#35
「重さ、ですか?」
「ああ、おそらくは、それが原因だ」
ひとり納得している浩一。その傍らで、驚いたように、そして、不思議そうに目を丸めながら、フィーリアが口を開く。
「金属が重い、というのはもちろん私たちも知っていますが。……けれど、それはどうしようもないことでは?」
さも当然とばかりに。確認するようにしてフィーリアがそう言う。
彼女のその言葉に、浩一はコクリと頷く。
ここまでいろいろと考えているのだ。フィーリアが、もとい、アルバーマ男爵がそれに気づいていないはずもない。
だがしかし、気づいていてもなお、彼らは「それは仕方ないことである」と、そう処理してきた。
事実として、刃物製品などは売れているのだ。……つまるところが、比較的軽い商品に関しては、売れている。
だがしかし、それ以上のものに関して。需要に対する価格が正当であっても、そこに加えられる輸送費が異常値を叩き出し、結果的に需要が落ちる。
そうしてできあがったのが、この、金属の需要不足であり、そして。
それを引き起こしている原因こそ、地球とは別の発展方法を遂げ、独自の――ある意味では歪な形へと相成った、このヴィンヘルム王国の輸送形態だった。
箒での輸送には、大きく分けて二つの弱点がある。
ひとつは航続距離の問題。運ぶ人にも依るが、箒での飛行ではあまり長距離にわたってを飛び続けることは困難であり、中継地点での休憩を挟むか、あるいはそこで輸送者を交代する必要がある。
そして、もう一つの問題点であり、今回の原因となっていることが、重量制限だ。
これはその文字のとおり、箒での輸送には重量に関しての制約があり、それを超えての飛行が困難、あるいは不可能であるというもの。
もちろんこれも本人の素養によって多少の差異は生まれてくるのだが。実は、この重量制限に関しては、もう少し込み入った事情がある。
重たいものが持ち上がらないのなら、二人で持ち上げればいいじゃないか、と。そう思うのは至極当然の考えだろう。しかし、実は箒での輸送ではこれが不可能になっている。
浩一はアイリスから教えてもらったことではあるのだが、なんでも箒での飛行というものは、かなり繊細な魔法なのだという。
本来、いくつかの魔法を矢継ぎ早に組み合わせつつ、それらのバランスを整えながらに使わなければならないところを、あらかじめ組み合わせて、魔法のバランスも取れるようにして、簡単に扱えるようにしている魔法、とのことらしい。
そのあたりの簡素化が進んでいるのは、ヴィンヘルム王国に於ける交通の要なのだな、ということを理解する一方で、明確な弱点も存在していて。
存外に、この魔法自体が脆いのだという。
なんらかの要因が影響した場合、魔法が自動的に保っていたバランスが崩れてしまい、下手をすると墜落してしまうのだとか。
だからこそ、本人の素養を超えて無理やり重量物を持ち上げようとしても魔法のほうが耐えられなくなるし。そして、同様に魔法が崩れる要因の一つとして存在しているのが、魔力干渉と呼ばれる現象だった。
繊細な魔法ゆえに、他の魔法が引き起こったときに、その魔力が干渉してブレが大きくなるのだという。
魔法の規模が大きければ大きいほど、距離が近ければ近いほど、時間が長ければ長いほど。魔力干渉の影響は大きくなるり
つまり、二人以上で同じものを箒で引き上げようとすると、お互いの魔法が干渉し合って飛べなくなるのだという。
めちゃくちゃに近くで飛ばなければ然程問題はないし、一瞬程度であれば近づいても大丈夫らしいが。しかし、運搬を共に行う、となるとその障害は遥かに大きくなる。
箒による二人乗りが困難とされるのも、これが理由である。たとえ同乗者が魔法を使用していなくとも、その人の持つ魔力が干渉するために飛行がかなりブレやすくなるのだという。
ちなみに、浩一は魔法を使えないものの、魔力自体は有しているらしく。その魔力によって干渉自体は引き起こしているらしい。もっとも、どうやら魔力を外に放出する手段がないために魔法が使えない、という事情らしく。普通の人よりかはずっと二人乗りがしやすいらしいが。
なお、それでも浩一を乗せて飛行ができる人材は、現状アイリスしかいない。
ちなみに、自分の魔法であればある程度の調整が効くため、例えば魔法で光源を用意して、あたりを照らしながら飛ぶ、というくらいなら可能である。大規模な魔法になると、難しいらしいが。
ともかく、こういった事情があるために、重量物の輸送はどうしても馬車などに頼ることになってしまうが、その馬車――もとい陸路も開拓が不十分であるために、価格が跳ね上がってしまう。
と、いうのがヴィンヘルム王国の輸送麻痺の現状だった。
「……では、陸路の開拓を行えば、輸送費を抑えることができる、と?」
フィーリアは首を傾げながらにそう言う。それに対して浩一は、半分正解です、と。
「実際、陸路の開拓ができれば輸送費は抑えられます。ですが、現状のままに開拓しても、十分なコスト減は見込めない上に、開拓できる範囲にも限界があります」
例えば道路整備など。一領主の判断でできる範囲にはどうしても限界があるし、仮にそれが成ったとしても、多少はコスト減が見込める一方で、箒と馬車とのコスト面での差が大きく埋まるわけではないため、劇的な改善とはいかない。
それに、ヴィンヘルム王国での金属の扱われ方が、そこまで高待遇ではない。それは、これまで重量物ゆえに利用方法が限られていると考えられてきたからであり、それをひっくり返すなにかがなければ、価格が下がっても需要の上昇幅はどうしても少なくなりかねない。
「じゃあ、どうすれば……」
難しく、悔しそうなそんな表情をするフィーリアに。安心してください、と。そう声をかけてから。
「でも、半分は正解なんです」
浩一は、そう言った。
「要は、劇的な流通の改善。それも、国家単位での改善。それに加えて、金属需要を生み出せば、この現状を打開することができます」
「でも、そんな方法が一体どこに――」
「あるんです。……そのために、ここに、来ましたから」
浩一がそう言うと、フィーリアは驚いたような表情をする。
しかし、それは至極当然のことだろう。なにせ、フィーリアからしてみれば、まるで理想ばかり語った絵空事のようなその前提条件に対して、目の前の人物が「実現する手立てがある」と、そう言い放ったのだ。
だが、多少奇跡的に噛み合っている部分こそあれど、浩一がアルバーマを訪れた目的の半分がその絵空事を実現するためであることも事実である。
「フィーリアさん、少しお願い事、というか。許可を取りたいことがあるんですけど」
「……はっ、すみません。ええっと、なんでしょうか」
あまりのことに、思わず放心していたフィーリアだったが、なんとか自分を取り戻しつつ、そう尋ねる。
「ここから先の話は、視察と全く関係のない、私的な話です。けれど、先程言っていた、ここに来た目的に関わってくる話、になります」
つまり、それはフィーリアが。いや、父であるアルバーマ男爵ですら不可能であると判断して。
しかし、目の前にいる彼が、方法がある、と。そう語っている手段のことで。
「この街の人たちと、個人的な仕事の話を行っても大丈夫でしょうか? 本来であれば、アルバーマ男爵に筋を通すべき話なのでしょうが」
「――ッ! え、ええ、大丈夫です! そのくらいのことであれば、私の判断で大丈夫、と。お父様から言われていますので」
フィーリアは、驚きつつもそう答える。
「ありがとうございます。……とはいえ、今日はさすがに時間も遅いので、明日に改めて、ということで大丈夫ですか?」
浩一がそう尋ねてくるのに対して、フィーリアは「はい」と。短く、肯定で返した。