#25
「カメラか」
意外、というほどでもなかったが。まさかカメラを要求されるとは思っていなかったために、浩一は少し拍子抜けをしてしまう。
なんというか、もっと専門的な道具を指定されるものだと思っていた。
「なによ、そういうのならもういくつか言ってるでしょ?」
「それはまあ、そうなんだが」
「というか、むしろカメラはあったほうが絶対にいいと思うわよ? 測量をするにしても、それ以外にしても」
ピッと指を立てて、風花がそう言ってくる。
まあ、たしかにカメラがあれば記録を取るということが容易になるため、様々活用できそうではあるが。だがしかし、測量にも? と。
浩一が彼女の言葉の真意を考えていると、風花は少し呆れたような顔で答える。
「ねえ、浩一。このヴィンヘルム王国と日本とで一番大きな違いってなに?」
「違いか? そりゃあ、魔法の有無だろうけど」
ヴィンヘルム王国には、魔法があるがゆえに発展した側面と、魔法があってしまったがために発展しなかった側面とがあり、そこが日本との大きな差異になる。
つまるところが、魔法の有り無しで技術や文化の発展が大きく分岐している。
「そう。魔法の有無。そして、ここには魔法があるからこそ、箒で空を飛ぶことができるの」
「……俺はできないけどな」
「まあまあ、そこは趣旨からそれるから無視するとして」
ちょっぴりムスッとした浩一に、風花が軽く笑い飛ばして話を続ける。
「箒で空を飛べる。……そこに、カメラがあると、なにができると思う?」
「空から、カメラ。……そうか、航空写真か」
空中を自由に移動でき、なおかつ360°どころか、上下すらもほぼ視界を塞がずに移動できる箒に於いて、カメラという性質が加われば、上空からの地上の写真――航空写真の撮影が可能だ。
たしかに、航空写真があれば大まかな地形の把握も可能だろうし。実際に地図を作成するときにはまた別途測量などが必要だとはいえ、大きな力を発揮するだろう。
「それに、航空写真だけじゃないわよ? カメラがあることによる利点」
「他にもあるのか?」
「あるもなにも、これに関しては浩一が知っておかないといけない領分でしょう」
風花に投げかけられたその言葉に、浩一は首を傾げながらに聞いていると。やっぱり気づいていなかったのね、と。彼女は小さくため息をついてから。
「詳細な地形の把握――地図の上からじゃわからない、線路周辺の様子について。事前に把握しておいたり、あるいは仲間内で共有しておいたりするのに、写真の有無は大きく変わると思うけど?」
「それは、たしかにそうだ。……むしろ、なんで今の今まで失念していたんだ」
鉄道の運行上、地図から読み取れる情報。……例えば勾配であるとか、地形であるとか。そういったものが重要である一方。それと同じくらい、それ以外からしか得られない情報も重要になってくる。
例えば、この景色が見えたあたりで勾配が急になるであるとか、上りと下りが入れ替わるであるとか。そういったことは通常の地図からでは読み取ることは非常に困難になる。
だからこそ、周辺の情報を予め情報収集しておくことは、言葉以上に大切なことになってくるし、そのためには写真……もといカメラがあると、一気にやりやすくなってくる。
こうなると、カメラの必要性は確かなものだろう。
だがしかし、
「カメラ、か。……正直、ほとんど頭の中に構造が残ってないぞ」
いちおう浩一は日本にいるときに、車両などの写真を撮るためにカメラを持っていたことはあるが。だがしかし、その構造まではハッキリと覚えていない。
レンズくらいならまだある程度覚えてはいるものの、特にフィルムの仕組みなんかはふらっと聞いたというレベルでしかない。
とはいえ、じゃあデジタルカメラを参考にするかというと、それはもっての外なわけであって。
「まあ、とりあえず。なんとかできないか考えてみることにはするよ」
なにか、こちらに来たときに書き起こした紙束の中に。使えそうなことは書いていなかっただろうかと。
あまり心当たりはなかったが、それでも藁にでも縋りたい浩一は、ひとまず私室へと戻ることにした。
予想どおりといえばそのとおりなのだけれども。
やはり使えそうなものはほとんどなかった。……強いて言うならば、レンズに使えそうなものはありはしたものの、そちらについてはまだ対策のしようがあっただけに。そっちじゃないんだと落胆しかけた。
「……まあ、なにもないよりかはマシか」
レンズに関係しそうな資料についてはひとまず弾き出しておいてから。しかしなにもしないわけにもいかず、フィルムの原理について思い出せる範囲で思い出してみる。
たしか、銀塩写真や銀塩カメラって名前があるくらいで、銀塩――ハロゲン化銀を使っていたのは覚えている。
これが光に弱い物質で。撮影時に取り込んだ光に反応して……というような流れだったはず。
「ハロゲン化銀……ってことは、銀が必要なわけだよな」
それ以外にもハロゲン――塩素や臭素、ヨウ素といったものも必要になる。
これらの厄介なのは、単体のハロゲンが猛毒だということ。置かれている立場や場所的に、猛毒を手に入れるというのはあまりよろしくない可能性が高い。
それに、この中で一番入手しやすそうな塩素が、この国では食塩の高騰などの理由により、地味に貴重だということもある。
「それ以上に、銀の入手方法もあるよなあ」
ふと、そう思いつつ。立ち上がって机の上に広げられている地図を見る。
併せて、アイリス。もといアレキサンダーに用意してもらった冊子などを持ってきて。地図上の都市の名前と、冊子の中にある情報とを照らし合わせながら、可能性がありそうなところを探していく。
「しかし、こうやってみると、ちゃんとした地図なんだよなあ……」
もちろん、それじゃあ今から鉄道を敷こう、という浩一たちにとっては不足の多い地図ではあるのだけれども。逆に言うと、現状の生活を送っている人たちからしてみれば、十分な地図であった。
セリザから貰ったこれは写しとのことだが、それにしてはかなり出来がいいような気もする。
もちろん、原本を見たりしたわけではないので、そっちがものすごく出来が良かった、とか。あるいはあのときの応対はアイリス相手ではあったので、下手なものを持ってくることはできなかった、とか。そういう可能性はなくはないのだけれども。
しかし、こうしてポンと渡してしまっていいのか、と思うほどには。この地図の仕上がりはいいものに見えた。
「コピー機なんかがあるのなら、また話は別なんだろうけどなあ」
そんなことを思いながら、浩一は再び冊子の方に目を移す。
こちらも、浩一が希望したところ用意してくれた写しとのことで。急いで用意した都合、紙を紐で縛っただけの簡素なものではあるが、書かれている字などについては丁寧に書かれている。
おかげさまで、なんとかヴィンヘルム王国の言葉については初学者である浩一も、ある程度の内容は読み取れるくらいではあった。
もちろん、わからない言葉も多いのだが。そういうときはアイリスやマーシャが尋ねてきたときに教えてもらって。そのたびに記入をして、と。その繰り返しをしている。
地図にしてもこの冊子にしてもそうではあるが、写しを貰えているので、なにか必要なことについては記入ができるのがとてもありがたい。
「写し、かあ」
なんとなく、今考えている写真――カメラにも通ずるところがあるような、そんな気がして。
少しだけ、気になってきた。