表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/103

#27

「視察、ですか?」


「そうだ。ここから少し離れた位置にあるアルバーマ男爵領に行ってきて欲しい」


「ええっと、もしかしなくても俺が、です?」


 アレキサンダーに呼び出された浩一は、告げられた仕事内容に首を傾げた。

 いや、仕事内容としては浩一もわかっている。アレキサンダーという人物は紛れもない王子である。

 そして、そういった立場の人間は、国の現状を識る必要がある。そのための視察、ということだろう。

 もちろんそうした視察に必ずしもアレキサンダーのような位の高い人物が向かう必要はなく、臣下が行くという場合もある。


 だがしかし、浩一が疑問に思っているのは。そんな話が彼自身に回ってきたということだった。


 いちおう、浩一はアレキサンダーの付き人という立場である。そのことを加味するならばこうした仕事が振られること自体は変な話ではない。

 変なのは、そこではなくて――、


「俺で、その役目を果たせます?」


 浩一は、この世界に生きるうえで様々な制約を抱えている。

 現在必死で勉強中の言語についてもそのひとつだ。会話が成立しているのだから一見大丈夫。実際ここでの生活ではそこまで不自由していない――というのは間違いだった。


 たしかに浩一がアイリスやマーシャ、アレキサンダーと関わる上で、文字が読めないことについて困ることはほとんどなかった。

 だがしかし、それは仮にあったとしても彼らが逐一読み上げてくれるからであり。それはすなわち、浩一や風花がこの国の人物ではなく、文字が扱えないということを彼らが認識しているからである。


 これが視察に行くとなると話が別になる。視察なのだから、当然ながら様々な資料を渡されることだろう。もちろん、この国の言葉で書かれている――浩一が読めない資料を。

 曲がりなりにも国の代表として視察に来ているような人間が、文字を読めないだなんてことは向こうも想定外だろうし、そうでなくとも国としての威信にも関わる。


 それに、浩一が行くことに依る問題はそれだけではない。浩一は言葉だけではなく、移動に於いてもハンディキャップを抱えている。

 箒に乗れない浩一では、そのアルバーマ男爵領に行くということにも時間がかかるのだが。それ以上に問題になるのは領地内での移動。

 視察なのだから、領地内の様々な場所を見て回ることになるだろうが、そのたび移動に時間をかけていては相手方にも迷惑がかかりかねない。

 その他にも、土地の名産などの知識にも疎いわけで。


 もちろん、そういうものを抜きにすれば――、


「まあ、少し話が突飛すぎたな。ひとつひとつ、話していこう」


 柔らかな笑みをたくわえて、アレキサンダーは慌てる浩一をそっと落ち着かせる。


「まず、コーイチ。君が心配しているようなことにはならないから安心してほしい」


「えっ、と。それはどういうことです?」


「それについてはあとからわかる。君が心配しているような言語であるとか、移動であるとか。そういったことについては、そうだな。補佐がつくとでも考えておいてくれたらいい」


 なるほど、と。浩一は首を縦に振る。

 たしかにそれであれば、多少は不都合が残るものの、浩一でも視察が可能になるだろう。もちろんついてくれるのはある程度詳しい人がついてくれるだろうから、そのあたりのことについても心配はない。


 そうして浩一が納得をしていると、更にアレキサンダーは続けて。


「それに、この視察はコーイチにとっても有意義となると、私はそう思っている」


 ただの視察の仕事以上のことが、そこにはある、と。

 アレキサンダーはそう言った。


「アルバーマ男爵領では、金属産業が盛んに成されている。もちろん他の地域でも行われてはいるものの、大規模に、なおかつここ王都から距離も近くということとなると、ここが最適な場所になるだろう」


「――ッ!」


 アレキサンダーのその言葉に、浩一は息を呑む。


(ああ、本当にこの人は。どこまで見透かしているのだろうか)


 鉄道は、鉄の道である。そこには大量の鉄――金属が必要になる。

 レールはもちろん、車両本体にもそれらは必要であり。浩一とマーシャによる外燃機関開発が試作段階がある程度進んできている一方で、蒸気機関もとい蒸気機関車作製が全く進んでいないのは、今の研究棟での限界が近いから。

 機構の開発や改良などについては研究棟でも十分に可能なのだけれども、それを実際に運用する大きさで作製して、そして実験していく。ということになると、今の場所では様々な規模が足りていない。


 そうでなくとも、どちらにせよ蒸気機関車自体の艤装――本体を作るアテが必要ではあった。

 つまるところ、アレキサンダーはこの視察がそのアテを作るに有効に活用できるだろうと、そう言っているのだ。


「もちろん、これはあくまでコーイチへの提案だ。代わりの人員はいるので、もし無理そうなら断ってくれても構わないが」


「いえ、行かせてください。……ぜひとも」


 ここまで言われて、用意されて、行かないという択はないだろう。それに、元々浩一としても、抱えていた課題さえなければぜひとも視察に行きたいと思っていたのだ。それこそ、金属産業がなくとも。


 浩一に課された役割は鉄道産業の開拓と、それに伴う流通の改善。だがしかし、そこで留まるわけにはいかない。

 鉄道という事業の現実を、ある程度知っているがために。ただ鉄路を拓くだけでは、その線路が廃れてしまうのは目に見えている。


 レールの踏面(とうめん)に錆がついているのは、ある種の歴史を感じる一方で、寂しさを感じる。

 せっかく鉄道を作るのだ。そうは、なってほしくない。


 そして、そうしないためにも。浩一は実際に街を訪れて、そこを識りたいと。そう思っていた。

 だからこそ、視察の提案自体は彼にとっても嬉しいものだった。


「そうか。それならコーイチに頼むことにしよう。……ああ、そうだ。アルバーマ男爵は優しい人だ。少なくともこちらから礼儀を失さなければ誠実に対応してくれるだろう」


 だから安心してくれ、と。アレキサンダーがそう言った。

 ついでに彼は「これは大きな声では言えないが」と。そう前おいた上で「彼はとても優秀な人だ。様々な意味でな」とも付け加える。

 つまり、貴族の中にはそうでない人もいる、ということだろう。浩一は、なんと答えていいのかわからず、ははは、と苦笑いをした。


 とはいえ。曰く、子爵への陞爵の話も出ているとのことで。その優秀さは相当なものだということが伺える。

 陞爵とは、爵位が上がること。言葉だけ取れば昇進のようなものに見えるが、貴族社会に於いてはこれは滅多なことでは起こり得ない、相当なことらしい。


 アレキサンダーは。アルバーマ男爵は利益があると感じたならば、きっと協力をしてくれるだろう、と。そう言ってくれる。


「今のところは、彼には鉄道に関する話を共有していない……というか、そこまで大体的に発表していないから、知らないと思う。だが、おそらくきっと彼も強く興味を持ってくれるだろう」


 話すかどうかの判断は浩一に任せる、とした上で。アレキサンダーはそんな提案をしてくれていた。

 どちらにせよ、金属産業を抱えているのであればいろいろな側面から提携をしていく必要があるかもしれない。そういう意味での顔繋ぎの側面もあるのだろう。


「出立については10日後を予定している。それまでに必要な準備を整えてほしいのだが、大丈夫か?」


「はい、わかりました」


 正直、もっと急な用件として言われると思っていたのだが。どうやら浩一が初めてこういうことをするということで、準備などをする期間を設けてくれているらしかった。

 ありがとうございます、と。そう告げてから浩一はアレキサンダーの執務室から退室した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ