#44
翌日は必要な資料や報告書のまとめや、様々な事柄の取り次ぎなどで手を取られるため。更に翌日に帰還することとなった。本来ならばそこまではかからないのだが、今回は鉄道関連の話もあるため、通常に増して多い。
……そしてそれを予見していたかのごとく、そうなるようにアレキサンダーの予定が組まれていたところを見るに、本当に底がしれないと、浩一とアルバーマ男爵は揃って戦慄する。
またその間、フィーリアが鉄道事業に関する窓口役になったこともあり。浩一の作業の手伝いをしてくれていた。
「そういえば、コーイチさんって箒で空を飛べないんですよね?」
「恥ずかしながら、そうなりますね」
作業をしながらに、浩一とフィーリアは言葉を交わす。
より正確に言うならば、魔法全般を自発的に使うことができない、と。そう伝える。
浩一の現状としては、魔力を自力でアクティブにして魔法として顕現させることができない、という状況。
だからこそ、普通の人が困らない作業である調理なんかでも、火を起こせないし水も出せないし。そしてなにより、先述のとおり空を飛べない。
一方で、魔法として扱うことができない、というだけなので。例えば既に魔法が仕込まれているカンテラなんかを灯して使うことはできるし。それこそ、マーシャが作ってくれて、今回の賊による襲撃を退ける功績をあげた魔法銃なんかを使うことはできる。
「それで、アイリス様に箒に乗せてもらっているんですもんね」
「ハハハ、まあ、その。他にできる人がいないってこともあるので」
これに関しては事実である。
浩一の足役として王女であるアイリスが担当しているのは、ひとえに他にこの役割を担える人物がいないからである。無論、本人がそれを強く望んでいるから、という理由もあるが。
「では、他にできる人がいるのならその人でも問題ない、ということでしょうか?」
「まあ、それはそうなります、かね?」
実際にはアイリスが自分からやりたがるので結果的に落ち着くところはそこなのかもしれないけれども。しかしながら、担当する人物がアイリス以外でも問題ないのはそのとおりだし、なんなら浩一としてはそちらのほうが立場云々に由来する心臓への負担などが軽いため、ある意味ではありがたかったりする。
なんせ、アイリスの側から容認しているとはいえ。曲がりなりにも婚前の女性で、なおかつ、王女なのである。今では少し感覚が麻痺してしまっている自分が恐ろしいが、その身体にみだりに触れるのはもちろん、密着するなど到底ありえない行為で。本来ちょっとの間違いで首が飛びかねない。
他に浩一のことを連れてくれる人がいるのなら、それに越したことはなかったりする。……間違いなく、アイリスがそれを認めない未来は見えてはいるものの。
まあ、実際には。アイリスの感情云々を抜きにしても。彼女がどうしても担当できないときに代わりを担える人物がいるに越したことはないのも事実だったりする。
「なるほど。……しかし、そもそも二人乗りは普通は不可能と聞きますし。やはり、難しいんでしょうね」
「そのあたりの理論は私も学びましたが、そもそも飛行魔法というものが二人乗りに向いてないみたいですね」
浩一がフィーリアからの質問にそう返すと、どうしてだか彼女はふふふ、と。小さく笑った。
要領を得ないその反応に浩一が首を傾げていると、彼女はニッコリと笑って。
「一人称は、私、なんですね?」
「……えっ?」
「別に、俺、でも構いませんよ?」
「――ッ」
思わぬところから突かれたその言葉に、浩一はピシャリと固まる。
フィーリアやアルバーマ男爵の前では徹底して私を一人称として使っていたはずである。だというのに、どうして?
もちろん、アイリスと二人きりのときは彼女が期限を損ねるので、俺を使うことはあるが。しかしながら、それで言うならば敬語でないことについてのツッコミもない。
ジッとしばらく考え込んで。そうして、ひとつの候補に辿り着く。
そして、軽く額に手のひらを当てながら、あのときか、と。
賊から逃げるとき。あのときは、直前にアイリスと話しており。また、咄嗟に判断しなければいけない状況であったために、俺という一人称が誤って出てしまっていた。
とはいえ、フィーリアの方もそれを問題にしよう、とか。そういう意図はないようで。とりあえず、少しだけ安心する。
「ええっと、その」
「これから、コーイチさんと私は短くはない付き合いになるはずです。で、あるならば、楽に話していただいて大丈夫ですよ?」
なんて言い訳をしようか、と。そんなことを考えていた浩一に。先に手を打つようにして、フィーリアがそう言う。
ここまで言われてしまったからには、それを断るというのもしのびなく、浩一はコクリと首を縦に振るほか無かった。
「いっそ、砕けた口調で話していただいても大丈夫ですよ!」
「ハハハ、検討させてもらいますね……」
あからさまに横に流すようにして、そう言った浩一に。フィーリアは「冗談ではないんですけれど」とそう言う。
冗談でないのなら、なお困る。あいにく、浩一はガストロやガードナーのような豪胆な性格はしていない。
……アイリスに対してはそうしているだろう、というのは禁句である。あちらは、半強制されての今なので。
「でもまあ、話を戻しますけど。実際、俺のことを乗せてくれる人がいるのなら、本当にありがたい話ではありますよ? 普通の二人乗りよりかは難易度低いらしいですし」
「そうなんですか?」
「ええ。これについては俺が空を飛べない――魔法をうまく使えないというのが理由になっているという、なんとも悲しい話ではあるんですけど」
そう言いながら、浩一は苦笑いをしつつ。説明をする。
「……なるほど、たしかに魔力干渉が少なくなるのなら、難易度は下がる、と」
「もちろん、それでもなお依然として二人乗りは困難みたいで。現状では、アイリス様以外で俺のことを乗せられる人はいないんですけど」
なにせ、魔力干渉が起きないわけではないために、それだけでも通常よりも難易度が高く。それに加えて重量問題についてもクリアする必要がある。
そのため、この条件を満たせる人物はやはりそう簡単には見つからないらしい。
浩一は小さく笑いながら、少し冗談めかしつつそう言う。
フィーリアも同じくして笑ってくれるだろうと、そう思っていたのだけれども。どうやら彼女は神妙な顔つきでなにかを考えているようだった。
「……ねえ、コーイチさん。もし、二人乗りができる人材がいるのなら、その人でも問題はない、のですよね?」
「えっ? あ、はい。いちおうはそうなります」
もちろん、実際の事情的にはアイリスが絶対にゴネるだろうが。
しかし、わざわざこうしてフィーリアが確認をしてくるということは。もしかして彼女にはなにかしら心当たりがあるのだろうか。
しばらく考え込んだフィーリアは、パッと顔を上げて。
その顔は、なにかしらを決意したように。真っ直ぐに前を、――浩一を見つめていた。
「コーイチさん! 私、頑張ります!」
「はい。……はい?」
いったいなにに対する宣言なのだろうか、と。浩一が疑問符を浮かべながらに首を傾げている一方で、フィーリアはそのままに言葉を続ける。
「これから先、コーイチさんがアルバーマを訪れる機会は多くなると思うんです」
「そう、ですね?」
「だから、移動はスムーズにできる方がいいと思うんです!」
それはそうだろう。そのことについては、浩一も同意見だ。
とはいえ、それだけでは、先程の宣言と浩一の思考とが繋がらない。
はたして、彼女はなんの話をしているのだろうか、と。
そんな浩一の疑問は他所に、フィーリアは「だから――」と切り出す。
「私、頑張って箒の練習をします! コーイチさんを乗せられるようになるために!」
なるほど。たしかにそれならば話の流れが繋がるし、それに、彼女の言うとおり、浩一がアルバーマを訪れた際の移動がスムーズになるだろう。
アイリスを伴わなくても浩一とフィーリアの二人で移動できるということになるのだから、これが可能になればアイリスが用事のときでも動けるようになるわけだし――、
「って、えっ? 他の誰か、ではなく、フィーリアさんが?」
「はい! 私がです! なにせ、私がアルバーマ領としての鉄道事業の担当なので!」
堂々たるその宣言に。浩一は、少し頭が痛くなる。
たしかに、王女と貴族令嬢では立場や格などが違いはするものの。しかしながら、平民である浩一からしてみれば、どちらも高貴な人であることには変わりないのである。
――どっちも、心労にほぼ変わりねえッ!
決して言葉に出すことはしないが。……というか、満面の笑みでニコニコしているフィーリアに言えるはずもないのだけれども。
心の中で、浩一は静かにそう叫んだ。