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#48

 鉄道をイチから作る。浩一たちが取り組もうとしていることは、その言葉の額面から読み取れるだけでも十分に困難であることは明白で。現実には、それだけには収まらないほどに、難点が多い。

 正直、ここまでの道程についてを振り返ってみたとしても。随分とよくやってきたものだ、と。そう評価したくなるくらいではある。


 ここに来るまでの過程のそのほとんどは、浩一が地球にいたときよりも要求される難易度が高く。彼自身や、あるいは風花の持っている知識や記憶からなんとか手立てをしていく、ということが多かった。

 つまるところが、たいていの事柄に関して。地球にいた頃よりも、難しいことを要求されていた。


 だが――、


「こればっかりは、イチから作るからこそ、やりやすくできるところではあるよな」


 研究小屋に戻ってきた浩一は、準備中のマーシャを待ちつつ。小さく笑いながらにそう言った。

 言葉の繋がりを理解できていない様子のアイリスが首を傾げながらに、どういうことです? と。


「単純な話だ。どの世界に於いても、作る側が圧倒的に強いという、ただ、それだけの話だよ」


 特に、一番最初に作るともなれば、その強さは明白なものになる。

 なにせ、その全てについてを自分の好きなように決めていって構わないのだ。……無論、同時に決定権を有するがゆえの責任も伴うが。


 今から作ろうとしている、疑似メートル法についてもそう。キチンとした定義に従うならば地球の子午線の弧長を調べたり、あるいは光速を調べたりする必要があるだろうが。しかしながら、このヴィンヘルム王国に於いて、メートル法なんてものを知っている人間は現在浩一と風花しかいない。だからこそ、だいたい3エルムとちょっとの長さを1mとして定義しようなんていう、あまりにも力技すぎる横暴がまかり通る。


 そして、それは。浩一たちが今から作ろうとしている鉄道に於いても、同じく、その理屈が通用する。


「サブロク自体も決して悪いわけじゃあないんだが、こうして自分たちで作り上げていくうえでは面倒な数値だからな。……やりやすいように、やらせてもらうことにしよう」


 三六軌間(サブロク)――日本に於いて一般に狭軌(きょうき)と呼ばれる1067mmの線路幅である。

 なぜ線路幅をきりよく1mにせずに半端な1067mmになっているかというと、ヤード・ポンド法からしてみると、ちょうどきりのいい数字であったからである。

 三六軌間の名前になっているとおり、1067mmは3フィートと6インチであり、メートル法が制定され始めた頃合いであった当時からしてみれば、メートル法での採択よりもこちらでの採択が自然であることは十分に理解できる。


 理解はできる、のだけれども。メートル法に慣れている浩一からしてみれば、絶妙に厄介な数字なのである。


 最初、ヴィンヘルム王国に於ける長さの単位のエルムがほぼフィートに一致するということを知って。それならば三六軌間にすればいいだろうか、と。そう思っていたのだが、そのエルムが統一されていない、という問題点が指摘され。そして、改めてメートル法を擬似的に作り出すことになった。

 で、あるならば。わざわざメートル法的には半端な1067mmではなく、きりよくわかりやすい1000mm――メーターゲージに合わせてしまえばいいだろう、と。


「まあ、そうは言っても。まだ軌間幅をどうするかは決めてないんだけどね」


 蒸気機関車を作る都合、そもそも然程速度を出す前提ではないこと。敷設のしやすさなどを考えれば、狭軌のほうがやりやすいのはそのとおりではあるものの。地形などの都合を加味すれば標準軌――1435mmに合わせたほうが良くなる可能性も否定できない。

 まあ、そちらにしても、わざわざヤード・ポンド法に合わせて細かい数値をやらなくても。1400mmか1500mmとしてしまえばやりやすくすることができるだろう。

 どのみち、浩一たちのやりやすいように作れることには変わりない。


「まあ、そのためにも。ひとまずはメートル法を。――メートル原器を作らなきゃ始まらないわけで」


「うん。おにーさん、準備はできてるよ」


 浩一の言葉に応えるようにして、やってきたマーシャが自信満々に、グッと拳を握り決めた。

 どうやら、彼女の方も準備ができたようだ。


「どういう形に加工していけばいいの?」


「まあ、究極的に言えば棒状であればそれでいいんだけど。いちおう、形だけでも真似しておこうとは思う」


 メートル原器は、断面が少し折れているところがあるXのような形をしている。あまり詳しくはないけれど、たしか歪みが少なくなるような形らしい。

 無論、材料も技術も十分でない現状の浩一たちが作れるものが、どこまでいってもメートル原器もどきであることには変わりないのだけれども。それでも、やれることがあるのなら、やっておくほうがいいだろう。


「断面の形がこんな感じで、可能な限り真っ直ぐに、精密に頼む」


「了解だよ。それで、長さが3エルムちょっとだっけ?」


「ああ、そうだが。それよりも長めくらいで作ってくれて構わない。原器上に目盛りを2本入れて、その間隔を1mと定めるから、多少長くある方が好ましい」


「了解!」


 マーシャは元気よくそう返事をすると、早速加工に向かってくれる。

 手伝うことがあるかと浩一が尋ねたが、集中をしたいから大丈夫だと断られる。

 精密な操作が必要な作業だろうし、仕方がないだろうと思いながらに浩一とアイリスが待っていると。

 しばらく経った頃合いに、彼女が向かった方向とは真逆の方向から足音が聞こえてくる。


「おう、起きたか風花。もう大丈夫なのか?」


「ええ。おかげさまで多少は体調もマシになった。ありがとうね」


 並んで座っている浩一とアイリスのその対面に腰を掛けながら、風花はそう言う。

 顔色も、彼女の自己評価の通り完全に良くなったとまでは言えないものの、随分と良くなっている。

 無理はするなよ、と。そう声をかけるものの、こうしてここに出てきているところをみるに、これ以上なにもせずに休んでいる、というほうが彼女の精神的に、あまりよろしくはなかったのだろう。


「そういえば、鉄そのままじゃ、耐食性の面ではあまり好ましくないけど。そのあたりはどうするの?」


「まあ、無難なところは黒錆かなって思ってる」


 風花のその質問に、浩一はそう答える。

 金メッキなんかが可能なのならばそのほうがより好ましくはあるのだけれども。最悪金は入手できても、それ以外の材料や道具が入手困難すぎる。


「正直被膜としては、黒錆だけだと脆さの観点なんかからあまり強い信頼を置けるものではないんだけど。ただ、メートル原器として使うことを前提にするなら、なんとか使える範疇かな、と」


 屋内で静置する前提ならば、多少の脆さであれば目を瞑れる。実際、黒錆が脆いとはいっても、金属としては、という意味なので。原器という使途ならば十分であろう。


「まあ、なにか魔法なんかで防錆処理ができるのなら、それに頼ってもいいんだけど」


「そんな都合のいい魔法、あるのかしら」


 浩一と風花がそうつぶやいて。少し考えてから、ほぼ同時。ふたり揃ってアイリスの方を見る。

 尋ねられているのだと察知したアイリスではあるものの、心当たりはなくて。


「そのあたりの魔法については、たぶんマーシャちゃんのほうが詳しいかと」


「ああ、たしかにそれはそうかもしれないな」


 浩一をおにーさんと呼び、風花をおねーさんと呼び。この中では比較的妹っぽい立ち回りをしているマーシャだが、こと加工については、この中にいる誰よりも上手く、そして、詳しい。


「音が止んだな。そろそろ完成したのか?」


 浩一が立ち上がり、様子を見に行こうとしたとき。それよりも先に「おまたせー!」と。小走りで駆け寄ってくるマーシャ。


「……いちおう、基準にするためのものなんだから、丁重に持ってきてくれると嬉しい」


「はっ、たしかにそれはそうだね」


 えへへ、と。誤魔化しながら、それはそれとしてという様子で、彼女は製作物をゆっくりと机の上に置く。


「こんな感じでどうかな? 何本か作ってみて、1番良さげなやつがこれなんだけど」


「……うん。十分、というか。想像以上だ。流石だな」


 浩一が、わしゃわしゃっとマーシャの頭を撫でてやると、彼女は嬉しそうに顔を緩めながら、声をもらす。


 マーシャが持ってきた原器は、浩一の素人目からの評価ではあるものの、非常に真っ直ぐに作り上げられているように見える。

 最低限、それなりに長さの基準として使えればいいと思っていた浩一からしてみれば、十二分も十二分。良い方向性に想定外の仕上がりだった。


「それじゃあ、これを腐食しないように表面加工していきたいんだが。……マーシャ、防錆魔法みたいな、そんな都合のいい魔法あったりするか?」


「うん、それっぽいものならあるよ?」


「そうか。やっぱり無……えっ、あるのか?」


 コクコクと頷くマーシャ。

 彼女は手近なところにあった釘を1本手に取ると、見ててね? と言って。

 釘が、マーシャの手に触れているところから、だんだんと黒く色づいていく。


「こんな感じのやつならあるよ? まあ、表面を強く擦ったりすると、剥がれちゃうんだけど。でも、黒いのがついてる間は錆がつかなくなるの!」


「……黒錆加工だな」


「ええ、黒錆加工ね」


「うん? なあにそれ」


 首を傾げているマーシャの横で。浩一と風花が納得した様子でそう言う。

 結局、当初の予定からは大きく変わらないらしかった。

 だが、ある意味では都合も良さそうだった。

 釘の状態を見る限りでも、全体に満遍なく、しっかりと酸化被膜が形成されているのがわかる。素人が下手に黒錆加工をするよりも、よほど精度よく出来そうではあった。


「よし、それじゃあ表面加工はそれでやろう。……ただ、その前に」


「ええ。私の出番ね」


 そう。風花の出番――今から、1mの長さを決める。


 元空き部屋の、メートル原器を保管するための部屋に移動させてから、しばらく放置させて、室温と原器の温度を一致させる。

 浩一が備え付けた温度計に印を入れ、基準とする際の気温を決める。

 本来のメートル原器であれば0℃の際の長さと指定があるが、わざわざそこまで冷やすのも大変なので、比較的調整がしやすい室温あたりを基準に取る。これも、自分たちで基準を作るからこそできる荒業だろう。


 マーシャが、目盛りを刻みつけるための道具を持ってくる。

 これで、風花が指定したところに目盛りがつけられ。それが、このヴィンヘルム王国でのメートルの基準になる。

 そう思うと、重たい緊張が風花に走る。この一瞬の意味することの重大さを、理解しているから。


「……ここから、ここね。うん。このくらいのはず」


 風花が指定した場所に。彼女の心境とは裏腹に、あっさりと目盛りが刻みつけられる。

 そして、そのまますぐに表面をキレイに拭き取ってから、マーシャが防錆魔法で黒錆をつける。


 そうして、しっかりとケースの中に納めて。


「これで、メートル原器の完成だな。まあ、擬似的なものでしかないんだが」


「でも、十分実用に耐えうるものができただけ、すごいわよ。……私も、まさかここに来てメートル法が使えるようになるだなんて思ってなかったから。たとえ、もどきであったとしても」


 それがどれほどの力技であったとしても、統一の長さの規格(メートル法)が手に入ったことには間違いのない事実である。


 風花が、ほんの少し穏やかに微笑んでから。浩一に向けて言う。


「軌間を決めたりするのにも、地図がいるんでしょう?」


「なんだ、聞いてたのか」


「聞こえてきたのよ。……まあ、そうでなくとも、アルバーマの馬車鉄道のためにも必要だって言ってたし、どうせやるのは決まってたんだけど。でも、おかげさまで、やっと大きく動き出せる」


 確定ではないものの、風花が抱えていた問題が、これで解決した。

 元より、後半の段階で起こっていた問題だから、ここが解決したのであれば、あともう少し。


 地図が作れるようになるまで。もう、間近なところまでやってきている。


 彼女は、ポンと軽く自身の胸を叩いてから。真っ直ぐに、しゃんと立って。

 ここから先は、私の仕事だから、と。そう言うかのような視線を浩一に向ける。


「任せなさい。私が、最ッ高の地図を作ってきてあげるから!」


「ああ、よろしく頼む」

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