を使うのに必要な魔力は少ないから、それくらいなら大丈夫。まあ、身体を箒から乗り出しすぎて体勢を崩して落ちるとかはあり得るかもだけど」


「それは、普通のカメラでもそうなるしどうしようもないところね」


 風花が納得するようにしてしてそう言う。

 仮にそれに対して対策ができるとするならば、それは魔導カメラの側ではなく、箒の方であろう。


「ちなみに、専用の機構を組む必要はあるけど。おにーさんでも使えるように改造はできると思うよ?」


 マーシャが思い出したかのようにそう言う。

 曰く、ヴィンヘルム王国に来てから浩一がお世話になっているカンテラや視察の際に使った魔法銃などのように、蓄積された魔力を固定の機構を用いて利用する魔道具として組み上げてしまえば、浩一でも使えるようにできるとのこと。

 使えるようになるのはシンプルにありがたいので、浩一にとってはありがたい知らせであった。


 マーシャはピンホールカメラを手に取りながら、ふむふむ、なるほど、と。その構造を眺めていた。


 そうしてマーシャは「まだ私は撮ってるところ見てないから」と。そう言って、自分でも撮影してみたいとそう言った。

 彼女にフィルムを一枚渡して、使い方を伝える。すぐに理解した様子で、わかった! と。元気よく答えた彼女は、カメラを台上に固定しながら。


「ねえ、動きのないものなら取れるってことは、人の姿も撮れるの?」


「まあ、写る人に動かないように止まっていてもらう必要はあるけど。できるぞ」


 魔導カメラの露光時間が長いとは言っても、数秒程度。長く見積もっても十数秒ほどである。

 ニ十分三十分ともなれば無理な話ではあるが、その間動かないでくれ、というレベルであればまだなんとかなるだろう。


「それじゃあ、アイリちゃん。そこに座って!」


「えっ、私ですの?」


 突然に名指しされたアイリスが少しびっくりしながらも、そのままマーシャに連れられてイスに座らさせられる。


「まあ、数秒とはいえ。この中でやれと言われたときに一番姿勢よく止まっていられそうなのはアイリだろうしな」


 普段ははしゃぎがちな彼女だが、必要な場面ではしっかりと背を伸ばして、姿勢を正す。

 それも、王族というだけあって、その姿勢はとても美しいし、非常にブレない。


「それに、アイリちゃんかわいいし、ぴったりだよ!」


「……まあ、立場的にも王女なわけだし、初めての肖像写真としてはふさわしいのかもね」


 浩一の言葉に、マーシャと風花がそう付け加える。そこまで言われてしまっては、アイリスとしても悪い気はしないし、特段、断る理由もない。


 とはいえ。突然の大役に、緊張から身体が強張ってしまいつつも、周囲から促されて、なんとか笑顔を作る。


「撮れたはず!」


 人形のようにカチリと固まったアイリスは、しばらくしてマーシャの口から放たれたその言葉に、氷が溶けるかのようぐでんと身体から力を抜く。


 仕組み上、物理的にシャッターを切る必要がないために、カシャリなどの音が鳴るわけではない。そのため、撮影が完了したタイミングなどが少しわかりにくい。


 マーシャがピンホールカメラから取り出した写真を見て、おお! と歓声をあげる。


「すごい! 紙の中にアイリちゃんがいる!」


「わあ、本当に不思議ですわね……」


 写真というものに親しみのないふたりが囲みながらに、物珍しそうに、しみじみと見つめる。


 そんな様子を見ながら、少し離れた位置で浩一は風花に話しかける。


「どうだ? まだレンズは完成していないが、お望みのものにはなったか?」


「……ええ、正直想像以上よ」


 どうやら、お眼鏡にもかなった様子で。

 風花のその表情に。彼女は隠そうとしているのだろうけれど、抑えきれずに漏れ出ているワクワクとした感情に。

 これを見れてよかった、と。浩一はそう思うのだった。






「どうしたんだよ。急にやってきて」


「いや? ちょっと前から思ってたことを聞きたくってね?」


 その日の夜。浩一の部屋に、突然風花が訪れてきた。

 地図の話だろうか。しかしそれならばわざわざこうして訪れなくとも、みんなのいる前でそのまま話せばよかっただろうし。それならば、いつぞやのように、帰る帰らない云々の話だろうか、と。

 そんなふうに、彼女の考えをあれこれ考えていると。風花がゆっくりと口を開いた。


「まあ、別にどうってほどのことではないんだけど。……随分と、アイリス様と仲がいいのねって思って?」


「えっ? まあ、それはまあ――」


「愛称で呼ぶくらいには仲がいいみたいね?」


 そうだけど、と。浩一が言おうとした言葉は、風花の声によって遮られる。

 突きつけられたその言葉に、浩一は思わず声をつまらせる。


 そういえば、興奮などもあったという事情はあれど。アイリスのことを「アイリス様」ではなく「アイリ」と呼んでいたな、ということを。今になって思い出す。


 ……なんなら、なんだかんだで風花やマーシャと一緒のときは、砕けた口調になってしまっていたような気もする。


「えっと、その。あの呼び方については本人から希望されたものであって……」


「まあ、正直そうだろうとは思うけど。ヘタレの浩一が、権力者の名前を愛称で呼ぶなんて、普通じゃ到底考えられないし」


 投げつけられた言葉に、浩一はなにも言い返せずに、ハハハと苦笑いするしかなかった。まさしく、そのとおりだろう。


「マーシャは元から仲がいいみたいだし、全く気にしてない様子だったし。それに、当の本人が気にしていないみたいだから、あのメンバーの中でなら問題はないと思うけど」


「ああ。外ではもちろん気をつけてるよ」


 視察中、一度だけフィーリアの近くで言ってしまったことについては、黙っておこう。緊急事態だったということもあり、フィーリアも気づいていなかったし。


「じゃあ、そういうことだから」


 そう言って、自室に戻ろうとする風花の背中を見ながら、浩一は少し考えてから。

 あっ、と。そう言って。


「……もしかして、自分だけ仲間はずれみたいで、なんか嫌だったみたいな感じ?」


 浩一は「アイリ」と呼び、マーシャは「アイリちゃん」と呼んでいる。そして現状、風花だけが「アイリス様」と敬称で呼んでいる。


「はあっ!? 違うんだけど!? ただ、浩一が外でやらかさないようにって忠告してあげてるだけなんだけど!?」


「たぶん、同じように呼んであげたら喜ぶと思うぞ?」


「だーかーら! 違うっての!」


 そう言いながら、バンッと強めに扉を閉めながら、風花が退室する。


「うーん、相変わらずなんというか、素直じゃないんだから」


 せっかくなので、と。翌日に浩一がアイリスにそれとなく伝えておいて。

 それから程なくしない頃合いに。他に人の目がないところでは風花が「アイリスちゃん」と呼ぶようになったのは、言うまでもないだろう。

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