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#46

「計測機器の問題? でも、それにしては誤差が大きすぎるってさっき話して――」


「いえ、計測機器自体が持ってる誤差の問題ではなく。言ってしまえば、単位自体の問題とも捉えられるものになります」


 アイリスの言った言葉に、この場の全員が首を傾げる。

 この国における長さの単位はエルム。浩一と風花のふたりによる共通の認識として、だいたい30cmくらいの長さを1とする単位体系だということが確定している。

 だが、そのエルムがどうしたのだろうか、と。浩一が不思議に思っていると、アイリスが言葉を続ける。


「実は、エルムは。……というか、他の単位についても一部そうだったりするものもあるんですが、規格が統一されてないんです」


「…………は?」


 風花が、間の抜けたような声を出す。


 聞けば、このエルムという単位。腕の長さをベースに設定された身体尺のようで。成り立ちで言うなれば尺やフィートなんかと同じような成立の過程を持つ。

 そういった都合、人の身体に合わせてなにかを作る、ということについては非常に有用ではあるのだが。その一方で、個人差が出てしまう。


「さすがにそれでは個人間でのやり取りが不便であろうということで、最低限規格の統一はされているんですけど。でも、それはあくまで集落ごと、最大規模でも領地ごとの規格でしかないんです」


 理由は、それで問題が今まで起こってこなかったことと。それから、各個の利益についてを黙認するため、であった。


 簡単な話をしてしまうと、1エルムが長いほうが都合のいい人たちと、1エルムが短いほうが都合のいい人たちがいる。

 例えば、ヴィンヘルム王国における農作物の税収は畑の面積に対して課税される。

 だから、1エルムが長ければ長いほど、実測値は小さくなるために税収が少なくなる。

 その一方で、商人なんかがロープを売ると仮定すると、単位長さあたりの値段をつけて売ることになるので、1エルムが短ければ短いほど、売り上げを高くすることができる。


 そうした個々の利益というものを暗黙の了解のうちに認めるために、単位が完全には統一されていない、というのが現状であった。


「ああ! だから私が王都に出てきたとき、聞いてた部屋の間取りよりも狭く感じたのか!」


 ポンと手を打ちながらに、マーシャがそう言う。

 ヴィンヘルム王国では、遠くまで出かける、ということは一般人ではあまりない。それに、同じくエルムという単位を使っているし、差異があるとは言っても大きく長さとして離れているわけではないので「なんとなくそんなものだっけ?」くらいの認識になってしまう。

 だからこそ、これでも問題がないし、そもそも、そういった差異があるということすら認識していない人のほうが多かったりする。


 だが、たとえ差異自体がそれほど大きくないとはいっても、細かく計算をする上で、となると話が変わってくる。


「なるほど。1割長いエルムから1割短いエルムまで存在していたとして。それらを使う人間が一緒に測量したならば、最大で2割弱の誤差が出るわけか」


 測量に関して、想像以上の求人があったために計測機器の用意が十分に間に合っておらず、自前で用意できる場合はそれを使ってもらっていた。

 そしてここ王都は、ヴィンヘルム王国では珍しく、各地方から人が集まってきている。

 その結果、偶然にも長いエルムを用いている人と、短いエルムを用いている人とが共同で作業してしまったがために、今回のような事件が起こってしまった、と。そう推測できる。


「つまり、問題があったのは、本当に計測機器の方ってこと?」


「確定ではないですが、その可能性は高いと思いますの」


 力なく訊く風花に、アイリスはそう答える。

 ぱちくりと瞬きを数度した風花は、しばらくして、ふっふっふっふっ、と不気味な笑いを漏らして。


「ふざけんじゃないわよ! もう、これだから身体尺ってやつは嫌いなのよ!」


 ウガーッ! と。風花が吠えるようにして怒りながらそう叫び。そのまま、力尽きてゆるゆると机に突っぷす。


「しかし、問題の原因が判明したのであれば、これでなんとかなりますかね?」


 つまるところが、計測機器の単位がばらついていたがために、今回の問題が起こった。と、するならば計測機器を全て統一してしまえば、これらは起こらないということになる。


「……いや、しかし。ちょっと面倒なことが残る」


「そう、なのですか?」


 アイリスが浩一の言葉に、首を傾げてそう聞き返す。


 測量を一括で行う、という目的だけならば、それで問題がない。最終的にはそれなりに専門性が高い機器になるので、こちらで製造して提供することになるだろうから、製造段階で単位が混同しないように気をつければ問題は起こらないだろう。

 しかしながら、地図作りも重要な事業ではあるものの、浩一たちが行っていることの最終目標は鉄道作りである。


「鉄道車両はレールの上を転がる動輪によって動いていく。逆に言えば、動輪はレールの上に乗ってしかいない」


 いちおう内側にはフランジと呼ばれるつば状の出っ張りがあり、それによって脱線が防止されてはいるものの、あくまで乗っているだけという形状に間違いはない。

 だからこそ、動輪同士の幅とレールの軌間とがちょうど噛み合うように設計されていて、それによって鉄道車両がレールの上に乗ることができている。


「もちろん、こちらについても徹底して規格を指定し続ければ問題ないといえば問題ないが、敷設する規模が規模なだけに、外注するような形になることもあるだろう」


 そして、その際に。万が一に伝達のミスなどがあって、規格がズレてしまったら。


「レールの上に、車両が乗ることができない」


「――脱線事故、だな。あってはならないものだ」


 アイリスのその答えに。浩一が、重々しく、そう返す。

 その雰囲気に、思わずアイリスとマーシャがゴクリと唾を飲み込む。


「それでは、どうするのですか?」


「単純な話だ。規格を統一すればいい」


 実際、地球の歴史上でも身体尺はその単位体系のばらつきから諸問題が発生し、それらが統一される方向に動いていった。だから、統一するのが最善の手。

 だがしかし、ヴィンヘルム王国に於いては、これらのばらつきは庶民へのお目溢しとして存在している。それらを取り上げる、というのはあまりよろしくないだろう。


 だからこそ、やるべきことは。


「身体尺に依らない。つまるところは、明確な定義に基づいた単位体系を指定する。無論、これらを使うのは地図や鉄道事業のみで、他の事業に流用するかどうかはそれぞれの判断に任せるものとする」


 そもそも、地図や鉄道のような国全体に影響するような事業に於いて、各地の単位体系にばらつきがある状態では事業として好ましくない。

 で、あるならば。統一規格を別個作り、それに依って事業を進めていくほうが好ましいだろう。


「だが、最低限キチンと浸透しやすいように。しかしながら、各地のばらつきからしても、ある程度わかりやすく認識ができるようにはしておく」


 あと、浩一や風花にとって。ちょっとばかしわかりやすくしたとしても、バチは当たらないだろう。


「風花。確認だが、共通認識として1エルムがだいたい30cmくらいということで判断したが、たしか、それよりも少し長いくらいだって言ってたよな?」


「え? う、うん。たぶん31cm前後くらいだと思う」


「なるほど。つまり、だいたい3.2倍すればいいわけだな」


「……まさか、浩一。あなた」


 アイリスとマーシャは、なんのことだかわかっていない。だがしかし、風花は、浩一のしようとしていることを、理解する。

 浩一は、ニヤリと笑いながらに。ああ、そうだ。と、そう答えて。


「作ろうじゃないか。だいたい3エルムちょっとを1とする単位体系を」


 だいたいという曖昧さがあるから、エルム自体の持つ誤差を吸収できる。それでいながら、だいたい3倍よりも少し長いくらい、なので想像もしやすい。


「疑似メートル法を。それを統一な規格とする絶対的な基準、メートル原器を」

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― 新着の感想 ―
[一言] ヤードポンド法は死すべし!慈悲はない! 日本も尺貫法だったですが、太閤検地や家康の検地でやっても、京間や江戸間、中京間のように、西日本、東海、東日本で長さが違っていたりして、明治の度量衡法…
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