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#24

「解せねぇ」


 浩一はひとり、王城の中庭にてそう呟いていた。

 そんな彼の上空にはふたつの影。このヴィンヘルム王国の主要交通たる、箒に乗った女性の姿が見受けられた。


 ことは、風花が浩一たちの鉄道事業に参加すると決めてくれた、その翌日のこと。

 彼女の参入にアレキサンダーも喜んでくれており、なおかつ、あらかじめ浩一などに共有していた情報のとおり、地図作成にあたっては別枠の人材などを調達してくれる、ということだった。


 鉄道事業もそうだが、地図作成についても当然ながらにマンパワーの有無でその難易度が大きく変わる。そのあたりの約束があるというだけでも大きく変わるので、浩一と風花は少しだけ安心していた。

 それでもなお、心配事は多いのだけれども。


 そうして浩一たちがいつものように外燃機関(エンジン)をはじめとするような開発作業に戻ろうとした、そのとき。

 そういえば。と、アレキサンダーがそうつぶやいてから。


「ひとつ、懸念点があるのだが」


「……? どうかしましたか?」


 いったいなんのことだろう。浩一は彼の気にしていることがなんなのかわからず、首を傾げて言葉を待っていると。

 アレキサンダーから、ふと、失念していたことを告げられた。


「フーカは、箒で空を飛べるんだろうか」


「……あっ」






 風花は浩一と同郷の者なのであれば、もしかして空を飛べないのではないだろうか。

 アレキサンダーから示された懸念点は、そんなものだった。


 たしかに、浩一と同じく日本出身である風花には箒に乗ったことなど今までの人生の中で当然ながらにあるわけもなく、なんなら、未だに箒なんかで空を飛べるものかと疑っていたくらいだった。

 だからこそ、アレキサンダーのその懸念は妥当なものであり。なおかつ、これが仮に真だとするとかなり厄介なことでもあった。


 小さな子供と一緒に、程度であればいざ知らず。基本的には箒の二人乗りは超困難である。

 アイリスがイレギュラーなだけであり、本来であれば出来なくて当然。

 そのため、風花が空を飛べないとなると、アイリスが基本的には浩一のサポートに入る都合、彼女の交通を助けてくれる人材を探す、という必要があるのだが。


 結論から言えば、その心配は杞憂だった。

 杞憂だった、のだけれども。


「なんで俺だけ飛べねえんだよ……」


 いつか似たようなことを吐いた覚えのある、そんな言葉を呟きながら。浩一は若干恨めしそうに空を眺めていた。


「おにーさんは箒に乗れないんだっけ?」


「それはそうなんだが。改めて言葉にされるとちょっと悔しいものがあるな」


 研究小屋から出てきたマーシャが、眠たそうに目を擦りながら浩一に話しかける。

 もう既に昼なのだが、どうやらこの様子を見る限りではまた徹夜をしていたようだった。


 お前なあ。と、浩一がマーシャにため息をついていると、ちょうど上空にいた二本の箒がゆっくりと降りてくる。


「すごいわね、浩一! この、箒って!」


「……ああ、そうだな」


 パアアッと顔を明るくする風花に、浩一は若干複雑そうな顔をする。

 そんな彼の様子を見て、風花はハッと気づいた様子で。そして、ニィッと少し悪い笑みを浮かべてから。


「そういえば浩一は、自転車とかも乗るの苦手だったもんね?」


「うるせぇ、今はちゃんと乗れるっつーの」


 ケラケラとわかっていながらにからかってくる幼馴染の声に、浩一は少しイラつきながらに対応する。

 ……ちなみに、未だに二人乗りは苦手だし、前カゴに重い荷物を載せての運転ではハンドルを取られそうになったりと。全く問題なく運転できているかというと疑問が残るのだが。


 まあ、とにもかくにも、つまるところは。


「浩一が箒に乗れなかったってのは、浩一が単純に不器用だったって話ね」


「自分で理解していたとしても、他人に言われるといらつくことってあるよな?」


 浩一がそう言いつつ風花の方を向く。その顔には笑みが浮かんでいるが、笑っていない。

 彼の現在の感情を察した風花は、再び箒で浮上して逃げていく。


「とはいえ、懸念がひとつ消えてよかったです。フーカ様の飛行も、初めてとは思えないほどに上手でしたし」


 そのあたりのセンスについては、昔から風花は浩一よりずっとずば抜けていた。だからこそ、風花が初めてでもキチンと乗れている、ということについては違和感はないのだが。


「やっぱり、解せねぇ。俺だって乗りたかった」


「こ、コーイチ様! 私の後ろで良ければいつでもお乗せしますわ!」


 アイリスがそう言ってくれるのだが、浩一としてはそうじゃないんだ、と。

 とはいえ、彼女のその心配りを無碍にはできないので、ありがとうございますと、そう伝える。


「ふぅむ、けど、これでわかったことがひとつあるね」


 浩一とアイリスの、どこかすれ違っている会話のその後ろで、ふわっとあくびをひとつ出しながらマーシャがそう言った。


「わかったこと、ですの?」


「うん。おにーさんが箒に乗れない、もとい魔法を使えないのは魔力がないからではなく、極端に魔法の扱いが下手だからってことでしょ?」


「……それに答えるのはなんか嫌だが、まあ、そうなるな」


「ということは、魔力自体はあるんだからそのあたりを簡略化したものを作れば、おにーさんでも箒に乗れるようになるかも? みたいな?」


 マーシャのその言葉に、浩一とアイリスが揃って「あっ」と。

 たしかに、ここまでの話を加味した上で、理屈上だけで話すとそうなるだろう。

 もちろん、キチンとなんらかの方法で計測などをしたわけではないから、可能性としては風花だけが魔力を持っており、浩一は魔力を持っていない、という可能性もありはするのだけれども。


「だが、そんなもの、作れるのか?」


「うーん、わかんない、が正確な答えかな。そんなことは誰もやろうとしたことはないわけだし」


 それはたしかにそうだろう、と。浩一は頷く。

 少なくとも、浩一以外に微塵も需要のなさそうな話である。そんなことをわざわざ研究している人なんてそういないだろうし、そうなると、誰も知らないことにはなる。


 だがしかし、もし仮に、本当にそれが可能なのなら。


「なあ、マーシャ。手隙のときでもいいから、ちょっとそういうのを作ってみてもらってもいいか?」


「うん、私もちょっと興味があるし。大丈――」


「だっ、だめですわ!」


 そんなふたりの会話に、待ったをかけたのはアイリスだった。

 なぜかどこか焦った様子で会話を遮り。不思議そうな視線をふたりから向けられる。


「え、えと。その……と、とにかくコーイチ様は私の箒に乗れば万事解決なので、その必要はありませんのよ!」


 顔を真っ赤にしながらそういうアイリスに。だからそうじゃないんだけど、と、そう言いたい浩一だったが。……とりあえず、ひとまずはその言葉を飲み込んでおく。

 実際、たしかにアイリスが浩一を乗せれくれるのであれば問題はない。……いや、厳密にはあるにはあるのだが。


 だがしかし、たしかに優先すべきは鉄道事業であり、そちらにリソースを割くべきというのももっともな意見だろう。


 そんなことを話していると、先程逃げた風花がゆっくりと降りてきて。


「そういえば、浩一。作ってもらいたいものの候補がひとつ増えたわ」


 風花からは、既にいくつかのツールの候補が挙げられていた。トランシットや光波測量機など、どうやって作ればいいんだそれ、というようなものもあったりはしたが。彼女からは「もどきでいいから、複雑で便利なものよりも、最低限で必要な機能があるものを」と、そう付け加えられた。

 つまり、そういった機器の「最低限測量に必要な機能を抜き取ったもの」を。便利機能よりも、測量の精度を高められるように、と。そう注文を受けた。

 簡単に言ってくれる、と、そう思いつつも。しかしながら浩一が彼女に出した注文も途方もないものなので、これくらいはしないと割に合わないだろう。


 そして、そんな彼女から。追加の注文が来た、ということだった。


「それで、なにが欲しいんだ?」


「あら、安請け合いするのね。なにが欲しいのかも言ってないのに」


 ニィッと笑う彼女は、それじゃあ、と。


「欲しいのは、カメラ、かな」

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― 新着の感想 ―
女性は強い!絶対に強い!という回?コーイチは運痴でポンコツ。女性陣の頼りがいのあることよ。
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