#3
突然の俺の謝罪のあと、ひとまず状況の整理をしようということになり、アレキサンダーに聞かれるままに、今わかっている状況を説明した。
どうやら、ここは俺の元いた国とは全く別なところなようだということ。道から足を踏み外して転げ落ちて、気がついたらここにいたこと。
正直、現在なにが起こっているのか全くわかっていないということ。
「……ふむ。とりあえず、君の扱いについてどうしようということなのだが、すまないが一旦、衛兵たちの詰所の方に行ってもらおうかと思う」
そこで一時的に保護、そして傷の治療などを行い、それが終わってから諸々の対処を行うつもりだ、と。
完全に路頭に迷っている現在の俺からしてみれば、とてつもなくありがたい提案だった。
ありがとうございます、と。俺が頭を下げていると、ちょうどレジ袋が擦れてカサリと音を鳴らした。
「そういえば、少し気になっていたのだが。それはなんだい?」
「私も! その袋、気になっていましたの!」
王子王女のふたりからそう言われては、見せざるを得ない。まあ、別に隠すようなものではないので、見せるのは構わないのだが。
袋から箱を取り出し、箱を開ける。
中身をひとまず、ある程度人に見せられるレベルまで準備をしてから、彼らに見せる。
しかし、この暗がりでは真っ黒な体躯を持つハチロクは見えにくい。
「……ふむ、見えにくいな」
アレキサンダーはそう言うと、パチンと指を鳴らした。衛兵の人がカンテラでも持ち出すのだろうかと、そう思っていたが、予想は大きく外れた。
なにもなかったところから、テニスボールほどの大きさの光る球体が現れ、辺りを照らし始めたのだ。
「えっ!? いったいなにが」
「すまない、あまり動かさないでくれ。よく見えない」
「あっ、ごめんなさい」
しかし、驚くなという方が無理があるのではないだろうか。いやまあ、箒が飛んでいる時点で理屈が通っていないのだが。
「わあ! とてもかわいらしいですわ! コーイチ様、これなんて言いますの?」
そう声を上げたのは、アイリス。出会ったときのようなキラキラとしたまなざしでNゲージを見つめながら、そう尋ねてくる。
「えっ、と。その、ハチロクっていう蒸気機関車の、その模型? とでもいえばいいのか」
「ハチロク? ジョーキキカンシャ?」
ああ、どうやら伝わっていないらしい。まあ、伝わるとも思っていなかったが。
どうやって説明したものかと考えていると。隣からアレキサンダーが声をかけてきた。
「聞きたいんだが、これはいったいどこで手に入れたんだい?」
「どこって、普通にお店ですが」
まあ、模型屋ではあるので普通と言うには若干外れている気がしなくもないが、この受け答えに間違いはないはずだ。
だというのに、彼はひどく驚いた様子で、俺の顔を覗き込んできた。
「なる、ほど。つまりこれは、一般人が普通に購入することができる物品なのだな」
「えっ? ま、まあ。はい。売ってる店は限られますが、そういう店にさえ行けば買うことはできるかと」
なにを至極当然の話をしているのだろう、と。そう思っていたのだが、しかし直後の言葉に、俺は更に混乱することになる。
「コーイチ、悪いが君への処遇について、改めさせて欲しい」
「えっ? あ、はい」
なんだろうか。今のやり取りの中で俺、なにかやらかしたのだろうか。
まあ、先程の提案ですら十分にありがたいというものだったので、それが幾分か下がるぶんには問題はないが。とはいえ、一度手にしかけた物を手放すのは、少し物悲しくもある。
どこでやらかしたのだろう。謝ればまだなんとかなるかなあ、などと。そんなことをなんとなしに考えていると、アレキサンダーが口を開いた。
「コーイチ。君を私の専属の付き人として抱え上げる。本来、様々手続きが必要なところではあるが、今回は治療などの急を要する名目もある。そのまま、城へと入ってもらう」
「…………はいっ!?」
その驚きは、俺だけでなく周囲の衛兵の人たちや、そしてアイリスにも波及しており。ただひとり、その言葉をきちんと理解できているのは、言った本人のアレキサンダーだけ。
現に、衛兵たちは騒然としており、アイリスもアレキサンダーになにか話しかけているようだった。
……なにを話しているのかは、よく聞こえないが。
「お兄様! たしかにコーイチ様がなにかしらイレギュラーな存在なのはわかりますが、しかしお兄様の付き人にするには、さすがに判断が早くありませんか?」
「アイリ。その意見も十分にわかるが、しかし、君も見ただろう。なにかはわからないが、あの物体を」
アレキサンダーは疑問を呈するアイリスにそう告げる。
あの物体とは、すなわち浩一が見せたNゲージである。
「あれを見て、どう思った?」
「どうって。素晴らしい出来のものだと感じましたわ」
「なるほど。では、少し言葉を変えよう。あれを見て、どの層が手に入れることができるものだと感じた?」
アイリスは先程の物体についてよく思い出してみる。たしかに細やかなところまで作り込まれていて、あれ程のものを作ろうとすると相当な手間が掛かりそうである。
それを差し引いて考えるならば、
「よくて成功している商人。まあ、貴族なら買えるかなというくらいですわ」
「私も同じように思った。だが、それにしては包装のほうがあまりにも煩雑だ」
硬いケースに入れられているわけでもなく、ペラペラな袋の中に、そこまで厚みのなさそうな箱に。緩衝材らしきものはありはしたが、正直頼りなさそうなものだった。
少なくとも、高級品の類に対して行う扱いではない。
「加えて、コーイチはアレを普通に店で買えるものと言った。つまりは、彼のいた国ではアレが普通に生産され、一般に向けて販売されているらしいのだ」
そこまで言われれば、アイリスにも理解が追いつく。
つまり、彼はこの国では超高級品として扱われるような物品を、大衆向けとして生産、販売できる文化レベルから来た人間だということだ。
「正直、現在ヴィンヘルム王国はかなりの問題を抱えている。魔法学の発展も行き詰まっており、課題ばかりが積み重なっていくばかりだった」
魔法とはいっても、できることはそんなに多くない。少し火を起こすだけ、少し水を出すだけ。少し光を照らすだけ。少し箒で飛べるだけ。そういった、少し便利、と言う能力ではあるものの、それ以上となると発展が難しく、学者たちもアレキサンダーたちも頭を悩ませていたのだ。
しかし、そんな最中に現れたのが彼、浩一だった。
「コーイチが、果たしてどれだけ元の国での識があるかはわからない。だが、仮にあまり詳しくなくてもこんなものがあった、というような記憶だけでも、我々にとっては大きな助力になり得る」
万が一にも、そんな人物である浩一を路頭に迷わせたり、あるいは変な団体に利用されてしまっては、それこそ不利益を生みかねない。
で、あるならば国として。いや、この際王子としてでも構わないから、保護して味方に引き込んでおきたい、と。アレキサンダーは、そう考えていた。
「それにしても、付き人にまでする必要があるのです?」
「ある。まずは彼から日常的な気付きに対しても聞きたいから。そしてなにより、他の派閥に彼を渡さないために」
その言葉に、アイリスは難しい顔をする。
アレキサンダーは王太子。つまりは王位継承権一位の人間なのだが。しかし、彼のことをのよく思っていない人物も少なからずいる。
つまりはそういった派閥に浩一が利用され、自身の立場が危うくなることを防ぐため、ということだった。
「コーイチ様を付き人にすること自体で、足をすくわれる可能性はありませんの?」
「まあ、そのあたりは大丈夫だ。まだどうやるかは考えていないが、私ならなんとかできる」
そう言ってニヤリと笑うアレキサンダーの表情を、アイリスはよく知っている。
これは、悪いことを考えているときのアレキサンダーの表情だ。
彼のやり方はある意味では合理的であり、ある意味では冷酷だ。それゆえに必要な裏工作などは惜しまないし、また、非常に敵を作る。
しかし、その頭のキレ方と巧みな話術のせいで、結局丸め込まれることが多く、結果、燻る反抗の火が派閥となって睨まれているのだが。
自分自身の兄ながら、相変わらず人が悪いようで、と。
アイリスは小さくため息をついた。