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#45

「以上が、報告書になります」


 王都に帰ってきてすぐ、浩一は今回の視察における報告をアレキサンダーに行っていた。

 まあ、そもそもそれが元々の仕事であり、当然といえば当然なのだけれども。しかしながら、浩一も、アレキサンダーも。別なことを話したい、と。そういう考えがお互いにハッキリと見えていた。


「それで、アルバーマ男爵との交渉はうまく行ったのかい?」


「はい。事業に関しての技術と資源、それから土地での協力をいただけることになりました」


「ほう。それはまた、随分と気に入られたようだね」


 まあ、好意を抱かれることについてはあって困ることではないだろう、と。アレキサンダーはにこやかに笑いかけながらそう言った。

 鉄道事業関連の、アルバーマでの計画の進行度合いについてをまとめた資料についても彼に提出して。とりあえず、これで今回の視察に於いての全報告を行ったことになる。


「それでは、俺はこのあたりで――」


「ああ、そうだ。なにやら、マーシャがコーイチのことを呼んでいたぞ。帰ってきたらすぐに来るように言ってくれ、と」


「そうなんですか。なら、今すぐに行ってきますね」


 どのみち研究小屋には行くつもりではあったが、どうやらそこそこ急を要する用件があるらしい。

 浩一はペコリと頭を下げてから部屋から退出して。少し早歩き気味に廊下を歩いて研究小屋へと向かった。


 その途中、アイリスとばったり会って。浩一がマーシャから呼び出されていて、今からそこに向かうという話をすると、彼女も一緒についてくることになった。


「しかし、今呼び出すってことは。事前に頼んでいたアレかな?」


「あれ、というと。……ああ、そういえばフーカ様のお願いで作っていたものがありましたわね」


 そう。風花が欲しい。あればかなり変わる、とそう言って、可能ならば作って欲しいと言っていたものが、カメラだ。

 そして、それをどうしようかという話をしていたところ。マーシャがなにやら思いついたらしく、フィルムの部分は自分がなんとかするから、浩一にレンズ部分の設計図を作っておいてほしい、と。そう頼んでいたのだ。


「そういえば、そのレンズ? というものはできましたの?」


「作るのは俺ではなくて、マーシャにはなるだろうけどな。ただ、ある程度のところまでなら」


 アルバーマへの視察などもあり、どうしても作業が止まっていたところはありはするが。それでも、最低限レンズらしきもの、くらいと呼べる程度には設計図ができている。

 とはいっても、まさしくレンズもどきではあり。今のままでは倍率操作やフォーカスの調整などもできないため、まだまだ改良が必要な段階ではあるのだけれども。


「しかし、わざわざお兄様に言付けてコーイチ様を呼び出すってことは、きっと進展があったということですわよね?」


「まあ、そうだろうな。……っと、話しているうちに着いたな」


 どうやらいつものごとくマーシャは研究小屋に入り浸っている様子。風花がいるから以前のような限界状態にはなっていないだろうけれども。はたして、どうしているだろうか。

 そんなことを思いつつ、コーイチが研究小屋を開くと、おかえり! と。元気な声でマーシャが迎え入れてくれる。


「ただいま、マーシャ。あと、銃、助かったよ」


「あ、使ったんだ。それで、どうだった?」


「威力は申し分ないが、やっぱり撃ち切りってのが難点だろうな。あと、これは俺の都合でもあるが、命中精度が微妙だ」


 射撃に慣れていなかった、体勢が不安定な中で使った、という理由もあるが。反動が尋常ではなく、それによって狙いがかなりブレる。


「ああ、たしかにそれは試作品とはいえ大きな反省点だねぇ」


 魔法銃をマーシャに返却すると、彼女はぶつぶつと改善点についてを自問し始める。

 このまま彼女が納得するまで待ってもいいのだけれども。呼び出された理由はこれではないだろうから、と。浩一は話を引き戻す。


「それで、俺を呼んだのはどういう用事だったんだ?」


「あ、そうそう。そのことなんだけどね! ちょっと、私じゃどうにもできないことがあって」


 つまり、進展の方ではなく、行き詰まったところがあるから、それについて話したいということだろうか、と。そう解釈する。

 まあ、フィルムがそう簡単に作れるとは思っていなかったので、こうなったこと自体は不思議ではないのだけれども。


「しかし、俺の持ってる銀塩フィルムの知識はアルバーマに行く前にマーシャに紙で渡したやつくらいしかないぞ?」


「うん? フィルムの方なら完成してるから問題ないよ? 困ってるのはそのことじゃなくって」


 しれっととんでもないことを言い放ったような気がするが。マーシャはそんなこと微塵も気にも留めず、眉を下げながらに。


「フーカちゃんの様子がね、心配なの」


「……風花が?」






「それで、フーカちゃん、ずっと悩んでるみたいなの」


 マーシャに案内されるままに、研究小屋の奥に向かって歩いていく。

 どうやら、マーシャの世話を焼くために、最近では風花が研究小屋の中で自分の作業をしているらしいのだが。マーシャがそんな風花の様子を見に行ったところ、随分と荒んだ様子だったらしい。


 自身の様子を見てくれているときはそうではないのだが、数日前から、ひとりになっているときに悩んだりちょっと怒ったように紙を丸めて投げ捨てたり、ということをしていたようで。

 それを見たマーシャは、どうしたらいいかがわからず。とりあえず彼女のことをよく知る浩一に助けを求めようとして、しかしながら、そういえば出張中だった、と。

 これが、今回浩一が呼び出された理由だった。


「この部屋に今はいるはずだよ」


 マーシャが指差した部屋の前に立って、浩一がノックと声掛けをしてみる。しかし、返事はない。

 風花にしては珍しいな、と思いつつも。とりあえず入室をしてみる。

 浩一が部屋に入ると。その視線の先には、普段の彼女からはあまり考えられないくらいに身だしなみが荒れつつ、少し目元にクマが染み付いた風花がいた。


「……いったいなにについてそんなに悩んでるんだよ、風花」


 なんだかこんな様子の風花を見るのも久しぶりだなあ、なんて。そう思いつつ、浩一が声をかける。

 マーシャから話を聞いていて、なんとなく少し察していたところはあるが。やはりというべきかなんというか。


 ペンを片手に机に突っ伏しながら、紙に向かってガリガリと計算していた彼女は、浩一の言葉にその手をピタリと止めて。バッと起き上がる。


「へう? あ、浩一。……浩一!? いつから帰ってきてたの!?」


「ついさっきだ。で、マーシャに呼ばれてやって来たら、どうやらお前が荒れてるみたいだったからな。どうせ、なにか壁にぶつかっていつものごとく悩んでるんだろうなあ、と」


 風花は慌てて自身の身なりを整えようとするが、もう浩一はおろか、後ろについてきていたアイリスやマーシャにも見られてしまっていて。もう、いいかと諦める。


「で、なにをそんなに考え込んでるんだ?」


「……別に」


「なわけないだろ。俺がお前といったい何年付き合ってきたと思ってるんだよ」


 浩一は、風花とは幼馴染なだけあって。彼女の性格についてもそれなりによく知っている。

 風花が、悩み事を他人に相談するのが苦手で。ひとりで抱え込もうとすることも。

 そのときに、私生活が荒れる癖に人前ではなにごともなかったかのように振る舞うことも。……そのせいで、ずっと解決しなかったら、突然電池が切れたかのように倒れ込むことも。


 ため息をつきつつ、強引に首を突っ込むためにも浩一が先程まで彼女が書き込んでいた紙を覗き込んでみると、案の定計算式の山。

 その隣には数値がたくさん並んでいて。どうやら、それらを使って計算を行っていたようだった。


「もしかして、傾斜の計算か?」


「……ええ、そうよ」


 紙にはパーセントやパーミルなどの記号が書かれていたし。隣の紙の数値が距離や高さなんかだと考えると、納得がいく。

 どこか不服そうな風花は、肯定はしつつも。どうにも、自身の計算に納得がいっていない様子。


 風花はペンを置きつつ、大きなため息をつきながらに言う。


「ちょっと前からね。誤差が出るって報告は上がってたの。まあ、斜度だけじゃないんだけど」


 彼女が言っているのは、どうやら地図作りの方の話のようだった。

 こちらの計画については、鉄道事業としても必要であり。また、それと同時に国益としても即効性のある事業ではあったために、別枠でアレキサンダー主導、風花指揮の元で計画が進んでいた。

 そして、当然ながらに測量の技術をたったひとりが持っていても、到底国中を測量するなど不可能であるために。風花は慣れないながらにもそれらを兵士を中心とした測量作業の参加者たちに教えていた。


 誤差についての報告は。おそらく、測量の練習として行っていたときのデータについてのことだろう。


「正直、ちょっとの誤差なら納得はできるの。今のところ扱っている道具類はあんまり精度が良くないから、それに由来するものだろうって」


 でも、と。そう前置いてから、風花は紙面を指し示しながらに言う。

 そこに書かれているのは、おそらく各自が出したのであろう測量の結果。それを見れば、風花が言いたいことが、浩一にもわかる。


「さすが1割以上も誤差が出てるってのはなにかがおかしいとしか思えないの!」


 たしかに、できるだけ正確な地図を作ろう、と言っているときに、多少の誤差ならばともかくとして、1割を超えてくる誤差が出てくるともなれば、根本からやろうとしている計画が崩壊する。


「計算ミスかもしれないって思って大きな誤差が頻繁に出てるグループのデータを貰って私の方でも計算してみたんだけど。……何度やり直してみたんだけどね」


 つまり、その結果がこの計算用紙だろう。……つまり、計算には問題がない、ということだ。

 ふざけてやってる可能性も考えて、風花が同行してみたものの、そういう様子はなく。しかしながら、その日の計測でもやはり値は大きな誤差を抱えていて。


「計測器具の誤差にしては大きすぎる気がするし。でも、計算ミスでもない。きちんとやってるのに、なんでこんな誤差が出てるの? って。どれだけ考えても、わかんなくって……」


 ひとしきり、思いを吐き出しきってから。風花はパタリと、そのまま机に倒れ込む。

 その顔からは、明らかに疲れが見える。相当に悩み続けているようだった。


 しかし、風花の話を聞く限りでは、たしかになぜそんな問題が起こっているのか、と。そう思ってしまう。

 浩一やマーシャが、首を傾げつつに考え込んでいると。その後ろにいたアイリスが「あの」と、小さく手を上げた。


「ええっと、その測量、というのは複数人でやっているのですよね?」


 アイリスのその言葉に、風花がコクリと頷く。

 すると、アイリスは少し考えてから。でしたら、と。そう言って。


「もしかすると、なのですけれど。やっぱり問題は計測器具のほうにあるのかもしれませんわ」

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