#37
アイリスを隣に。対面に、ガストロとフィーリア。卓を四人で囲む形になりながら、浩一たちは座っていた。
「流通の改善。そしてそれを目的とした、鉄道、なるものの設計、もとい敷設……」
浩一の説明した言葉を確かめるようにして、フィーリアは目をまんまるにしながら、呟く。
その隣にいたガストロは、ふうむ、と。顎に手を当てながら、しかしその眉をひそめていた。
「どうでしょうか、ガストロさん。この仕事、受けてもらえないでしょうか?」
「……もしもこれが成功するのなら、という過程で話すなら。たしかに十分に理に適った計画だろう」
事実として箒での輸送が主体である現状に、割を食っている状態であるエルストからしてみれば、この計画が成功すれば、それこそ大きな恩恵を受けられる可能性がある。
また、万が一に計画が頓挫したとしても。一時的ではあるものの仕事が発生するわけで。その分の利益だけは確実に担保される。
悪い仕事では、ないはずだ。そう思いながら、浩一はガストロに向かう。
「計画が合理的か、とか、十分に実現性があるか、とか。そういうややこしい話は俺の領分じゃねえ。そいうのはエクトルの野郎が考えるこった。だから、ここから先は俺たちにこれが可能かどうか、というそういう話をしていく」
大丈夫。勝算は十分にある、と。自分にそう言い聞かせながら、彼からの返答を待つ。
が、返ってきたものは、想定よりもずっと芳しくはなく。
「俺たちには、厳しいな。車輪とか、あるいはこのレールとやらを作るだけなら、おそらく問題なくやれるが、本体になってくると俺たちじゃあどうにもできねえ」
「そんな!? ガストロ様、昨日はあんなに自信満々にいろいろ仰られていましたのに」
アイリスのその言葉に、ガストロは「それを言われちまうと弱えんだが」と、困り顔でこめかみを掻く。
どうやら昨日に会っていたときにテンションが上がった、もとい、ちょっと調子に乗ってしまったガストロが大言をこぼしてしまっていたのだとか。……まあ、聞けば他の職人たちも似たようなものだったらしいが。
「まあ、アイリスちゃんに言ったその言葉も嘘じゃあねえ。たしかに、基本的にだいたいのものなら作れはする。とはいっても、コレはさすがに規格外が過ぎるが」
「でしたら、どうして――」
「コーイチくん。この蒸気機関車、とやら。耐久性は必要だろう?」
「……ええ、そうですね」
振られた質問に、浩一はざっくりとしたガストロの言いたいことが理解できてしまった。
……正直、昼間に職人たちから話を聞いて回っているときに、脳裏に過ぎりはした可能性だった。
「作るにしても、俺たちでは期間を必要以上に要するし、それに出来上がったとしても、他の製品と同様の品質が担保できる保証が無え」
エルストでの金属産業が、もっぱら道具程度の規模に収まってしまっている。職人への質問でも、規模感としては背丈の大きさくらいが、現状での作れる大まかな限界。
当然だろう。今まで木製の机を作っていた人間に、あなたたちに今からログハウスを作ってもらいます、と言っても土台無理な話だ。
もちろん、相応の設備を整えて、ガストロたちに経験を積んでもらって、と。そうすれば可能になるだろう。しかし、それをすると今度は尋常ではない時間がかかる。
「だから、俺たちには無理だ」
浩一は、ざっくりとした事情を理解してしまっているので、無理には説得しようと回らない。
なんとか、他で手を打てないかと試してみて。そしてどうしようもなくなったら、エルストにも頼もう、と。
その試行錯誤期間にもガストロたちに依頼という形で経験を積んでおいてもらえれば、追加の経費はかかるが、万が一の保険として機能させることもできるだろう。
そんなふうに割りきろうとしていた浩一とは反対に、アイリスは未だに諦めようとしていなかった。
「そこを、なんとかできませんの!? ガストロ様!」
「うーん、アイリスちゃんにそれを言われると俺たちでなんとかしてやりたい気持ちはあるんだが――」
「ガストロさん、私からも、どうにかやれないでしょうか? これ」
思わぬ支援が入り込んできたのは、フィーリアからだった。
浩一と、そしてガストロとが驚きを見せつつ、彼女の方へと視線を向ける。
「アルバーマにも、なんならこの国全体に関して成功すれば利があり。そして、仮に失敗したとしてもこちら側には損はない、となれば……」
「まあまあ、待った待った。……全く、フィーリアちゃんにまで言われちまったら断りにくくなるじゃあないか」
そう言いつつ、ガストロはコホンとひとつ咳払いをしてから、ふたりとも、一度落ち着いてくれ、と。
そう言って、ほんの少しだけ真面目な雰囲気を纏ったガストロは「あんにゃろうどこまで読んでやがったんだ」と、そう小さく呟いてから。
「たしかに俺たちじゃ作れないと、あるいは作るのに障害が多い、と。そう言った。だが、それは別に、作れるやつがいないと、そう言ったわけじゃあねえ」
「……えっ?」
ガストロのその言葉に、三人の声が揃う。
彼はやりにくそうに頭を軽く掻いてから、ちょっと待っててくれ、と。そう言って、少し退室をする。
そうしてしばらくして戻ってきたガストロは、ほんの少しだけ、情けなさそうな顔をしながら。
「俺たちも職人のいっぱしだ。客に半端なモンを提供するのは主義に反する。……まあ、だからといって他のヤツに頼るのも、ちいと癪ではあるんだが」
「なんだあ? ガストロ、テメエで作れなさそうなモンの注文が入ったってのか? がっはっはっはっ! 組合長になったって言っても、相変わらずまだまだ青いようだなあ!」
その後ろについてくるようにしてやってきたのは。肌の色は褐色、身長はガストロの半分より少し高いくらいで、体格としてはさらに筋肉質。体毛もやや濃い目で、特に髭なんかは立派なものがついている。
ついでに、豪快さについては五割増しといったところだろうか。
「ガードナーさん!」
そんな彼を見て、まず真っ先に叫んだのはフィーリアだった。
「ん? ああ、なんだ? ……ああ、エクトルのところの娘か。ええっと、名前は」
「フィーリアです。お久しぶりです!」
「おお、そうだそうだ。しばらく見ないうちに大きくなったなあ!」
ガードナーと呼ばれた男性は、がっはっはっはっ、と。そんな豪快な笑い方をしながら、部屋の中に入ってきて。
「エクトルの野郎に、エルストとの技術交流をしておいてくれ、と。そう言われてやってきてたんだが。……なんでそんな突然に、と思ってたら。どうやらいつものあいつの癖か」
「……みたいだな。どうやら俺たちは一杯食わされたらしい」
ガストロとガードナーは互いに顔を見合わせつつ、小さく笑い合う。
「コーイチくん。そして、アイリスちゃん。さっきの話の続きをしようか。……たしかに、俺たちエルストの人間じゃあ、その蒸気機関車とやらの製作は難しい。だが、それはあくまで俺たちなら、という話だ」
「そう、ですね。……ガストロさんの言うとおり、彼らならできるかも、しれません」
フィーリアが、彼の言葉を補足するようにしてそう続けた。
「もちろん、なんでも作れる、というわけではありませんが。しかし、こと物作りという観点で話すなら、個人の技量などはともかくとして、種族単位で彼らに叶う者はいません」
そこまで言われて、浩一も少し心当たりを思い出す。隣では、アイリスもハッキリと気づいたなにかがあったようだった。
この国について勉強をしているさなかで、人間との友好種族についても調べていた。マーシャ……エルフが身内にいるから、という理由もあるが。それ以外にも、国中に線路を伸ばす都合、それぞれの種族とも関わっていくことになるだろうから、各文化の違いを理解しておく必要があると感じたからだ。
そして、その中に。たしかにいた。……無論、浩一は会うのは初めてなので、どのような見た目なのか、ということは知りはしなかったのだが。
たしかにいたのだ。……特に物作りに長けている、とされている種族が。
「ガードナーさんたち、ドワーフならば。できるかも、しれません」
「おう、なんだ? なにか、作って欲しいもんがあるのか?」
ガードナーは、その髭の下から、ニイッと広角を上げながらに。面白そうに、そう尋ねてきた。