#41
二乗の速さに加速しながら、浩一の身体が地面に向けて落下していく。
地面が近づくにつれ、恐怖感が段々と鮮明に浮かび上がってくる。
本能が、その恐怖から目を逸らそうと、意識をシャットアウトしようとするが。しかし、ここでこれを手放してしまっては、それこそ、一環の終わりである。
そもそも、なんのアテもなく。身投げなどするわけもない。
「アイリッ!」
「こちらにっ!」
賊たちから少し離れたところを、弧を描くようにして遠回りしながらも。しかしながら持ち前の超高速で急降下してきた一本の箒が、浩一の伸ばした手を掴み、すくい上げるようにして引っ張り上げる。
「……ナイスキャッチ。助かった、アイリ」
「元より聞いていた作戦ではありましたけど、二度とこんなことしないでください。助けるこちらの心臓が持ちません。フィーリア様も、ひどく動揺されていましたわ」
フィーリアには、悪いことをしたなあ、と。浩一はそう反省する。アイリスには小声での作戦共有が可能であったために、なにをするのかということは大まかに伝えていたが、彼女にはなにも言えていなかった。
それゆえに、アイリス以上に気が気でなかったことだろう。
「ひとまずは、しっかり掴まっていてください。ただでさえ今は、制御がぐらついていますの」
賊たちから逃亡する方針で、アイリスは全力で逃げ始める。不安定な体勢ながらに、浩一は振り落とされないようにとしっかりと箒にしがみつく。
浩一が上空の方へと視線を向けてみると、そちらではフィーリアも同じく逃げ始めているのが確認できる。
「おい、やつらが逃げるぞ! 追いかけろ!」
賊のリーダー格の男がそう吠える。そうして、浩一たちを追いかけようと、箒で移動し始めようとするが。
しかし、その箒たちが。突然に落下し始める。
「コーイチ様。いったい、なにをしたんですの?」
「まあ、そうだな。……マーシャに頼んでいた武器の、デメリットの部分を全力で活用した、という感じかな」
賊たちは、こちらを追跡不能。距離もひとまず離せたので、とりあえず一旦は大丈夫だろう、ということで。改めて浩一が安全な姿勢で箒に乗り直して。
そして、今回の状況打破に一役買ってくれた、それを握った。
「それは、なんですの?」
「ほら、出発する前に保険ってことでマーシャから貰っていたものがあっただろ? アレだよ」
使うようなことにならなければいいな、とは思っていたけれど。しかしながら、用意していてよかった、と。そう安堵する。
まさか本来の使途とは別な使い方をすることになるとは思っていなかったが。まあ、それでも役に立ったのだから、本望ではあるだろう。
元より、射撃で当てるつもりなどなかった。当たればいいな、とは思っていたが、使ったこともないものをぶっつけ本番でなんとかできるほど、浩一自身、自分が器用だなんて思っていない。
実際、風花に指摘されているように自転車に乗るのにも随分と練習したし。未だに前カゴに荷物を載せたまま自転車を漕ぐとふらつくくらいなのだ。
だから、今回はそうでない側面に着目し、使用した。
マーシャに、この銃の製作を依頼したとき。仕組みなどを彼女に伝え、なおかつ、この世界の技術などを取り入れつつ再現をしてもらって。
その都合、試作品だという理由もあるが、一部、元々の銃から大きく違う点が存在している。
その関係上、彼女からは注意点として、ふたつ、挙げられていた。
ひとつは、装弾数が一発しかないということ。
さすがに急ピッチでの製作ということもあって、そのあたりの仕組みを完全に取り入れるということは難しく。一回限りの、文字通り隠し玉になってしまっている。
だが、その代わりに。マーシャ曰く「めちゃくちゃに威力を上げた」と。
彼女に聞いたところ、元々の仕組みの完全な再現は難しく。しかしながら、発射の機構を擬似的に簡易化しながら再現をすることで無理やり作った、と。
そしてその仕組みこそ、あらかじめ銃本体と銃弾とのその両者にいくつかの魔法を複数組み込んでおき、それを同時に起動することによって強引に銃弾を発射させる、というもの。
これならば、魔法を自力では使えない浩一ではあるが、魔道具などは使えるように、魔法が組み込まれた道具であれば使える。
なお、一発限りのその代わりに。ご丁寧にマーシャが練りに練り上げた魔法が仕込まれているために、その魔法の質だけは紛うことなき一級品。
おかげさまでとんでもない反動が浩一の腕に跳ね返ってきたが。しかしながら、その威力は彼女の言うとおり、めちゃくちゃに上がっていた。
そうして、もうひとつの注意点は。絶対に箒の上では使わないということ。
先述のとおり、実質的に命名して見るならば魔法銃であるこの銃は、発射のその瞬間に複数の魔法を同時に発動させる。
それも、エルフ謹製の超強力な魔法である。その際に撒き散らされる魔力の影響は、当然大きなもので。
そもそも、魔法が使える中でもなお、箒の上では通常の物理的な武器をそのままに使っているその理由こそ、箒の使用中は他の魔法に対して繊細になるからだった。
飛行魔法が複雑な魔法であるがゆえに、他の魔力と干渉してしまい、操作不能に陥りやすい。自身で光源を出すくらいであれば然程問題はないが、攻撃に使用できるレベルのものとなると、話が変わる。
だからこそ、マーシャはこの魔法銃を絶対に箒の上で使うな、と。そう言ったのだ。
浩一が仮にこの銃を箒の上で使う機会があるとするならば、アイリスの箒の上で、ということになるだろう。
箒に関する技術に於いて長けているアイリスですら、操作不能になる可能性が指摘されているレベルの代物なのだ。そんなものを、箒の集団の真ん中で使ってしまえば、アイリスほどの手練がいないであろう賊たちの箒の操作は、果たしてどうなることだろうか。
答えは簡単。墜落のその二文字だ。
実際、影響を避けるためにわざわざ遠回りをしながらに浩一のことを迎えに来たアイリスですら、操作のブレを受けてしまうレベルだったのだ。それよりもずっと近い距離で魔力干渉を受けてしまったのだから、この結果は当然のものだろう。
上空から降下してくるようにして、フィーリアが浩一たちに合流する。
その表情は真っ青で。どれほどに彼女に心配をかけたのだろうかということが手に取るようにわかる。
「……その、フィーリアさんも。言いたいことはいろいろあるだろうけど。とりあえず、ここから一番近い街まで案内してもらっていいかな。あいつらが行動できるようになる前に、そこの警察組織に報告して捕まえてもらいたいし」
そのまま、手近な街に逃げ込むようにして三人は入り、そこの警察組織にて、フィーリアが報告。そのまま賊たちが捕縛されたという知らせを聞く。
一連の騒動もあったことで、全員疲れもあり、また、予定外に時間が込み入ったこともあって、ひとまず本来の行程からは外れるものの、その街にて一晩を明かすことになった。
浩一は、アイリスから。そして、フィーリアから。順番に呼び出されることとなり。それぞれ、十分にお叱りを受けることとなった。
無茶をした、という自覚はあって。正直めちゃくちゃに怖くて。
また、それに対して、ふたりにとてつもない心配をかけた、ということは理解しているために。それらの言葉については、素直に受け取った。
が、それと同時に。あの状況からの、目立った怪我なくの全員生還、また、賊の対処を完遂したことについての、感謝も、二人から伝えられた。
その言葉を聞いて。自分の行ったことで、しっかりとふたりのことを守れたのだと。少し、ひとつの実感として浩一の中に大きく刻まれた。
まあ、その際に二人から、別々ながらに同じく言われた「二度とこんなことしないでください」というその言葉のほうが、より深く刻まれている、というのも事実ではあったが。