#4
なにを言っているかはわからないと思うが、ハチロクのNゲージを見せたら、アレキサンダーの抱えの付き人になってしまった。
そうして、現在。その原因であるそのものを持ってきたのだった。
「これが物を運ぶのか。……いささか信じられんが」
「あっ、いえ、さっきも言ったようにこれは模型なので。実際のハチロクはもっと大きいですよ」
それもそうかと納得しているアレキサンダーの横で、キラキラと目を輝かせたアイリスが今度は質問を投げかけてくる。
「大きいって、どれくらい大きいのです?」
「そうですねぇ。……少なくとも、俺たちの身長の倍くらいはあるかと」
Nゲージはnine gaugeの意味合いで、軌間が9mmである鉄道模型のことを指す。実際の8620形は軌間が狭軌の1067mmなので、大きさは単純計算でこの120倍弱ある。
全長16.765m、全高3.785m、俺も実際に見たことは数度あるが、その存在感には圧倒される。
まあ、これでも後継の蒸気機関車と比べれば小さいのだが。
「馬車が荷車を引くように、この蒸気機関車が客車や貨車を引いて、人や荷物を遠くへと運ぶんです」
「なるほどな。物を動かしてそれに荷物を引かせる、か」
アレキサンダーは顎に手を当てながら、ふむ、と。
そして、彼は至極当然な疑問に行き着く。
「それで、これはどうやって動くんだい?」
「これは模型なので動かないんですが、実際の蒸気機関車は石炭と水で蒸気を生み出し、その力で動きます」
「……石炭を食み、水を飲み、動くのか。それだけ聞けば、本当に生きているようだな」
その表現は、言い得て妙かもしれない。
馬などに取って代わって交通を支えた、蒸気を吐き出す鋼鉄の獣。
「コーイチ、聞きたいことがあるのだが」
アレキサンダーは顔を上げてこちらに向き直すと、真剣な面持ちで語りかけてきた。
そして、その口から放たれた言葉は、思いもよらぬものだった。
「君は、その蒸気機関車というものを作れるだろうか?」
「作……えっ? 蒸気機関車を、作る!?」
「そうだ。厳密に言うならば、設計ができるか、ということになるだろうが」
先程のアレキサンダーの説明のとおり、この国では現在、輸送における事実上の麻痺が起こっている。
輸送自体は行われているものの、物資の運搬量が十分ではなく。結果、物が不足。
それゆえ、アレキサンダーはもしこの蒸気機関車を作ることができれば、その問題が解決できるのではないだろうか、と。そう睨んでいるのだ。
たしかに、と。浩一は納得した。仮に蒸気機関車が走れば、輸送については問題が解決するだろう。……だが、
「数点、問題があるかと」
「ほほう。聞こう」
まず第一に、俺自身がきちんと設計できるのかということ。
たしかに、俺は鉄道が好きだし、蒸気機関車ももちろん好きだ。その好きが高じていろいろと調べていた関係で蒸気機関車がどのようにして動いているのか、などはある程度知っているものの、さすがに細かな機構なんかまでは把握しきれていない。
実際、たとえば今からシリンダの図面を描けと言われても、正直無理だ。
次に、輸送の問題が解決したところで別の問題が発生しかねない、ということ。
「別の問題?」
「はい。これに関しては、俺の元いた国でも同じような問題を抱えていたんですが」
日本においても、鉄道は様々な場所を走っていた。
当然、利用者の多いところもあれば。もちろん、利用者のほとんどいないところも。
しかし、公共交通機関として存在している以上、そういった零細路線を潰すというわけにもいかず、赤字での運営を余儀なくされるところも少なくない。
普通にやれば、採算を取るという意味合いで。大きな問題を抱えることになる。
嫌な話にはなるが、この手の運営を行う上で、お金の問題というものは必ずついて回る。切っても切れない縁だ。
「なるほど、たしかにそれは問題だな」
食塩などの量が足りていない物品に対して、補助金を出すことにより強引に輸送を支えている現在。仮に鉄道により輸送を安定化させたところで、その鉄道運営にお金がかかるとなってしまっては本末転倒だ。
うまい解決策になるのではないかと思ったのだが。アレキサンダーは、眉間にシワを寄せながら、少し俯き、考え込んでしまう。
しかし、そんな状況に切り込んだのはアイリスだった。
「細かなところにまで運ぶと赤字になるのであれば、主要都市にだけ運べばいいのですわ!」
「アイリ。そういう簡単な話ではないんだ。それでは主要都市に物資は集まれど、その周辺の村などには物資が――」
アレキサンダーはそこまで言いかけて、驚いたような表情をした。
なにかしらを納得した様子で「そうか、それならば!」と、頭の中で思案し始める。
「……アイリの言うとおりだ。村々にまで鉄道で運ぶと赤字になるのであれば、主要都市にまで運べばいい。そして、そこからは以前までの手法で運搬すればいいのだ」
なるほど、と。俺は納得した。
主要な都市まで鉄道を使って運搬。そして、そこからはこれまで通り、箒による輸送を行うというもの。
なにも変わっていないように見えるが、これが大きく違う。
箒による輸送の弱点は重量制限と航続距離。
そのため、この国全体を支えるための量を運ぶとなるととんでもない量と距離とを運ぶことになり、現在の輸送麻痺に繋がっていた。
だがしかし、例えばこれがとある村で必要な分を、近隣の都市から運ぶ、という程度であれば話は別。
ひとつの村で使う量であれば量はそこまで必要ではない。距離に関しても、近隣から運ぶ関係上さほど遠くないため同様に解決する。
そしてこれは、人の移動についても同様に解決する。駅が主要都市にさえあれば、人はそこまで箒で移動すれば良い。あとは、鉄道で目的地近くの主要都市に移動してから、またそこから箒で移動、ということが可能なのだ。
箒という交通手段があるだけで、ここまで状況が一変するのか。と、俺は感心をした。
……まあ、俺はその箒に乗れないわけなのだが。
「さて、こうなると主な問題はコーイチ、君がやれるかどうか、という話になってくるのだが」
パンッ、と。アレキサンダーが手を叩いて、話の流れを戻す。
そう。金銭的な問題が解決とまでは行かないにせよ、ある程度の目処がたったところで。そうなると目下の課題は俺が作れるのか、というところになる。
「正直、作れるのかと言われると、厳しいんじゃないかなって意見のほうが強いです」
さっきも言ったように、俺は蒸気機関車を設計できるほどに詳しいわけではない。多少構造などを知っている程度だ。
だから、正直この申し出は断るべきだろう、というのが俺の理性。
けれど、
「作ってみたい。作れるものなら、この手で。蒸気機関車を作って、動かしてみたい。そう、思ってしまっている自分が、たしかにいるんです」
子供の頃憧れたあの姿に。いや、その前段階から携われると、そう聞かされれば。
どうしてだろうか。気持ちが、身体が、ウズウズして仕方がない。
やりたい! と、叫ぶ本能が。どんどんと膨れあがっていく。
「できる、ではなく、やりたい、という。……作れるのかという質問に対して、なんとも不確かな言葉にはなってしまいますが、それでも」
――もし、やれるのであれば。
俺がそう気持ちを伝えると、彼は目を伏せて「わかった」と。
「コーイチ、君に蒸気機関車の設計、制作を依頼したい。その際、必要になる経費などは可能な限り、私から支援しよう」
「私も、私もお手伝いしますわ! これの大きいのを作るんですのよね! 私もやりたいですの!」
優しく笑って、そう言ってくれるアレキサンダー。
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、手を挙げているアイリス。
俺は、込み上げてくる涙を堪えながら、頭を下げる。
「ありがとう、ございます……」
これが、このヴィンヘルム王国における。鉄道事業の始まりだった。