#34
まだ日が落ちるにはやや早い時間帯ではあったものの、ひとしきり今日の予定をやり切ってしまったということもあり、ひとまず今日のところは解散、ということになった。
浩一としては、もう一度各所を見て回っておきたかったところなので、実質的に出来上がったその自由時間はありがたいものではあった。
強いて言うならば土地勘のない浩一にとっては、案内が無いというのは少し不安なところはありはしたものの。
「それなら、私が案内しましょう」
と、フィーリアがそう手を挙げてくれたため、迷子になる心配もなさそうだった。
アイリスに着いてくるかどうかを浩一が尋ねると、意外なことに「ガストロ様と話したいことがあるので」と、そう断って。
そのため、現在浩一はフィーリアとふたりでエルストの街の中を歩いていた。
「コーイチさん」
隣を歩いていたフィーリアが、ふと、そう声をかけてくる。
浩一がどうしたのかと彼女にそう尋ねると、フィーリアは少し考え込んでから、ゆっくりと口を開く。
「その、エルストは、どう、思われましたか?」
これまでに訪れた街でも、フィーリアがこの質問を投げかけてくることは同じくあった。
だがしかし、そのときと比べると。質問の内容は同じでも、それを聞いてくるフィーリアの様子が全く違っていた。
その様子は、少し神妙で。他のときはただ純粋に感想を聞きたい、という無邪気さから来ているように感ぜられた一方で、今の彼女は真剣で。それを知らなければならないと、そんな使命感に駆られているような、そんなように受け取れた。
おそらくは、彼女自身も、なにか思うところがあると、そう感じたのだろう。
あるいは、浩一が考えていることのその一部分が、彼女に伝わったのか。
いずれにしても、尋ねられたのであれば浩一に話さない道理はない。……むしろ、これから先、アルバーマ男爵をはじめとする領内の人々といい関係を築いていくためには必須だろう。
「いい街だと、そう思います。活気もあるし、力強い街です。それでいて、産業についても十分以上の質で生産できている。ガストロさんに伝えたあの言葉は、真実です」
「…………」
フィーリアは、なにも言わない。おそらくは、浩一の口から出てくるであろう、次の言葉を彼女自身察しているのだろう。
……けれど、たとえそれが残酷な言葉であろうと、ここで濁すのは、違う。それはフィーリアに対しても、エルストに対しても失礼だ。
だから、浩一はハッキリと、感じ取ったことを伝える。
「いい街で、特産品も良質で、安定はしている。……けれど、現状ではほぼ、ここが頭打ちです」
「やっぱり、そう感じましたか」
悔しそうな声色で、フィーリアはそう言う。
覚悟はしていたのだろう。だけれども、それでもなお、悔しいものは悔しいのだ。
「……伸び悩んでるんですよね? エルストだけじゃない。アルバーマ領内での金属産業の業績が」
浩一のその問いに、フィーリアは小さく頷く。
アルバーマ領内の収支報告書などを確認したときに、浩一が疑問に思ったこと。そして、先程それが杞憂であったと安心はしたものの、もともと抱えていた懸念のその原因。
それこそが、アルバーマ領内での金属産業の頭打ちだった。
アルバーマ領においての特産品である綿織物であるとかアルコールの類については、おそらくアルバーマ男爵が行ったであろう配置替えから、順調に業績を伸ばしている。
金属産業についても、同様に伸びていた。……最初の頃は。
途中で伸びが緩やかになってきたかとそう思うと、いつの間にやら最近ではほぼ横ばいになってしまっている。
「アルバーマに来る前。そして、来てからも。その原因について、ずっと考えていました」
可能性のひとつとして、生産される金属の質があまり良くない、というものもあり得た。特にこの可能性については、浩一としてもできれば考えたくない可能性ではあった。
もし仮にそうなのであれば、別の都市の金属産業に頼ることになるか。あるいは、他の場所も同じくらいであったり、もしくはあまりにも距離が遠すぎるとなると、輸送などの観点から考えて、近場の質を上げる、ということになりかねない。
そうなると、精錬のその技術の向上から話を始めることとなり。浩一の知識面からでのカバーが間に合う自信が無かった。そういう意味では、ここエルストの金属の質が高かったというのは、浩一にとっては朗報ではあった。
しかしそうなると、なぜ産業としての成長が頭打ちになってしまっているのか、と。そういう問題に直面する。
質は問題ない。となれば、問題があるのは供給か、需要。
「精錬所や工房。それから鉱山……こちらは入り口付近まで、ではありましたが。それらを見た個人的な感想としては、供給は現状間に合っている、というか、過剰気味に見えました」
「…………ええ、そうですね。物はあるけれど、売れていない、というのが実情になります」
よくわかりましたね、と。フィーリアは苦笑いをしながらにそう言う。
大口を叩きながらに間違ったことを言っていなくてよかった、と。浩一はホッとひとつ息をつく。
しかしそうなると、なぜ売れていないのか。供給が不足しているのか、という問題になる。
可能性はいくつか考えられる。たとえば――、
「私も、その問題について考えたことはあるんです」
浩一が思考を回そうとしていたとき、フィーリアがそう言った。
顔を上げると、どこか悔しそうな表情でフィーリアはつぶやく。
「私もお父様に、製品が高額で売れないのではないか、と。そう言ったことはあります」
「金額……ですか」
「ええ。ですから、金額を下げるのはどうか、と」
それは、たしかに存在する理由であり、ひとつの解決策だろう。けれど――、
「それは、良くない方法だ。と、お父様にはそう言われてしまいました」
「でしょうね。自分もそう思います」
たしかに価格が下がれば購買層も広がるだろう。しかし、あくまで一時凌ぎの策でしかなく、また、費用を抑えることによる皺寄せは作り手に回ることとなる。
ガストロの反応を見る限り、エルストの人たちは自分たちの作るものの品質に誇りを持っている。彼らに必要以上の負担を強いるのも、あるいは費用が原因で質が落ちてしまうのも。そのいずれにしても彼らの意欲を削ぐ理由になりかねない。そうなってしまっては元も子もなくなってしまう。
「で、あるならば。いったいどうすれば――」
フィーリアの。ある種、苦しみとも取れそうなその言葉に、浩一は考える。
では、なぜ需要が供給に追いついていないのだろうか。
エルスト、もといアルバーマ領での金属産業の供給量が特別多い、というわけではない。
他の領での供給が特別多く、優遇されているため。なんていう可能性はあるが。仮にそうだとすればフィーリアやアルバーマ男爵がそれに気づいていないはずがない。つまり、これも除外していい。
そもそも、金属の中でも、特に鉄は“産業の米”とまで呼ばれた存在だ。
今ではその地位は半導体に譲っているが、発展の要の絶対的なひとつであり、発展してもなお、重要な素材のひとつなのだ。
そんなものの需要が足りないなんて、そんなことがあり得るのだろうか。
そもそも、一切売れていないというわけではなくって。例えば、包丁であるとか、ハサミであるとか。そういったものはそれなりには売れているわけで――、
そこまで、考えて。
ふと、自分の考えの中に、なにか忘れているようなことがあるような。そんなふうに感じる。
なにか、金属そのものが持っている性質を忘れているような。
「……ああ、そうか。そうだ。それを、忘れてた」
浩一のその言葉に、フィーリアが首をコテンと傾げる。
どうかされましたか? と。そう言う彼女にも気づかず、浩一は自身の出した答えを確かめるように、口にする。
「重さだ。――重さが、理由であり、原因だ」