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#26

 風花がヴィンヘルム王国にやってきて。ついでに、浩一たちにカメラの製作を依頼してから、数日。


「……課題はまだまだあるとはいえ、こっちは幾ばくかマシにはなってきたなあ」


 鉄道事業のために必要なことを考え込みながら、浩一はそうつぶやいていた。


 地図の製作について。ひとまず浩一やマーシャが必要な道具を作り上げるまでの間に関しては、風花は測量に必要な人材の育成――つまりは、測量が可能な人材を用意するということに協力してくれていた。

 一種の公共事業としてアレキサンダーが成立させてくれたおかげもあって、一般からの参加者や、あるいは兵士たちからの有志での参加という形で、募集はかなり集まってくれたらしい。

 とはいえ、要求される知識云々が簡単なものではないために。ただ単に地図を適当に描けばいいだろうというような考えで参加してきた人たちが撃沈しており。曰く、最終的に三割も残ればいいほうだろうと言っていた。


 規模が規模だということもあり、可能ならばできる限り人が多く残ってくれることを祈るばかりだ。


 もちろん、測量の道具についての精度の問題や。あるいは彼女から依頼されており、現在目処が立っていないカメラの製作など。まだまだ問題点は多いのだけれども。

 とはいえ、抱えていた案件のひとつが浩一の手から風花の手に渡ったことにより、彼自身が全体を見通しやすくなったのも事実で。


「おかげさまで、こっちは今まで想定もしてなかったような問題が見えてきているわけなんだが」


 まだまだ解決したければいけないことは多いんだな、と。そう痛感しながらも、しかし、こうしてそれらを見ることができるようになっただけでも進歩だ、と。浩一はそう思うことにしておいた。

 そう考えもしなければやっていられそうになかったとも言えるが。


「おにーさーんっ!」


 扉を勢いよく開け放っち、小柄な人影が飛び込んでくる。

 考え事をしていた浩一は、振り返ることなく返事をする。


「マーシャ、いらっしゃい。どうかしたか?」


「よく私だってわかったね」


 驚いた様子を見せるマーシャに、浩一は小さく笑って。

 声である程度判別がつくし、そもそも彼のことを「おにーさん」と呼ぶのはマーシャだけだと、そう説明をする。


 ぽん、とひとつ手を打って、なるほどと納得しかけた彼女は。違う違うその話をしに来たんじゃないと、話を引き戻す。


「カメラってすごいんだね! どういう仕組みなの?」


「カメラ……ああ、風花から聞いたのか」


 浩一が、そういえば風花とカメラの話をしているときに彼女もいたな、と。そんなことを思い出しながら。

 いちおう、現在カメラについての設計をしているのは浩一ひとりだったが。それはあくまで構造や機能についての最低限の知識があるのが浩一だけだからという理由でひとまず彼が預かっているだけであり、便宜上の依頼先という話でいえば浩一とマーシャのふたり宛ではあった。


 それに、この手の話についてはマーシャの大好物そのものだろう。会話の切れ端を聞いていたマーシャからしてみれば、興味の対象そのものになり得るだろう。


「シャシン? っていう、ものを作れるんだよね?」


「作れるっていうか、撮れるっていうほうが俺たちとしては慣れた言い方かな」


 そう切り出して、浩一はマーシャにカメラと、そして写真についての説明を行う。

 ふんふんと首を縦に振りながら、マーシャはただでさえキラキラとさせていた目を更に明るく輝かせて。


「なるほどなるほど、光を取り込んで、そこに反応したところだけが色が変わって……」


「まあ、そこからまだ現像作業とか、厳密には色々とあるんだけど。仕組み的にはそんなところだ」


 あくまで、浩一が把握できている範囲だけではあるものの。それでもマーシャはとてもいいことを知ることができたと、ワクワクした表情を見せていた。


「ねえねえおにーさん、なんでそこまでわかってて、カメラを作ろうとしてないの?」


「えっ? うーん、まあ。なんていうか、細かいところまで覚えてないってのもあるけど、材料が足りなさそうってのもあるかな」


 そう言いながら、浩一はフィルムについて。――これらを作るために、銀と、ハロゲンと呼ばれる薬品が必要だということを告げる。

 当然ながらハロゲンがなにだかわかっていない様子のマーシャだったが、浩一はなにか不意なことで彼女がそれに関わってしまわないよう、猛毒だから絶対に使わないように、と。そう告げておく。


「たしかフィルムは光を受け取って、それを絵に描き起こすためのものでしょ? それが作れないから、カメラ本体があってもどうにもならないってこと?」


「そうなるな。それに、厄介なことにこのフィルムってやつは取り扱い注意な代物な上に、今回の事業のことを考えると量産体制も必要になるから」


 航空写真でヴィンヘルム王国を上空から把握する。そのためには、百や千といった数ではまず足りないだろう。

 そうなると、やはりカメラ本体というよりかはこのフィルムが最大の敵になり得る。


「……ねぇ、もしそのフィルムってのの問題が解決したら、なんとかなる?」


「えっ? ……まあ、全部が解決ってわけじゃないけれど。それなりにはなんとかなるかな」


 小学校の頃にピンホールカメラなら浩一も作ったことがある。もちろん、これから作るのはそんな精度の物品ではないのだが。しかし、プラスで予め書き起こしておいたレンズ等の仕組みなどがあれば、なんとかそれっぽいものなら作れるだろう。


 浩一がそうマーシャに伝えると、彼女はわかった、と短くそう伝えると。ぴょんと元気に跳ね上がって。


「それじゃ、ちょっと行ってくる!」


 と、いきなり駆け出して廊下へ出ていってしまった。


「……いったい、なんだったんだ?」


 浩一は困惑しつつも。しかし、あの様子を見る限りでは悪いことではなさそうだとも。

 どちらかというと、なにか思いついて、それに対していてもたってもいられなくなった、というような評価だろう。


「とはいえ、ああなったマーシャは時間も忘れて没頭しやすいからなあ……」


 いつも以上に棟内に引きこもらないように注意が必要かもしれないな、と。……これは、アイリスにも共有しておくべきかもしれない。

 そんなことを考えながら。マーシャの言葉を思い返しておく。


「フィルムさえなんとかできれば、か」


 なにか、打開の策を思いついたのかもしれない。銀とハロゲンでの銀塩は使わないように、と言ってあるのでその方法は使えないはずだが。しかし、なにか心当たりがあるのだろうか。

 マーシャのことだから、思ってもみないような新しい発想でなにかしらを生み出してくれるかもしれない。期待しすぎない程度に、期待しておこう、と。そう思いながら。


「……カメラ本体の方はなんとかするって言っちまったよなあ」


 実際に加工などを中心に行っていくのはマーシャになるだろうが、最低限設計の方は浩一がやっていかないといけないだろう。

 やると言ってしまった手前もあるし、なによりこちらについては間違いなく浩一のほうが知見の多い領分になる。


 万が一、マーシャがフィルムの製作に失敗したとしても、カメラ本体、その設計図を作っておくに越したことはないだろう。どのみち、いずれは必要になるものなのだから。

 机に座り直して、予め弾いておいた資料を引っ張り出してきて。紙と、ペンとを用意する。


 さてはて、どうやって作ったものか、と。

 浩一は、カメラの構造について様々思い出しつつ、図面を引き始めるのだった。

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