#21
翌日。てっきり怒られると思いつつ、昨晩のことをアレキサンダーに報告。
実際には、浩一に関してはお咎めの類は無く。まさしく拍子抜けというような感じではあった。
「コーイチ様だけ、ズルいですわ……」
代わりに、アイリスが死んだような目をしているので。こちらがしっかりと怒られていたのだろう。
建前上、いちおうは浩一がアイリスに対して連れて行って欲しいという形で森に向かった、ということになっているし。当然浩一はそのようにアレキサンダーに報告したのだが。
しかし、こうしてアイリスがお叱りを受けているところを見る限り、その裏にあったそもそもの事情まで察しているっぽかった。
そのあたりの推測能力というか、観察目というか。そのあたりはさすがはアレキサンダーといったところだろう。
そして、現在浩一とアイリスはアレキサンダーの執務室の前で待っている。
浩一、アイリスと順番にアレキサンダーと話して。そして、現在は――、
「――――、――――ッ!?」
元より王城の中の部屋なため。様々な事情から防音性が高められているはずなのだが。それでもなお、なんらかの叫び声があったことがわかるほどの大きな声がする。
どうやら、風花が随分と驚き、大声を出しているらしかった。
「しかし、困ったなあ……」
さすがにその場に座り込んで頭を抱える、ということは場所の都合でやれはしないのだが。正直、浩一としては今すぐにそうしたいところだった。
と、いうのも。昨晩に風花を保護してからしばらく、彼女と、そしてアイリスとを交えて王城へと戻りつつ話していたときのこと。彼女の言い放ったひとつの言葉が随分と浩一を悩ませていた。
「コーイチ様が帰らない限り、私も帰らない、ですか。フーカ様と、随分と仲のよろしいご様子で」
当然、その場にはアイリスもいたのでなにを言ったのかは彼女も知っている。
自分だけ昨晩の件を咎められたからだろうか。少しだけ、つんけんとしたあたりの強い様子を見せながら、アイリスがそう言う。
浩一は彼女に向けてコクリと頷くと。
「昨日、風花が言っていたことも。あながち間違いではないですからね」
「……敬語。今なら、他に聞いている人はいませんわ」
ピッ、と。人差し指をまっすぐに突きつけながらアイリスがそう訂正してくる。
たしかに周囲に人はおらずとも、場所が廊下なので怖いところはありはするのだが。浩一がそう思いこそしたものの、どうやらアイリスは許してくれないらしかった。
小さくため息をつきながらそれを了承すると、アイリスは浩一が話しかけた内容の具体的なところについて質問してくる。
「風花と俺が、実質的には家族みたいなものだ、という話のことだ」
絶妙に、慣れないようで。しかしながら同時にしっくりくるようなその話し方に奇妙な感覚を感じながら、浩一は言葉を続ける。
「昨日の晩に話したように、俺の両親は随分と前に死んでしまって。その結果、俺はその身をどう振るのか、ということになったんだ」
最終的には遠縁の親戚が引き取る、という形を取ることにはなったのだが。どうにもその親戚はめちゃくちゃな仕事人らしく、浩一に対して構ってやれるほど時間がなかったらしい。
必要なことがあればお金や名義こそ工面してくれても、自分たちの元に彼を呼んだり、逆に浩一の様子を見に来たり、ということは一切なかった。
今となっては、そんな書類上での縁しかないような浩一に様々な支援をしてくれているだけ随分といい人だということは理解しているのだが。まだ精神が成熟しきっていない頃に心の拠り所を喪い、代わりになる存在もいなかった浩一は、だんだんと荒んでいっていた。
そして、そんな当時の浩一を心配して、いろいろとお節介を焼いてくれたのが。幼馴染の風花とその両親だった。
元々家族ぐるみでの交流があったということもあり、ずっとというわけにもいかなかったが、風花たちは浩一のことを家族のように接してくれて。その影響もあってか、浩一はその頃のショックから立ち直ることもできていた。
「まあ、その当時の名残もあって。風花は俺に対してお姉さんのように振る舞おうとしてくるんだけど」
あれではどちらかというと妹である、と。そんな言葉は思いつきはしたものの。浩一も、アイリスも。口から外に出すことはなく、飲み込んでおく。
この場に風花はいないけれど、どうしてだか言わないほうがいいような気がして。
「しかし、そんな恩あるおじさんとおばさんに不義理を働きたくはない。……俺としては、風花は元の世界に戻してやりたい、とそう思うんだけど」
「フーカ様は、コーイチ様が帰らない限りは自分も帰らない、と」
駄々をこねる子供じゃないんだから、とそう諭そうとしたのだが。しかし浩一にとっての元の世界はどこなのだと、そうやって論を展開されてしまっては反論のしようがない。
浩一としては鉄道事業をなんとか成功させるまでは帰るつもりはないし、アイリスも浩一にはここにいて欲しいとそう思っている。
「そもそも帰る方法がわかってないってのも大問題なんだけどね」
あはは、と。力なく笑いながら、浩一がそう言った。
風花が、浩一が帰らない限り自分も帰らないと言っていることよりも、先に解決しなければならない問題点。
そもそも帰り道がわからないのに、帰る帰らないの議論をしたところでどうにもならない。
そんなことを考えつつ、浩一とアイリスがううんと唸っていると。扉が重々しい音を立てながら開き、中から疲れた顔をした風花が出てくる。
扉が閉まるとほぼ同時、パタリとそのまま廊下に座り込んだ風花に、慌てて浩一とアイリスが駆け寄る。
「おい、風花。大丈夫か?」
「フーカ様、いったいどうされましたの!?」
揃って、ふたりが心配そうに風花を見つめていると。その肩が少しずつプルプルと震え始め、そして。
「急に意味わかんないことめちゃくちゃあるし、その上なんでそれじゃあこの人と話してねって言われて話す相手が王子とかいう立場の人なの!?」
どうやら、彼女の今の現状の原因は気疲れやらそのあたりからくるものであり。今の渾身の叫びこそ、風花の本音そのものだった。
浩一はうんうんと頷きながら、風花の叫びに共感する。自分自身もこの世界に来たとき、同じように感じたよなあ、と。
なんで自分の目の前にいる人が王子王女なんだと、そうも思った。
「ちょっと待って? たしか、アイリスはさっき、お兄様とお話ししてきてって言ってたわよね?」
「ええ、そう言いましたわ」
「それで、今会ってきた人が、王子なわけで」
「そのとおりですの」
「…………もしかしなくても、アイリスって王女?」
「はい! 改めまして、ヴィンヘルム王国の第一王女、アイリス・ヴィンヘルムですわ!」
と。アイリスは文字通り、改めて自己紹介をする。
気軽にアイリと呼んでくださいねという、いつもの言葉を付け合わせ、パチンッとウィンクも添える。
そのあと、風花がどうなったかは、お察しのとおりで。
浩一のときよろしく、全力全開の土下座を披露することになったことは、言うまでもないだろう。
「コーイチの友人。……いや、あれはその程度の関係性ではなさそうだな」
風花が退室したあと、アレキサンダーは仕事を行いつつ、そんなことをつぶやいていた。
浩一、アイリス。そして風花から、昨晩の出来事をそれぞれ聞き取りをして。……アイリスの証言に違和感があったために突いてみたところ、ボロがたくさん見えてきたためしっかりと叱って。
そして、最後に風花から話を聞いた。どうやら、浩一と同郷の人物らしく、彼女に質問をしてみれば、面白いくらいに。……そして、本人に語りかけたとき以上に、浩一について話が聞けた。
「意図的に、彼にそのことを気づかせないようにはしていたんだがな……」
アレキサンダーとしては、浩一の存在は手放したくはない、重要な人材だった。だからこそ、彼が元いた場所に戻りたい、とそう思わないように最大限配慮していた。
しかし、同郷の者がいるとなると、話が大きく変わってくる。アレキサンダーが手を施そうとしても、それがどれだけ作用するか。
「あの様子を見る限り、彼女は彼を連れ戻したいと思っているらしいしなぁ」
そもそも聞き取りで彼女の話を聞く限り、浩一のことを探してここに迷い込んできたという。そもそもの行動の理由が浩一な時点で、アレキサンダーからどう接触しても無理な話だろう。
それに、どうやら浩一も彼女のことは帰してやりたい様子で、と、なると今までアレキサンダーは理解してはいたものの敢えて進めていなかった帰還方法の模索に、手を付けないわけにはいかなくなる。
そして、仮に見つかったとき。アレキサンダーやアイリスは、はたして浩一をこの国に留めて置けるのだろうか、と。
「本当に、どうしたものか……」
羽ペンを手持ち無沙汰にくるくると回しながら、アレキサンダーは、そうひとり呟いた。