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#49

 メートル原器の完成から、数日後。


「ああ、懐かしい。……メートル尺」


「まあ、気持ちはわからなくもないが。風花はマーシャが作ったサンプル品を見てただろ」


「それはそうだけど。ただ、製品としてこんなにちゃんと触っていいやつって意味なら久しぶりなの!」


 メートル原器が完成したあとすぐに、アレキサンダーが正式にメートル法とメートル原器を長さな単位として認めた。

 無論、今までの単位形態との併用を認める形ではあるが。しかしながら、これで計測器具の作製をすることができることになった。


 それから、マーシャにmm単位での目盛りを刻んだサンプルの計測器具を作って貰って。それを浩一とアイリスのふたりが、各所に持ち込んで、製作の依頼をした。

 今までの規格とは違うことと。そして、目盛りの刻む単位が細かいこと。今までのエルム尺よりも製作難易度が高くなったそれに難色を示されることも多かったが。その必要性を訴えるとともに、アイリスが話し合いの場についているということもあって。やや譲歩もありつつも、なんとか交渉は成立。


 そうして出来上がった完成品第一号が、現在風花が持っているものだった。


 なお。アイリスは現在、引き続き関係各所への連絡回りなどをしてくれている。

 風花は少し不安そうにしていたが、エルストでの彼女を知っている浩一からしてみれば、大丈夫だろうとそう任せられた。


「誤差とかの方についてはどうだ?」


「うん、これなら問題ないと思う。欲を言うならばmm単位での目盛りが欲しかったけど、これだけあれば十分やれる」


 結局、量産品として成立させる上でmm単位での目盛りを正確に刻みつけるのは難しい、ということになり。cm単位での目盛りになってしまった。まあ、これに関してはマーシャがサンプル品を作る上でも相当に悲鳴をあげていたので、致し方ないところではあるだろう。


 風花は今にも小躍りしてしまいそうなほどに浮ついた身体を抑えながら、ジッとメートル尺を眺める。

 実際、慣れ親しんだものではあるものの。正直こちらに来てからは諦めかけていたもの。

 それを、やや強引なやり方であったとはいえ。作り上げてしまうだなんて。


(自分では、きっとどれくらいすごいことを成し遂げたのか、わかってないんでしょうね)


 いや、すごいことをやった、という自覚はあるのだろうけれど。しかしながら、自覚しつつも、それでも足りていない。

 それほどのことを、自分の幼馴染は成し遂げたのだ。


 ならば、私もそれに応えなければいけない。


「それじゃあ、測量の方は任せていいんだよな?」


「ええ、もちろん。……まあ、きちんと動き出せるのは、もう少し道具が揃ってからにはなるけど」


 実際、メートル尺ですら風花の持っている完成品第一号以外に数本できているだけで、量が十分ではない。

 それに、メートル法に調整した計測器具も準備が必要だ。動き出しには、もう少しかかる。


 けれど、ここまで浩一にお膳立てしてもらったのだ。絶対にやり通してみせる。


「……あ、そういえば。道具といえばカメラのことなんだけど」


 ふと思い出したように、風花がそう切り出す。

 浩一は「あー……」と、やや苦い顔をしながらにその言葉を受け取る。

 風花から作ってもらいたいもの、として挙げられたカメラなのだが。正直、浩一の手元にはあまり進展がない。

 試作用のレンズの設計図があるくらいで、逆に言えばそれくらいである。


 だからこそ、浩一は風花に「申し訳ない」と、そう言葉を伝えようとしたのだが。

 その言葉が発せられるよりも先に、風花が口を開く。


「マーシャが、フィルムができたって言ってたけど、ホントなの?」


「……えっ、マジで?」






「うん、できてるよ? というか、おにーさんには帰ってきたときに完成してるよって言ったじゃん?」


「……言われてみれば、たしかに言ってたような気がする」


 ただ、そのときは風花の様子が、というタイミングでそれどころではなく。

 その後すぐにメートル原器作り、計測器具のサンプル作り、と。立て続けにやるべことが増えてしまったために、すっかり忘れていた。


「まあ、とりあえずマーシャにはこれを渡しておく」


「あー、これがおにーさんの言ってたレンズってやつ? 了解。ちょっと今は先に作らなきゃなやつがあるから、その後にはなるけど作ってみるね!」


 先に作らなきゃなやつというのは、現状の最優先事項である測量器具のことだ。

 とは言っても、浩一とアイリスがアルバーマに行っている間、風花がマーシャに対して作ってみて欲しい道具を試作してもらっていたために、やっていることの内容としてはそのほとんどがメートル法への調整が主ではあるのだが。


「それじゃあ、私はフィルムを取ってくるね!」


 タッタッタッと、彼女が半私室化している研究小屋内の一室に駆け込んで行く。


「しかし、思ってたよりも単純な仕組みの道具が多いんだな」


「まあ、複雑な道具も考えはしたんだけど。作るという面と、使うという面と。その両方に課題があるからね。それに私も、使い方は覚えていても仕組みまでは覚えてない、みたいな道具も多いから」


「まあ、それもそうか」


「とは言っても、もしなにかしら再現できそうなら、ってことで。話にだけは挙げたりしてるんだけどね」


 ペロッ、と。軽く舌を出しながらに、風花はそう言う。

 しかし、彼女の言い分もある意味では真っ当で。技術力やそれに即する知識量で現代地球に大きく劣る今の浩一たちではあるものの。しかしながらその代わりとして、魔法という別な仕組み、機構を手に入れている。

 無い部分を別の仕組みで補填できれば、似たものが再現できるかもしれない。特に、少々魔法というものに夢を見てしまう浩一や風花からしてみれば、普通な話であった。


 実際、浩一もそういう目的でマーシャを仲間に引き入れているし、彼女にそういう無茶振りをしていたりはする。


 それこそ、今彼女が持ってきてくれているフィルムについては彼女が自発的に行ってくれているが。浩一がアルバーマへの視察の際に携行して行った魔法銃なんかは、銃の仕組みを彼女に伝えて、なんとか再現できないか? と。そう伝えて、あとは実質的に丸投げしてしまったものになる。


「正直、マーシャには鉄道計画の中で一番の負担を与えてしまってるよなあ、とは思ってるが」


「うん。大変なのは、間違いないよ!」


 ぴょこっ、と。話していた浩一と風花の間に割って入るようにして、マーシャがやってくる。

 思わず面食らってしまうふたりをよそに、彼女はニシシッと笑いながらに。でもね、と。そう切り出して。


「大変なのは事実だけど。それよりも、ずっと、ずっと、ずーっと! 楽しいの!」


 バッ、と。両腕を広げながらに、満面の笑みで。


「だって、作ったものがなんの役に立つんだって、そんなことばっかり言われてきたのに。今では自分の考えた仕組みが、ものすごいことの役に立つんだよ! こんな嬉しいこと、他にないよ!」


 まあ、それがどれくらいすごいことなのかは正確に把握してないんだけどね、と。彼女はそう苦笑いしながらに頬を掻く。


 ……ああ、そうだ。そうだったな、と。浩一は再確認する。

 彼女が――マーシャが、こういう人物だったからこそ、自分は彼女を仲間に引き入れたのだ、と。

 ある意味での狂気ともとれるような、根っからの機械技師(エンジニア)。それも、発明家気質の超変人。


 だからこそ、信頼ができる。


「あ、そうだおにーさん。これがその言ってたフィルムだよ!」


「……これが、か?」


 彼女から手渡されたのは、ぱっと見では普通の紙のように見えるもの。それが数枚束になっている。

 少なくとも、浩一が想像していたような、いわゆる銀塩フィルムとは全く様相が違う。


「うん! カメラの本体のほうがないからまだテストはできてないけど。たぶんそれでシャシン? ってのが作れるはずだよ! あ、シャシンは作るじゃなくて撮る、だっけ?」


 浩一の疑問符に対して、マーシャが自信満々にそう答える。

 たしかに、見目だけならばフィルムには到底見えない。

 だがしかし、マーシャが自信満々に言うのだ。で、あればなにかしらの仕掛けがあると考えるほうがいいだろう。


「あ、でも。レンズがないとカメラが作れないんだっけ? でも、今はこっちを優先しないといけないしなあ」


 マーシャがチラと自身の作業場を見る。そこには調整中の測量器具。

 これらは、現在風花が持っているメートル尺と同じように、外注で量産するためのサンプルであり。これが無ければ数を増やせないのだから、製作上の優先事項になっている。

 だから、レンズはどうしても後回しになってしまう――と。せっかくフィルムが完成したのに、その結果が確認できないことを残念そうにしているマーシャ。


「なあ、マーシャ。ちなみに聞きたいんだが、このフィルムって作るのが難しかったりするか?」


「えっ? ……いや、別にそんなことはないっていうか、元からあるやつをちょっとイジるだけだから結構簡単だけど。それがどうかしたの?」


 なるほど、と。浩一が彼女の言葉を受け取って、少し考える。

 紙束でバサッと渡されたあたりで、もしかしたらと可能性を考えてはいたが。どうやら、かなり気軽に扱える品らしい。

 想定外ではあるものの。むしろ、ありがたい想定外だ。


「なら、こっちで作ってみるか」


「……えっ?」


 浩一の言葉に、マーシャが目を丸める。

 作るのが大変なのならば、少し慎重にやるべきではあるだろうが。しかし、容易なのならば、やや実験ながらにやってみてもいいだろう。


 このフィルムがどれくらいの性能なのかがわからないが。けれど、最低限の感光性があるのであれば、レンズが無くとも、写真だけなら撮れるかもしれない。


「マーシャ、ひとまず、そっちの作業を頼んでいいか? その間にこっちで、俺と風花のふたりでカメラ本体を作ってみるから」

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― 新着の感想 ―
[一言] ポラロイドカメラなのかな? それとも、ガラス板の湿式もどきかな? どちらにしろ、ピンホールカメラで撮影するのかな? たしかにあれはレンズ無しで単純な構造でしたね。
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