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#43

 馬車鉄道。どこからを鉄道と捉えるかで差異はあれど、最初期の鉄道のひとつと言って差し支えないのが、コレである。


「コーイチ殿から貰った資料を軽く目を通して、どんなものなのかはざっくりわかったが。いちおう、しっかりとした説明を聞かせてもらってもいいだろうか?」


 アルバーマ男爵からのその要請に、浩一はコクリと頷く。


「馬車鉄道とは、その名の通り、馬で車両の牽引を行う鉄道のことです」


 イメージとしては、非常にシンプル。馬車における荷車が、そのまま鉄道車両に置き換わっただけである。

 とはいえ、たったそれだけの違いではあるものの。普及するだけに、単純な馬車とは違った、大きな特性がある。


「最大の特徴を挙げるならば。馬車とは違い、レールの上を走るということがあります」


 それだけの差ではあるものの、これが実は存外に大きい。

 馬車のように、直接に地面へ車輪をおろして移動をする場合、路面状況をダイレクトに受けることになる。

 これがコンクリートのような舗装路とゴムタイヤの組み合わせであるならばまだしも、整備こそされど未舗装の道と木製の車輪であれば、路面のガタつきなどの影響を大きく受けることになる。

 その点、馬車列車ではレールの上を鉄製の車輪で走っていくという特性上、走行上の抵抗を大きく軽減した状態で運用することができ、また、路面状況に依らず、揺れなども少なく、安定した運行が可能になる。


「そのため、同じ馬力でも馬車列車では、より多くをスムーズに運搬することができます」


 元より、歴史を辿るならば馬車列車の原点は鉱山内での輸送を目的として馬が車両を引いていたものが始まりである。のちに、揺れの少なさなどから人間の移動用として普及していくことにはなるが、成り立ちを考えれば輸送に関しても強みを持つというのは至極当然のことではある。


「なるほど。それを用いれば輸送の難易度が格段に下がる、と」


 アルバーマ男爵の解釈に、浩一は肯定を返す。

 また、鉄道を開拓して行く以上、いつかはここにもレールを敷設していく必要性はあるわけで。で、あるならばそれを見越して今から設計していけば、事業がうまく行って実際に運用していくことになったときに、そのレールをそのまま使うことができる。


「わかった。それならば――」


「ただし、弱点ももちろんあります」


 アルバーマ男爵がなにかを言いかけたが、それとほぼ同時。浩一がそう切り出す。

 声が重なったことに、浩一が遠慮をして先にと言おうとしたが、しかしながらアルバーマ男爵は「いいや、コーイチ殿が先に」と。

 その言葉に、では、と。ひとつ仕切り直してから、


「この弱点は、馬車鉄道に限らず、私たちが敷こうとしている鉄道全体に言えることではあるのですが。まず、レールは路上に固定する都合、土地を占有してしまうという弱点があります」


「それは、たしかにそうなるだろうな」


「そして、もうひとつ。これは強みにも弱みにもなるのですが、鉄道は決められた道しか通れません」


 一度敷設したところから、原則的には動かすことができない。少し向こうに行きたいから、と言って、線路を外れることはできない。

 だがしかし、それと同時に。だからこそ、前に進む力のみを与えれば移動として成立する、という仕組みとしての簡易性があるのだけれども。


「こういった弱点は、間違いなく存在します。事業について、基本的には負担は私たちの方で可能な限りは負いますが。しかしどうにもできないもの――特には土地の問題などは、必ず出てきてしまうものになります」


 つまりは、浩一が交渉しているのは。アルバーマ領の中で、鉄道を敷くための土地を占有させてほしい、というものだった。


 事実として、これは地球上での鉄道事業ではとても大きな障害足り得る性質ではある。

 ほとんどの土地というものは誰かしらに所有権があるために、それぞれの土地をその人々から買い上げて、そして鉄道を作っていく、という必要性がある。

 それが本来であればとてつもない仕事になる、のだが。実はこの点については、少しだけヴィンヘルム王国における強みがある。

 都市と都市との間の土地については、そのほとんどが所有者がおらず、強いて言うならば実質的には領主の所有であり、そのあたりの計画を作りやすいという性質がある。

 もちろん、都市と都市を繋ぐための道路などもありはするのだが、基本的には交通の主体が空路であり、それで対応できないものが地上を移動していくという実情があるために、地上の交通が空いている。


 そういった都合、レールを敷く余地は十分にある。無論、だからといって勝手に作れるわけではなく。

 だからこそ、必要なのは領主であるアルバーマ男爵の許可。


「……なるほど。弱点はあり、敷設するにあたってのリスクはありはする。だけれども、それを加味してもなお、作るにあたっての利がある、と。そう言いたいのだな」


「はい、そのとおりです」


 アルバーマ男爵は、少し考えさせてくれ、と。そう言って。少し俯きながらにジッと考え込む。


 十分に、利点については説明できているはずである。そして、弱みについてもキチンと説明した。

 弱点などについては、ある程度開示しないという択も存在していた。それは、単純な話として。利のある無しだけをアピールするならば、マイナスになり得る要素だからだ。

 だがしかし、この場面に於いて。自分からそこをしっかりと説明しないのは、よくないだろう、と。浩一はそう判断した。

 アレキサンダー曰く、アルバーマ男爵はこちらから礼儀を失さなければ、誠実に対応をしてくれる人とのことだった。そして、浩一がこの視察中に感じ取った、アルバーマ男爵の人としての底の知れなさ。

 その二つの要素を加味して考えるのであれば、下手に都合の悪いことを包み隠しておくよりかは、こちらからキチンと提示しておくほうが、アルバーマ男爵からの心象がよくなるだろうと、そう判断した。


 話をした感触としては、決して悪くはなさそうではある。アルバーマ男爵の受け答えにしても、彼の所作や表情にしても。少なくとも興味はある、と。そういうように受け取れるものではあった。

 あとは、その興味が実を結び、好い返事として得られるか、という問題。


 アルバーマ男爵の判断に、全員の集中が向けられ。空気が緊張で張り埋める。


 彼はゆっくりと顔を上げながらに、フィーリアの方を向きながら。


「フィーリア、お前はこれについて、どう思っている?」


 と、そう尋ねた。まさか自分に振られるだなんて思ってもみなかったフィーリアは一瞬たじろいでから「私では判断が難しい、といいますか」と。最初に言っていたことと同じ答えを返した。


「この件に関しての可否について、ではなく。その計画本体についての印象であるとか、実現可能性であるとか。そういうところについて、どう思っているかを聞かせてほしい。フィーリアは短いながらにこの期間の間、コーイチ殿とともに行動していたであろう。ならば、私よりもよりコーイチ殿に近い視点のアルバーマ領の人間としての意見を聞きたい」


 アルバーマ男爵のその言葉に。フィーリアは少し考えてから。ひとつ決心したように、息を呑んでから。


「私個人が最初に思ったこととしては、正直、ただの夢物語であるようにしか思えませんでした」


 フィーリアのその言葉に、浩一の身体に強い緊張が走る。

 だがしかし、彼女がそう言うのも無理はないだろう。と。そうも思う。

 なにせ、見たことも聞いたこともないものを、イチから作り出し、運用しようと。そう言っているのだ。

 いったいどんなギャンブルなのだろうか、と。そう判断されても仕方がない。


「たしかに、コーイチさんの言うとおり、これが実現すればとてつもない利益が間違い無くアルバーマ領に。いいえ、それだけでなく、ヴィンヘルム王国内に生まれます」


 だがしかし、フィーリアが前置いたように。これはあくまで、実現すれば、の話ではあるのだ。絵に描いた餅が空腹を解決しないように、計画を練り上げようが、実現できなければ意味がない。

 フィーリアのその真っ当な意見に、旗色が悪くなったか、と。浩一がそう思いかけた瞬間。

 しかし、と。彼女はそう切り返す。


「コーイチさんならば、やりきるのではないか。夢物語を、現実のものにするのではないか、と。そうも、思うのです」


「……えっ」


 思わぬ援護を受けた浩一は、思わず頓狂な声を出す。


「絶対の確証があるわけではありません。けれど、コーイチさんは、鉄道について。たしかに可能なものであると、そう信じて話しているように、そう感じました」


 フィーリアのその言葉に、アルバーマ男爵は面白そうに「ほう」と、そうつぶやく。

 その表情は、新しいものを見つけた子供のような期待と。そして、自身の子供の成長を見守るような優しさとが合わさったようなもので。彼はひとつ息を呑んでから、フィーリアに話を続けるように促す。


「計画の内訳としても、ひとまず我々が行わないといけないことは技術の供与と土地の提供。土地については元より使っていない、あるいは輸送路として使っているものであるので、それが改善されると考えれば利益になります。技術の供与に関しても、計画の成否に問わず、領内の産業として仕事が生まれるということについては好いことだと考えます」


 全体の計画としては夢物語かと思われるが、しかしながら今の提案である馬車鉄道のみについては、フィーリアからしても実現性は十分にありそうに感じる、と。そうも付け加える。

 ひとしきり、彼女は自分の意見を述べて。そして、大きく息を吸い込んでから。目を開き、視線をしっかりとアルバーマ男爵へと向けて。


「だからこそ、私個人の意見としては、十分協力するに値すると、そう思います」


 そう、言い放った。


 浩一としては、まさかそこまでの考えでもって、説得に協力してくれるとは、と。そう、少し驚いて。

 しかしながら、彼女がここまで協力してくれたのである。それに強く感謝しながら、同時。強く、決心して。


「簡単な道のりでないことは自分たちでも自覚しています。けれど、失敗するつもりで挑んでいるわけでもなければ、無謀なことに挑戦しているつもりもありません」


 真っ直ぐに、そして、力強く。宣言をする。


 浩一のその言葉を受けたアルバーマ男爵は。そうか、と。小さく呟いてから、しばらく、静かに佇んで。

 そうして、緊張の流れる空気の中。それを破るようにして、大きく笑い出した。

 豪快に、しかしながらどこか落ち着いた様子で笑った彼は。ひとしきり笑いきってから。


「すまない。思わず場に不相応な対応をしてしまった」


「いえ、大丈夫です」


 実際、浩一は驚きこそしたものの、特段不愉快であるとか、そういう感情を抱いたわけではない。

 語った言葉に対する侮辱の笑いなどであればそうも感じただろうが。しかしながら彼のその笑いが、そういうものではないことが感ぜられたからだ。


「まさか、コーイチ殿はともかく、フィーリアにここまで説得させられてしまうとはな。この短期間で、成長せねばならないと思うなにかがあったか、あるいは、そうありたい誰かに出会ったか?」


「ッ!」


 どうやらアルバーマ男爵の言う言葉が図星であったようで、フィーリアはわかりやすく、ビクリと反応をしていた。


「だがまあ、よかったじゃないか、フィーリア。……アルバーマの金属産業について、ずっと一番に憂いていたのはお前だったものな」


「……はい」


 フィーリアは、少し恥ずかしそうに俯きつつも。しかし、嬉しそうにそう肯定した。

 アルバーマ男爵はそんな彼女の様子を見ながら、満足そうにしながら。それにしても、と。そう言って。


「しかし、殿下は面白い人物を送ると言っていたが、本当に予想以上だったよ」


「ご期待に添えたようで、良かったです」


 この答え方でよかったのだろうかと、少し心配に思いながらも、しかし「いやはや、期待以上だよ」というその言葉に、安心をする。


「さて、コーイチ殿。そろそろ、こちらからの返答をすることとしよう」


 返答、その意味は。すぐに理解する。

 コーイチが提案していた、鉄道計画。車両の製作の依頼や、そして、そのための馬車鉄道の敷設に関する話だ。

 ゴクリ、と。飲み込んで、浩一はアルバーマ男爵の言葉を待って。

 そして、アルバーマ男爵は。浩一の方を向いて、少し表情を柔らかにして。


「鉄道計画に関する話、アルバーマ領として、全面的に協力させて貰おう。技術供与も、土地のことについても。その他必要なことがあったら、加工な限り協力しよう」


「ありがとう、ございます!」


 告げられた言葉に、大きな肩の荷がひとつ降りて。強張っていた身体から力が抜け、思わずふらつきそうになる。

 浩一の隣では、アイリスが満面の笑みを浮かべていて。一応は公の場であるために言葉などには出していないものの、その顔には「やりましたわね!」という、そういう言葉がわかりやすく貼り付いていた。


「そしてフィーリア。この件については、お前が担当するように」


「えっ? えっと、その、それは」


 アルバーマ男爵のその言葉に、フィーリアが少し戸惑っていると。彼は安心しなさい、とそう言いながら。


「別に自分の言ったことだから責任をとれ、とか。そういうわけではない。ただ、やれる、と。……いいや、やりたい、と。そう思ったのだろう? ならば、やれるだけやってみなさい」


 そう言うアルバーマ男爵のその表情は。貴族であるとか立場であるとか、そんなものは微塵も関係なく。ただ、娘の成長を喜ぶ父親の顔をしていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] どうしてハーレムになるのやら、、、もげろ。 土地を占有してしまうのはしょうがないですね。 さて、アルバーマ領の協力を受けたことで、生産拠点やその輸送は確保できたわけだけど、 今度は運行部…
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