#31
アルバーマ領は山嶺に隣接、及び一部を領内に含んでいる地域である。
うち、ストラ山をはじめとする休火山も有しており、現在ではほぼ火山活動の兆候は見られないが、過去の噴火の影響などもあり、全体的な土壌としてはかなり水捌けがよい。
そのため、主な作物の品目としては芋類や綿花などが挙げられる。
湧き水などの水資源にも富み、先程挙げた芋や綿花などを利用した畜産や酒造、また、綿織物の生産を行っている。
また、山嶺には鉱山も含み。これらを利用した金属産業を含めたものがアルバーマ領の主産業である。
……というのが、浩一がこの視察に来る前の準備期間中に可能な限り調べた情報だった。
(うん、まあ当たり前といえば当たり前だけど、そう大きく外れてるわけもないよな)
アムリスからそう離れてはいない農村部。事前情報のとおり、広く見られるのは芋類の畑だった。
とはいえ、流通網の麻痺が水面下の問題となっていることもあってか、それ以外の作物の畑も見られる。だがしかし、やはり本来の土地には合っていない様子で、土壌などを強引に調整して、それ専用の畑のようにしているようだった。
当然だが、そこには他とはコストや手間といった明確な差が見受けられる。
「どうでしょうか、コーイチさん!」
「ええ、のどかではあるもののしっかりと活気があって。とてもいい場所だと思います」
アムリスもそうだったが、アルバーマの街や人たちは全体的に活気があるように感じる。
人の元気は街の元気、もとい経済に直結する。そういう意味合いでは非常にいいことだろう。
実際、アルバーマ領内における収支報告書なども資料として受け取っているが、その内容についても成長しているのがわかる。
もちろん、こういった成長にはある程度の限界があり、そこを超えるためにはなんらかのキッカケがなければ苦しいという性質があるため、ここ一年とそのしばらく前とを比べると成長率には差はあるが、むしろそれでもなお成長自体はしているというのはすごいことだろう、と。浩一は内心でそんなことを考える。
「そういえば、この付近ではあまり綿花を見かけませんが」
「ああ、それならここよりも更に少し離れたところに。食料品とは違って加工が前提になっている作物なので」
聞けば、昔はこのあたりでも栽培していたらしいが、エクトルが領主になってから大規模な区画整理を行ったのだという。例えば綿花ならば、ある程度の規模を固めて、すぐ近くに加工場を作る、というように。
相当な反対意見などもあったらしいが、そういった人たちひとりひとりとしっかり話し合い、理由を説明した上で納得してもらって、そして今の状況を作ったのだという。
もちろん、区画整理にあたってかなりの資金を吐き出したらしい。しかし、輸送経路の改善や管理の簡易化などの恩恵もあり、生産量などは以前以後でかなり変わったとのこと。
おそらくは現在も続いている経済の成長の要因の一つであり、その様子ならば資金の回収もしっかりとできていることだろう。
聞けば聞くほどに、アレキサンダーが言っていたように優秀な人物であることがよくわかる。
出会って、話して。そして行ったことを聞いて、実際にその結果に触れて。大まかな人物像が見えてから、その考えがハッキリと形を帯びてくる。
「……すごい人ですね、アルバーマ男爵。世辞などではなく、本当に」
「ええ、自慢の父です」
フィーリアは浩一の言葉に対して、まるで自分のことのように誇らしくそう頷く。
それほど、尊敬しているのだろう。
存在している問題点を探して、それの打開策を講じる。
そしてそれを実行に移し、必要ならば勝負に出る。その際にも可能な限り、成功率を上げていく。
彼が行った区画整理など、その最たる例だろう。
下手をすれば大きく失敗をして、とてつもない被害が生じるやもしれないことではあった。だが、その結果得られるリターンも大きい、いわば、賭け。
だがしかし、その賭けの勝率を上げるための行動を、しっかりと行っている。
事業を行う上で、人は紛うことなき資源であり財産となる。
貴族という強権を行使すれば強引に事を進めることもある程度は可能だろうが、そうはせずに理解を得るまでキチンと説明をして。そうすることで人々からは最低限嫌悪感は取り除けるし、理由がわかっていればそれなりに士気にも繋がる。
おそらくはフィーリアが語っている範囲の話よりもずっと前から画策、準備を行ってきたのだろう。
陞爵の話が出るわけだ。手持ちの報告書なんかの書類からだけでは見えてこない、アルバーマ男爵の力量がそこにはあった。
「あ、そうだ! コーイチさん、ぜひこちらに。少し歩いた先にはなりますが農場がありますので!」
フィーリアはそう言うと、パッと浩一の手を取ってそれを引く。突然のことに思わず少し体勢を崩した浩一は、やや彼女に寄りかかるような形になってしまう。
柔らかな身体に触れて、思わず顔を赤面させながら、大慌てで離れる。
「あっ、すみません!」
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。突然に引っ張ってしまって。お怪我などありませんか?」
大丈夫です、と。浩一がそう言うものの、フィーリアは少し心配そうにしながら浩一の身体をしっかりと見て回る。
(その、なんというか。……近い)
先程からもそうなのだが、フィーリアの距離がやけに近い気がする。密着とまでは言わないが、すぐ隣にぴったりと並んで、それこそ身体を少し横にずらせば触れてしまうくらいの距離感で彼女は浩一の隣を歩いていた。
そして今はというと確認という名目で、触れる距離にまで近づいている。
いっそなにかのハニートラップでも仕掛けられているのではないかと思ったほうが納得がいくその状況に、浩一は困惑しつつ、同時にじわりとした冷や汗を感じる。
……視線自体は、ずっと感じていた。けれど一応先程まではフィーリアからの視線があるために、立場上の仮面を被ってくれていたから、いくらかはマシだった。
だがしかし、現状フィーリアは浩一の身体へと視線を向けていることもあってか。ついでに、二人の身体の位置が急接近していることもあってか。
アイリスからの視線が、刺すように、とてつもなく痛い。
(多分、俺に対してちゃんと仕事しろ、とか。近づきすぎ、とか。そういうやつだよなぁ)
そんなことを言われても、浩一から意図して近づいているわけではなくて。むしろ時折離そうとしてみてもすぐさま距離を詰められている側で。なんて。そういった言い訳ばかりが思いついてしまう。
誤解を解くためには浩一がアクションを取らなければいけないと自覚しつつも。しかし動くに動けず、やりきれない思いでいるその後ろで。
アイリスもまた、視線を送りつつ小さく呟いていた。
「距離、近いですわ。フィーリア様……」
いつもならばその位置には私がいるはずだというのに。なんだか居場所を奪われたかのような心持ちで、モヤモヤする。
こんなことになってしまうのならば、いつものごとく浩一にくっつていおけばよかったなんて。そう思わなくもないが、ここは城の外。体裁上、キチンと姫としての立ち居振る舞いを行わないといけないために、そんな簡単にできるわけもなく。
兄ならば、自身の立場についてを崩さないままに思うように事を動かせるのだろうが、アイリスはそういった服芸の類は苦手だった。
思うように動けない今の自分の状況に、ただひたすらに、ぐぎぎと唸ることしかできなかった。