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#38

「ふむ。これか……」


 ひとまず、仮置き程度ではあるものの、設計図と。そして、それの使用目的とを伝えると。ガードナーはそれをペラペラとめくりながらに面白そうに笑う。


「なるほどなぁ。たしかに、今のエルストの連中にゃあ荷が重い仕事だろう」


「相変わらず、ひとこと多いな」


「がっはっはっ! しかし、事実だろう?」


 ニイッと笑うガードナーに、ガストロはやりにくそうにする。痛いところをつかれた、というような様子だ。

 ガードナーはひとしきり設計図を読み切ると、ありがとさんよ、と。それを浩一に返してくる。


「それで、作れそうですか?」


「ここでの即答は、ちょっと難しい。思ったよりも難易度が高そうな要因があったからな」


 ガードナーはそう言いつつも。しかし、あくまでこれはただの男のひとりごとだ、と。そう前置いた上で。


「こんな面白そうな仕事、是が非でも受けてえし。なにがなんでも作ってみたい、という気持ちはある」


「で、では!」


「待て待て。さっきもこれはただのひとりごとだ、と。そう言っただろう?」


 慌ててガードナーからそう諫められて、浩一ははっとする。

 すみません、と。そう謝ると。しかしガードナーからも、気持ちはわかるけどなというように理解をもらって。


「とにかく、いくつか課題がある。まずは技術の問題だが、今の俺たちでも先頭の蒸気機関車ってやつを作りるには、少し技量が足りない」


 無論、設計図が一部ハッキリしていない、という都合もあるが。それについては現在浩一とマーシャが開発中である、ということは伝えている。

 それを差し引いたとしても、技術的に難しそうなところが残る、という話だった。

 更には、開発が終われば、それを組み込んでいく必要もあるわけで。そこから先についてはマーシャなんかも協力してくれるだろうが、今以上の難易度になるのは確定的だ。


「だがまあ、それらに関しては俺たちが頑張ればいい、という話だ。幸い、他の部分……この貨車や客車ってやつを優先的に作るうちに擬似的な練習になるだろうから、そういう方針でいく」


 だが、と。そう続けながら。ガードナーは話を続けようとして。

 しかし、どこか恥ずかしそうにしながら、髭を少しイジる。

 そんな様子を見たガストロが、はあ、と。大きく息をついて。


「物作り全般に対して長けており、そして、それを生業としている都合。こいつらはいろいろ作ってる。だからこそ、その設計図に対応できるって側面もあるんだが。その一方で――」


「わかったわかった、ガストロ。自分で言うさ。……まあ、こいつが今言おうとしたように、俺たちはあんまり製鉄関連が得意じゃあねえんだよ。もちろん、それなりにはできるがな」


 聞けば、鉱山自体は近くにあるが、規模がここエルストと比べれば小さく。そういう都合なども相まって、エルストほどのクオリティの金属の産生は現状できていない、とのことだった。

 ただ、その理由は今までは例えば家具なんかを作る際のジョイントの部分として少しだけ使うものを作ったりする都合でそこまで需要が高くなかったから、というようなものなので。いちおう対策はできなくはないとのことらしい。

 しかしその一方で、蒸気機関車作成に向けてそちらへ仕事を偏重させる必要がある中で、製鉄のスキルアップまで、となるとさすがに限界がある。


「つまり、今取れる最善手、となると。ここエルストと俺らの街、ブラウとで協力して作っていく、ということになるだろう」


 そう。別に、ひとつの街で無理して作る必要性はない。で、あるならば。製鉄部分をエルストで、加工部分をブラウで。と、分担すればいい。

 だがしかし、それにも課題がある。それは、言われずとも浩一にも、なんとなく察しているものがあった。


「だからこそ、そのための最大の課題とするならば。エルストとブラウの間をつなぐ、安定的な輸送路の確保が必要だ。そもそもの問題であったように、輸送の重量問題は解決していないんだからな」


 ゴクリ、と。唾を飲み込みつつ。浩一はその言葉を飲み込む。

 いちおう、ちょっとしたやりようはなくはない。とはいっても、多少今までよりかは楽になるだろう、というレベルではあるものの。しかし、どうせというのであれば、先にやっておいても問題はない。


 問題はない、のだけれども。


(いや、とりあえず話すだけ話しておこうか)


 そう思って、浩一はそのことについて話す。

 それを聞いたガストロとガードナーは。それならたしかに、と。そう納得しつつも。


 それならば、と。


「どのみち、事業の規模的にも。その解決法を実施するにしても。さすがに俺たちの一存だけじゃあどうにもできねえな」


 街と街との協力で事業を動かしていく。それも、外部からの依頼として、となると。さすがに領主判断が必要になってくる。

 至極当然のことに、それもそうだろうと浩一は首を縦に振る。


「まあ、フィーリアちゃんにそれくらいの裁量権が与えられてるのであれば、ここで即答で受けてもいいんだが」


「ふぇっ!? ええっと、その……」


 ガストロからのその質問に、フィーリアは少し戸惑う。

 そのまま数秒ほど考え込んでから、彼女はごめんなさい、と。そう告げて。


「いちおう、視察をするにあたってある程度のことであれば、とは言われていますが。でも、こればっかりはさすがに私の判断では」


 申し訳なさそうに言う彼女に、浩一は慌てて大丈夫ですよ、と。そう話す。


 元より、覚悟はしていたことだった。……そもそも、いろいろとあって多少順番が入れ替わってしまっているが、どのみちこの許可は必要な話ではある。

 アレキサンダーは、利がある話ならばおそらく聞いてくれるだろう、と。そう言っていた。で、あるならば十二分に勝算はあるはずだ。


「私の方から、アルバーマ男爵には話をしてみます」






 ひととおりの視察も終わり。アムリスへと帰る準備を整えつつ。


「楽しかったですわね、コーイチ様!」


「そうですね。それに、かなり進めた気もします」


「もう、口調が戻ってませんわよ?」


 言われて、ハッとする。この視察中、基本的に他の誰かが近くにいることが多かったために。また、こうしてふたりきりで話していてもフィーリアが訪れてくることが多かったということもあって、ほとんどずっと丁寧な口調で接していて。その癖が、少しついたままになっていた。

 コホン、と。ひとつ咳払いをして。


「……それにしても、ガストロさんとガードナーさん。すごく驚いていたな」


 いろいろと話をしたあと。ガストロがガードナーに対して、昨日のアイリスのその手腕の話をして。そこでいろいろと盛り上がってから。ふたりとも、アイリスに対して気軽に接するようになってから。

 そういえばガストロが入室してから、挨拶のたぐいをしていなかった、ということもあって。改めて、挨拶をして。


「私はアイリス・ヴィンヘルムですの。改めまして、よろしくお願いしますわ!」


 という、そのフルネームでの名乗りに。その場が一瞬凍りついた。……そういえば、最初にガストロに出会ったときも、フルネームではなかったな、と。そう思い出しつつ。


「……ヴィンヘルム姓とは、また、なんというか。冗談にしては、ハハハ」


「ガストロさん、ガードナーさん。いちおう訂正しておくと、冗談でもなんでもなく、アイリス様はこの国の王女様ですよ」


 顔を青くしたガストロの、その現実逃避にも聞こえるその言葉を否定するように。ここまでずっと胃痛に悩まされていたフィーリアが、意趣返しと言わんばかりに現実を叩きつけていた。

 このあと、なにがあったかは言うまでもない。


「皆さん、もっと楽に接してくれていいんですけれど」


「あはは、それはまあ、なんていうか……」


 浩一も、というか。アイリスに関わってきた人ほとんどがそうなっているために、そうなる気持ちは痛くわかる。

 ガストロたちに同情はしつつも、その言葉は飲み込んでおく。


「ねえ、コーイチ様。その、私。お役に立てましたか?」


 アイリスが、どこか不安そうな顔をしながら。そう訪ねてくる。

 もちろん、と。そう答えようとして。一瞬言葉を詰まらせる。この表情は、知ってる。

 かつて、同じような表情を風花がしていたことがある。

 他人のためにと、自分のやれることを頑張って。しかし、それが本当にその人のためになっているのか、と。二重に不安を抱えている、そんな表情だった。


 そんなアイリスに。浩一はゆっくりと近づくと。そっとその頭を撫でる。絹のように滑らかな手触りが、手を伝って感ぜられる。


「こ、コーイチ様!?」


「大丈夫だよ。アイリスはすごく頑張ったし、とっても役に立ってる。そもそも、アイリスがいなかったら、俺はここまでこれてないから」


 そんな浩一の言動に、一瞬ばかりの動揺を見せたアイリスだったが。しかしそのまま、ギュッと抱きついてきて。浩一の胸に頭をこすりつけて。

 ひとしきり、やり切ってから離れた彼女の表情は。悩みひとつないような、とても晴れやかなものになっていて。


「……まあ、前に進んだと言っても、大きな関所がまだひとつ残ってるんだけどね」


 浩一は、少し苦笑いをしながらにそう告げる。

 その言葉に、アイリスも小さく頷いて。


「アルバーマ男爵と、直接話をして、説得をしないと」


 ここまで、彼の糸引きの様を、各所で見てきた。

 間違いなく、やり手であることは確実だ。


 だからこそ、真っ当に、真摯に向き合えば、間違いはない。だろうけど。


(上手く、丸め込まれないようにだけ、気をつけないと)


 相手は貴族。ここまでのガストロやガードナーとは違い、隙を見せればつけ込まれる可能性は十分にある。

 気を引き締めないと、と。浩一は、小さく拳を握りしめた。

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